∴ 駆け引きなんてできやしない


※デュエルアカデミアでない学パロ
※ヨハンの日(4月8日)記念文





「どうすっかなぁ」


4月8日、早朝。
薄いカーテンごしに淡い光が差し込む室内で、遊城十代は爽やかな朝に似つかわしくない溜息をもらした。
およそ悩むという単語と縁遠い普段の彼を知る者ならば、この状況の異様さに肌を粟立てるかもしれない。
十代はそっと机の引き出しを開けると、隠すように奥へと押し込められていた小箱を取りだした。
手のひらに収まるほどの小さな箱から、更に小さな中身を抜き取り頭上に翳す。
青白い陽光を浴び、鈍く輝く銀色の指輪。
これこそが現在、十代の頭痛の種となっている代物である。

「なーんでこんなもん買っちまったんだか」

翡翠色の小さな石を一つ埋め込んだだけの、ごくシンプルなそれに向かってひとりごちる。
重さ5gにも満たない小さな存在を、彼は完全に持て余していた。





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ことの発端は3日前に遡る。
この日、十代は親友のヨハン・アンデルセンと共に、彼らの通う高校から自転車で10分ほどの距離にあるショッピングモールを訪れていた。
街の中心部に陣取りそこそこの規模を誇るこの場所は、駅に程近いという立地の良さからか、夕方頃にはこの界隈の高校生のたまり場となる。
十代たちもその例にもれず、空腹を訴える胃にジャンクフードを詰め込みながら他愛ない会話を楽しんでいた。
やがて時間も時間になり、ここらでおひらきにしようと駐輪場に向かい並び歩いていたときのことだ。
手を頭の後ろで組み背を反らし気味に歩いていた十代が突然足を止めた。
つられて立ち止まり、目線を左へ移したヨハンはぱちりと目を瞬かせる。
繊細な細工の施されたペンダントや、意匠をこらした指輪、革製の腕輪などがこじんまりとした店内にずらりと並ぶ―――十代が見ていたのはアクセサリー類を扱う店だった。

ヨハンとてあまり人のことは言えないが、遊城十代という男は興味の向かないものにはとことん疎い。
そのあたりは学業にもあらわれており、座学に面白みを見出だせなかった彼は補習の常連であった。
試験期間が近づく度に勉強会を開き、甲斐甲斐しく面倒を見てきたヨハンはこの性質を身をもって理解していた。
だからこそ、十代が興味の対象外も対象外、アクセサリーなどに目を向けているという事実に驚いた。
ヨハンでなくとも彼をよく知る者―――例えば十代をアニキと呼び慕うクラスメートの丸藤翔あたり―――なら、同じような反応をしただろう。

親友の好奇の視線を受け十代は居心地悪そうに頬をかいた。
曰く、前に来た時はなかったからちょっと気になっただけ。
その言い分を信用したかは定かでないが、せっかくだし寄っていこうとヨハンが提案する。
特に断る理由のなかった十代も了承し、男二人は店内を物色しはじめた。


店の主な客層は高校生らしく、制服姿のグループが3、4組見受けられる。
この種の店にしては男性客が多いのが特徴的だ。
並ぶ商品が男女共に使えるシンプルなデザインであることが大きいのだろう。
値段も高校生の財布事情に適っており、お手頃である。

ヨハンはリスだか猫だかよくわからない動物をモチーフにしたストラップが気に入ったようで、先程から熱心に見つめている。
十代もあれこれ手にとっては眺めていたが、それも形だけで意識は別に向けられていた。
彼の目的ははじめからただ一つ。
アクセサリーなどてんで興味の無い十代の目を一瞬にして奪い、ここへ導いたもの。
親友ヨハンの瞳と同じ、翡翠色の石を嵌め込んだ指輪だ。

たまたま視界に入り、ふと「ヨハンの色だなぁ」という感想を抱き、気づいたら足を止めていた。
それだけことだった。
しかしその時の十代には、一度親友の姿を重ねたものが自分以外の手にある、という事実がどうにも耐えがたく感じられたのだ。

ヨハンがストラップに夢中になっているのを横目で確認し、十代はこっそりと会計を済ます。
何となく、この指輪のことをヨハンに知られるのは避けたかった。



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