「くじょーさん、おーだー」 「はいはい、ただいまただいま」 カウンター席に突っ伏しながら、こちらに来いと手を動かす琥珀色。 広がる茶色は俺のよりも明るく照明に透けていて、指を通せば絡まることを知らない。さらさら。 「今日はどうしたの?珍しくへこんでんね」 うー、と唸りながらもマティーニと小さくこぼすそいつはいつまでたっても顔をあげようとしない。 それほどショックなことがあったのだろうか、 ミキシンググラスを出しながら、棚にあるジンとドライベルモットの瓶をそいつの首筋に置いてやれば少しだけ肩が揺れた。 「話さないと作んないよ?」 「……じゃあ作んなくていい」 「あほか、俺んとこに転がってくる時は決まってなんかあるだろ。 どうせ愚痴るために来てんならさっさと言って飲んではよ帰れ、お前に付き合ってる今の時間スゲー無駄」 瓶の底で頭を打つ。 わーったよ、という声にそれをやめて、グラスに瓶の中身を注ぎ始めると、伏せていた体を起こした幼馴染。 くしゃくしゃになった髪は重力で少しだけ整えられた。 「んで?今回の悩みはなんなのさ」 「あー、んー……」 頬杖をつきながらためらっている目の前の男。ふつーのオンナよりも長い睫毛によって落ちる影がより瞳の緑を隠していた。 作り終わった液体をカクテル・グラスに移し、オリーブを沈める。 出来上がったマティーニを差し出そうか迷ったが、今出すと話を中断させてしまうのではないかと思って少しだけ待つことにした。 「あー、あのなー」 「うん、」 顔を片手で隠しながら、やっとの思いで絞り出したであろう言葉はかなり震えていた。 耳を見れば、真っ赤。 「好きな子、できた」 カラン、と濾した後の氷が鳴った。 黒いシャツ、ブルーのタイを身につけた今日の雨英の悩みは、 俺が予想だにもしなかった色事についてだった。 それほ寒いハルのヨルのこと……… prev|next |