りんさくフェスタ | ナノ

君は今でも泣けぬまま


多分、もうすぐ私は死ぬんだと思う。桜は最近そんなことを良く考える。あの桜が散る頃にはいないのか、それともまた桜が咲くのを見られるのか。せっかく好きな桜も、そんなことを考えてしまうせいか、あまり好きではなくなった。
「真宮桜、桜は見ないのか?前は車の中からよく見ていたのに」
運転手は言う。桜は運転手に密かに好意を寄せていた。時は大正、皆素敵な殿方に選ばれろと言うけれど、桜は殿方は選びたいと思った。女学校に行くたびに送ってくれる運転手、六道りんねは桜と同い年らしい。なんでも家が貧しいため、いくつか仕事を掛け持ちしているそうだ。年の割に大人びている様と不器用だが優しいところに桜は惹かれた。この人ともあと何度会えるかわからないと思うと、ため息をついた。
「最近体調がよくないから。ねえ、六道くん。今日はちょっと遠回りして、あそこに行きたいな」
りんねは召使いだが桜に敬語は使わない。使わなくていいよと桜が言ったのだ。最初は敬語が抜けなかった彼も、次第に距離が縮まったのか、今ではそれなりに仲良く話してくれていると思っている。でも一番大事なことは、まだ言えない。言ってしまうのが怖いから。どうなってしまうかわからないから。せっかく縮めたこの距離を、壊してしまいたいようで、壊してしまいたくなかった。だから、いつだって言えない。病気のことも、この気持ちも。
車がゆっくりと止まり、大きな桜の木の前に着いた。桜はこの桜の木の下で、りんねと過ごす時間が好きだった。色んな時を一緒に過ごしていたこの桜に愛着を抱いていた。桜ははらはらと散っており、全部散る頃には桜の命も一緒に散ってしまう気がして、寂しくなった。まだ、桜には散ってほしくなかった。

桜が俯く姿をりんねは見ていた。
最近桜の様子がおかしいことには気づいていた。しかし、りんねはあくまでも運転手であり、召使いでしかなかった。本当は恋心など抱く方がおこがましいのだ。それを自覚していたから、どうすることもできなかった。自分には何もなかった。桜を幸せにしてやれるだけの、身分も、金も。愛があれば構わないと突っ走れるほど二人とも子どもではなかった。何よりただ、一緒に時を過ごせるだけで幸せだった。
「ねえ、六道くん」
桜が語りかける。
「私、多分もうすぐ死ぬんだ」
りんねは頭を鈍器で殴られたような気がした。こういう時、ただの召使いはどういう言葉をかけるのだろうか。桜がいなくなるなんて、考えたくもなかった。心臓が脈打ち、針山に押し付けられているような痛みを感じた。
「治る見込みはあまりないと、お医者さまもおっしゃっていたの。ねえ、六道くん、私ね……」
「桜様」
その先を聞くのが怖くなり、りんねは思わず言葉を遮る。久しくしていなかった敬語を作り、自ら境界線を作った。桜は大きな目をさらに見開いてから目を伏せる。
「ううん、何でもない。六道くん、送るのはここまででいいよ。ちょっと一人にさせてね」
境界線を作ったのは自分なのに、どうしてこんなに後悔しているのだろうか。桜の寂しげな小さい背中を見ていると、抱きしめたくてたまらない。しかし、それはりんねに許されてはいなかった。
風が吹き、桜はどんどん散っていく。まるで桜吹雪が桜を奪っていくようで、りんねは絶望を感じた。桜との時間はとても大切で楽しかった。母もおらず、父もロクデナシな貧乏人の自分にも桜は優しくしてくれた。桜との時間に夢と希望を見出していたりんねはまだ夢を見ていたいと強く思った。だから桜よ、まだ散らないで。


柊さま、リクエストありがとうございました!病弱な深窓のお嬢様桜と召使い運転手のりんね、、柊さまの夢をぶち壊した気しかしませんが、楽しんでいただければ幸いです。夢を見ていたいのはわたしだ。
用がないと会えない運転手、というところにこだわりと萌えを感じて素敵だなあと思ったのに、上手く生かせずに申し訳ありません、、、書いてる時はとても楽しかったです!リクエストありがとうございました!

150503 鞠音



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