∴ 雪の庭






◆エピローグ:街外れの一角にて



穏やかな午後のひと時。
覇王はいつものように、軒下でひとり庭を眺めていました。眼前に広がるのは春の世界。彼の庭は、今では柔らかな日ざしが降り注ぎ、草花がそよ風に揺れ、小さな生き物たちが楽しげに歌うようになりました。
――今なら、あの小鳥は凍えずにすむのだろうか。
ひだまりの庭を見つめるたび、覇王はぼんやりとそんなことを考えました。そうして戻らない時に想いを馳せ、せめてもの弔いに、小鳥の教えてくれた“春”を忘れぬことを誓うのです。
「う、うわあああああああ!!」
「!?」
突如響いた叫び声に、覇王は無理矢理現実へと引き戻されました。塀の方からどすん、と耳に痛い音が鳴り、何かが地面に転がり落ちてきます。目を凝らして見れば、それは人で――それもどうやら同じ年頃の少年でした。
「いってて…」
青い髪の少年はしたたかに打ちつけたらしい尻をさすりつつ、木の幹を支えになんとか立ちあがりました。そして、絶句している覇王に向かってへらりと笑い、
「やぁ、やぁ!ここ、君の家?」
と明るく訊ねました。
「あ、ああ…」
「なら君が覇王か。良かった!実はさ、俺、君に会いに来たんだよ」
これは手土産な、と少年は手に持っていた青い花束を渡しながら言いました。不法侵入もここまで開けっぴろげだとかえって清々しく、覇王は何となく彼を責める気になれませんでした。
「…なぜ俺に?」
「“雪解け”の理由を知りたくて。……でも、ここを見てたらなんだかどうでもよくなった」
少年は小鳥たちのさえずる庭をぐるりと見まわし、穏やかな声で告げました。
「良い庭だな。ひなたぼっこしたら最高に気持ちがよさそうだ」
「――…」
『ひなたぼっこをすると、最高に気持ちが良い!』
覇王の脳裏に、小鳥の言葉がまるで小鳥本人がそこで話しているかのように甦りました。青い羽根と青い髪、きらきら輝くベリルの瞳。小鳥と少年、重なり合う面影は偶然か、はたまた運命の悪戯でしょうか。
「ああ、そうだ。自己紹介が遅れたな。俺は――」
ぎゅっと寄せた腕の中、ブルーベルの花がちりんと優しく揺れました。







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覇王さまお幸せに!


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