アザー | ナノ
 

 自室の扉を開け、悠我は無造作にネクタイを緩めてベッドへとダイブした。灯りもつけず、疲れた身体を暗闇に沈ませる。今日は何もする気になれず、ただ先ほど深知に言われた特別を考える。
 夏の特別……。強い日差し。止まない蝉の声。全身を伝う汗。凍らした麦茶を少しずつ溶かして飲むのが好きだった。だけど、それは降ってくるものではない……。
 ならば……。ならば…………。



 ザアァと、木々の擦れる音が聞こえる。暑い日向から逃げて、木陰にきた。
 子供たちの声が聞こえる。寝ころんだ身体に覆いかぶさるように乗っかる二人。とても暑い。
けれど嫌ではなく、それどころかとても幸せで。
 遠くから二つの影が近づいてくる。一番上の息子は、二人の幼い妹と弟を抱き上げてじゃれている。

「帰りましょう、     」

 天から落ちてきた綺麗な音は、いちばん特別で大切なもの。彼女の手は、とても白かった。



 眼鏡のフレームが痛くて起きた。
 動かずに、しばらくぼーっとする。
悠我は不思議な幸福感にずっと包まれていた。けれど夢を見ていたはずなのに、肝心の内容が思い出せない。
皺くちゃなシャツに気づいて、目が覚めた。




「あっ! ハルちゃんじゃん! こんばんは久しぶり―。元気だった?」

 夕方、馴染みの商店街での帰り道。聞き覚えのある声に呼び止められる。

「知広さん、こんばんは」

 悠我をハルちゃんと呼ぶ数少ない人、乙守知広。深知の父親。

「これからお仕事ですか?」
「うん、そんなとこ。ちょっと遅刻しそうだけど」
「え、大丈夫なんですか」
「へーきへーき。それよりさ、ちょっと頼まれ事してくれない?」

 ライトグレーのスーツは、彼の戦闘服。悠我はこの知広の威圧感に勝てたことはなかった。知広の目は、いつも何かを狩るようなどこか刃物のような鋭さがあって。


 エントランスからの呼び出し音で悠我の訪問を知った深知は少なからず驚いていた。ただ間違えて作ってしまったもう一人分(知広)の夕飯のあてが決まってよかった。

「こんな風に一緒にごはん食べるのって、なんだか新鮮ですね」

 先生を呼び止めてくれた知広さんにお礼言わなきゃ、と深知は喜んだ。食卓を囲んで、彼女の作った食事をする。まるで、

「数年後、毎日こうやってご飯が食べれたらいいね」
「何でそんな叶わないみたいな感じで言うんですか。絶対食べますよ。約束ですからね」

 願望めいた言葉を深知は粉々にして、すぐに約束に変えてしまう。悠我は嬉しいと思いながらも、今の彼女が将来、流れていくんじゃないかと不安でいる。それは年齢の差が生むものでもあるし、自身の病気がもたらすものでもある。そして深知と悠我の関係も。

「夢を見たんです」
「夢?」
「はい。ちゃんと覚えてないけれど、多分悠我先生の夢」

 木々のざわめきが聞こえたような気がした。
紙に滲むインクのように、忘れられていた記憶が戻ってくる。
 ぽっかりと空いていた隙間が、少しずつ埋まっていく感覚。先ほどの沈んだ気持ちがどこかに飛んでいく。

「僕も、夢をみたんだ」

 はっきりとしていない、でもなんでか伝えてみたくなった。


「深知が起こしてくれる夢」





----ア-ト-ガ-キ----
部誌用に色々追加したせいで余計にわけわからない内容になりました。
ぶっちゃけ直す前の方が好きです



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