俺の主人、ガルティア・サジャータは変わり者だ。とにかく変なことしか考えない。
何をするにしても余計な時間をかけたがるし、隙さえあれば俺たち従者が考えもしないようなことを勝手に始めてしまう。

例えば急に、「アル! エル! 私は遊び場が欲しい!」と言い出してその三日後には城下にいくつかの遊技場や公園を作ったり、
または「私は料理をする!」と言い出したと思ったら次の日には城におらず、領土の最南端にある村の老婆に教わりに行ったりする。
とにかく身勝手で突拍子もないのだ。


「今日もいないのか! …ったく! あいつはなんでひとつの場所に留まることができないんだ!!」


そして今日も俺は主人を探すのに城内を駆け巡るのだ。イライラと沸き立つ感情をあの人にぶつけるために。


「あ、エル。どうしたのです? そんなに慌てて」


角を曲がろうとしたら向こう側にも人がいたのか、ぶつかりそうになったのを避ける。そしてそれと同時に俺へと言葉を向けた目の前の男は俺と同じ、ガルティアの従者である…


「アラウィンか。またガルティアが見つからん。至急聞いてもらいたいことがあって会いにいったんだが、執務室は空だ!」

「へぇ、そうなんですかー」


後ろにいくほど荒々しくなっていく俺の言葉を気にすることなくヘラヘラと笑うこいつ。そういう性格だとは知っているが、知ってるからといってそれが新たな苛立ちの理由にならないわけではないのだ。自分の目付きが険しくなったのがわかる。

それを察知したのかアラウィンはすみませんと笑いながら謝った。まぁ、俺も子供みたいに己の感情が制御できないほど我が儘ではないのだから素直に謝罪を受け入れる。


「にしてもどこに行ったんだか、おまえ。知らないか?」

「俺ですか? うーん、知ってると思います?」

「聞いてるのは俺だぞ?」


ニッコリと笑いながら返してくる男。この様子だと大体の場所は把握しているのだろう。素直に言わない目の前の男に抑えこんでいた苛立ちがまた込み上げてくるが、それもなんとか喉の奥で塞き止める。


「焦らしてないで早く教えてくれ。急用だと言っているだろう!」

「その急用ってなんですか? その内容次第で教えて差し上げますよ?」

「……勘弁してくれよ」


 こちらは早く用を済ませたいというのに。こうしている間にガルティアが違う場所へと移ってしまったら…。あいつは気まぐれ屋だから、

しかしアラウィンの視線は離れない。

俺は一つため息をつくと懐に忍ばせておいた一つとタブレットを取り出した。


「わかったよ、また隣のトラーヴィズ領の領主からの書簡が来たんだ。ほら」


アラウィンにそれを差し出せばそれを丁寧受け取りそれを読んだ。
それは国境となっている森に火をかけたいという申し出だった。

トラーヴィスは大陸の北半分を領地としているため、その半分近くが作物の育てられない凍った土地である。そのために冬が近づくと領民の生活が厳しくなり、飢えて死んでいくものも少なくはないと聞く。今回の件も、それの打開策の一つなのだろう。耕せる土地が増えれば、その分生き延びる者も多い。
しかし、その森の中には数十人というシャルドレットの領民が生活している。そのまま森を燃やしてしまえば、家はおろか領民たちの命さえも危ない。


「ふむ、なるほど。これはすぐに伝えるべきですね。いいでしょう」


読み終えた書簡を俺に返したアラウィンはそういうと、先ほど俺が来た廊下へと足を進めた。
ことごとく上から物をいうような態度に余計に苛立ちを覚えつつ、黙ってその後ろについていく。
が、すぐに歩みを止めた前の男。そして俺の方へ振り返ると、


「あぁ、ひとつ言いたいことがあるのですがいいですか?」

「なんだ、」


言ってみろ、と俺より少し低い背のそいつを見下ろす。薄い紫色の瞳もこちらを見上げていた。


「ガルティアは遊びでそこらをふらふらしているわけではありませんよ?」

「…………だからなんだというんだ」

「あなたは勘違いをしていると言っているんだ」


敬語のはずれた口調。鋭く尖った視線。
その二つだけで彼の機嫌が伺えた。怒っている。


「あなたにはガルティアが一日中ふらふらと遊んでいるように見えてるみたいですが、あえてガルティアがそう思わせるよう仕向けているとは考えたことはありませんよね?」

「仕向けている?」

「えぇ、ガルティアの行動が全て意味のあることなのですよ。彼に休みがあったことなんて一度も、ない」


アラウィンはそのまま俺の腕を掴み、引きずるように廊下を歩く。予想外の力の強さに驚きながらも、俺は無言でそいつについていった。









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