「美月ってばまたびしょ濡れじゃん!」
学校に着くなり友達に言われて、わたしは「あはは」と乾いた笑いを返した。
そうなのだ。また、と言った友達の言葉通り、雨が降れば決まってわたしはびしょ濡れになって学校へ来る。
傘を差していないわけではなく、ちゃんと、透明のビニールに白い水玉模様の、お気に入りの傘を差して歩いている。
それなのに濡れてしまう。要するに、傘を差して歩くのが異常に下手なのだ。
「もー、タオル持ってきた?」
「持ってきた」
靴から制服、何故か髪まで濡れている。皮で出来た鞄でよかった、といつも思う。
「ジャージは?」
「あっ……、ない」
「誰かジャージ持ってないー?」
「俺あるぜ」
「あ、ありがとう」
「またかよ羽丘ー」
「しょうがないじゃん!」
わたしだって、できることならどうにかしたい。雨の度にみんなに迷惑をかけているのだから。
けれどもう諦めて雨の日はメイクもしない。
「早く行かないと先生きちゃうよ」
「行ってくるっ」
桃に貸してもらったジャージと、持ってきたタオルを持って、わたしはトイレに向かった。

「あ」
「おはよーございます」
「おはようリョーマ」
「また濡れてんすか」
「リョーマこそ」
わたしはたまたま鉢合わせたリョーマに笑って、タオルを一枚かぶせてやった。
「俺タオル持ってるからいいよ」
「そうなの? じゃあ早く拭きなね」
「はいはい。先輩、傘差す練習すれば?」
「うるさいなぁ。じゃあね」
リョーマのおでこをぺし、と叩いて、わたしは転ばないように気をつけて廊下を走る。
わたしが雨の日にびしょ濡れになる、というのはあちこちに広まっているようで、隣のクラスの子にまで「大丈夫?」と声をかけられる。それが恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ない。
雨の日は、わたしがジャージを着ていても、先生は何も言わなくなっていた。
「うわ、やっぱぶかぶかだ」
桃のジャージは、わたしにはもちろん大きい。袖も裾もかなり余ってしまっている。
裾を踏んで転んでしまったら嫌なので何回か折る。ハイソックスも濡れているので、それも脱いだ。素足にジャージに上靴。
「ださい……」
でも仕方がない。髪の毛をタオルで押さえて水気を吸い取る。
本当にどうにかしなくては。もっと大きな傘を買おうか。そう思いながらトイレを出る。制服が乾くまで暫くこのままだ。



雨の日、というのは勿論湿気が多い。ということは、制服の乾きも遅い。
それはもう何度も何度も経験して分かってはいたけれど、今回ばかりは早く脱ぎたい。
桃のジャージを着ているなんて、命知らずもいいところだった。
桃のファンに名前入りのジャージを見つかって「どうしたのそのジャージ」と詰め寄られること数回、今度からは必ず自分のジャージを持ってこなくてはならないと、心に誓う。
「先輩」
購買でジュースを買っていると、リョーマに呼ばれた気がして振り向いた。
振り向いてみるとやっぱりリョーマで、わたしは知らず知らずのうちに笑顔になる。
「なに? ファンタならおごらないよ」
「そんなんじゃないっすよ。それ誰のジャージ?」
「え、桃のやつ」
「桃先輩か……。ぶかぶかじゃん」
「仕方ないよ」
「今度濡れたら俺の貸してあげる」
「えっ、いいよ悪いよそんなの。今度から自分の持ってくるし」
「じゃあもし忘れたら俺に言ってクダサイ」
「うん?」
どうしてそこまで言ってくれるのか訳が分からなくて、背丈の変わらないリョーマの顔を覗き込むと、心なしか頬が赤い。
「リョーマ?」
「……他のヤツのジャージ着てるのが嫌だって言ってんの!」
「痛ッ」
鈍すぎ! と、思い切り後頭部を叩かれて、わたしは両手で頭を押さえた。
今、聞こえた言葉は、幻聴じゃないだろうか……。だから、雨は嫌いになれない。
悪いこともあるけれど、そればっかりじゃなくて、むしろいいことが起こることがたくさんある。
「何するの! 痛いんだけど!」
「何って仕返し」
「わたし何かしたっけ!?」
桃のジャージを借りてよかったなぁ、と、痛む頭でわたしは思った。
一歩また、リョーマに近づいた。
この距離感がたまらなくもどかしくて、けれど愛しいのだ。
まだ曖昧なままで居たい。もう少し、このまま。






no title(越前リョーマ)
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