<出会いは突然に>
「だからさっきから、やめてと言っているでしょう?」
「気の強ェ姉ちゃんだな。まあ、そこも素敵だぜ?可愛がってやるからよ、こいよ。」
数人の男たちは名前の手に触れると、ぐいっと引っ張った。握られた部位が痛いのか、名前は顔をしかめる。
「行かないって言ってるでしょう?いい加減に離して!!私だって怒るわよ。」
「ハハハ、怒ったところもいいねェ。」
*
ここは新世界、四皇の総べる海。
彼らはこの海の島々を、その強さを武器に支配している。だが、その中でただ一人。赤髪のシャンクスだけは自由気ままに、この海に生きていた。そして今日も皆で酒を飲むために、偶然見つけた島に上陸したところだ。
「どの店にしようかなァ...。」
「お頭、あそこはどうだ?」
「よさそうだ。行くか...ん?」
シャンクス達は足を止めた。ちょうど入ろうとした店の前で、男女が揉めている。なんだ、痴話喧嘩か?と気にも留めなかったが、会話が耳に入るにつれて、女性が無理矢理連れられていることが分かった。
「...お頭。」
「あぁ。」
同じように気付いたのか、ベックマンがシャンクスに声を掛ける。どうやら、考えていることは同じらしい。
シャンクスは彼らに向かって、歩みを進めた。
「おい...「やめてって言ってるでしょう!!」
そこにいた誰もが、びっくりして目を見開いた。か弱そうな女性が、白い細い足を大きく振り上げて、自分よりも大きい男を蹴飛ばしたからだ。
これには他の男たちもびっくりしたようで、蹴飛ばされて意識が朦朧としている男を支えると、何事も無かったように人混みへと消えていった。
「ちゃんと忠告したわよ、私は。」
パンパンっと乱れた服を叩くと、小さな埃が宙へと消えていく。
名前は、服が整ったことを確認するとくるっと振り返り、もとの道を戻ろうとした。が、振り返ったそこには大きな壁があったため、小さく声を上げてしまう。
「わっ!」
「驚かせてすまない。助けようかと思ったんだが、必要なかったようだな。」
シャンクスは腕を広げ、怪しい者では無いといった素振りを見せる。明るい笑顔が目に入った。
「あら、王子さまってわけね。生憎、私には必要ないわ。ごめんなさいね、可愛いお姫様じゃなくて。」
「誰もそんなことは言ってないさ。なかなかの腕だ。」
「それは褒め言葉?」
名前はチラっと挑発するような上目遣いで、シャンクスを見つめた。その目がどこかとても艶かしく、彼は言葉を失ってしまう。
ゴクリと喉の奥に溜まったものを飲み込んだ。何をする訳でもなく、ただその瞳を見つめ返していた。
この静かな沈黙を破くように、名前の口が小さく開く。
「じゃあ、私は行くわ。...気持ちだけ頂いておくわね。」
「待てよ、一人なんだろ?これから飲むんだ。せっかくだ、一緒に飲もう。」
気が付けば、こう発していた。
これにはシャンクス自身も、少しびっくりしていた。呼び止めるつもりなかったのだが、なぜか目の前の女に惹かれてしまう。
この気の強そうな女に。
「さっきの男とやってること、何も変わらないわよ。」
突然、口を開いたかと思えばなんだんだ、この男は。これじゃ、さっきの男たちと何も変わらないじゃないか。
そんな思いを抱えながら、名前は少し呆れ交じりに言ったが、シャンクスは気にしないといったように笑顔を返す。
ああ、またこの笑顔だ。
「そうか?気にすんな、ほら行くぞ!!」
ぐっと背を押され、半ば強引に名前は店の扉をくぐらされた。だが、どうしてだろう。自然と嫌な気はしなかった。
*
店に入ると、なぜか隣に座らされた。
最初は他愛のない話だけで済まそうと思っていたが、この男の話は面白い。もっと知りたいという欲と酒の力も借りて、気が付けば外はすっかり真っ暗だ。
名前は、窓の外を見つめる。
「すっかり暗くなっちゃった。宿探さなきゃならないのに...。」
「なんだ、この島の住民じゃないのか。」
「ええ。私は夢を叶えるために、旅をしているの。」
「夢?ほぉー、それはいいことだな。」
こんなことを誰かに話すのは、初めてだった。随分飲んだ酒がそうさせたのか、この男がそうさせたのか。
二人はグラスに入った酒を口に運んだ。名前はふと、横を見る。今まで気にしていなかったが、赤い髪に加え、目に三本の傷があることに気が付いた。
「あなたは海賊よね?」
「ああ。」
「ふーん、海賊で赤い髪か。それに目の傷。まるで赤髪のシャンクスみたいね。」
名前がポツリと呟く。
視線はどこか遠く、少し間を開けると、グラスの半分にも満たなくなった酒を口に運んだ。スーっと飲み込まれていく酒。シャンクスは名前の喉元から視線を外せなかった。
「でも、あなたと彼は大違いね。」
そう言いながら、テーブルの上に戻されたグラスには、赤い口紅がくっきりと付いていた。名前はそれを指で、そっと拭う。
「どうしてそう言えるんだ?」
「彼は四皇よ?ヘラヘラしたあなたみたいに、こんなところにいるわけないじゃない。それに、彼は私みたいな女には声を掛けないわ。」
「声を掛けるには十分なほど、いい女だと思うが?」
「フフッ、でもそれはあなたの話でしょう?」
(...っ!)
それは不意打ちだった。
気の強い女だとばかり思っていたが、今の笑顔は反則だ。時々除く女性らしさが、シャンクスの心を捕えて離さない。
「私はね、彼を探しているの。そして船に医療チームの一人として乗せてもらいたい。昔ね、命を...島を助けてもらったの。だからお礼をしたいのよ。
赤髪のシャンクス、彼は私にとって特別な人なの。」