<何度その背を>

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※ 途中、...と表記しているところがあります。本当ならある病名が入るのですが、今回は伏せています。







ここに来てもう何ヵ月経っただろうか。窓から見える景色は、季節に合わせて少しずつ変化していくのに、閉ざされた空間は何も変わらない。
変化の無い日々が繰り返されていくだけだ。

幸い自由に病院内を歩くことができた私。毎日、気分転換にと病室を飛び出し、暖かい日差しが差し込む窓辺で本を読んでいた。
それが唯一の楽しみでもあった訳だが、理由はそれだけじゃなかった。
そろそろ時間だ。

「***、また読書か?」

「っ!」

白衣に身を纏い、歩いてくるロー先生。きちっと清潔感を漂わせ白衣を着こなす様は、私の心をこれでもかというくらいに燻る。その姿を見るだけで、私はいつもドキドキしていた。

「本当に本が好きなんだな。」

「はい。本の中では自由に動けますから。」

「そうか...だが、喜べ。この前の検査の結果が出たんだが、***もそろそろ退院できる。」

「えっ!?嘘...。」

「よく頑張ったな。後日、改めて話をする。」

そう言って先生は私の頭にポンポンと触れた。大きな男の人の手。この手でたくさんの人を助けてきたんだ、と思うと何とも言えない気持ちになる。

「じゃあ、またな。」

ずっと待ち望んでいた退院の二文字。やっとこの閉鎖的な環境から抜け出せるという解放感、嬉しさが込み上げてくる。だが、それは同時に先生との別れを意味していた。

「先生...。」

視界を横切る白衣が、風を切るように小さく揺れる。
叶わない恋と知りながら今まで何度、その背を目で追いかけてきただろう。言葉を交わせた時には飛び上がるほど嬉しかった。

でも本当は、その背を見ることができるだけで十分、幸せだった。しかし、退院となるともうそれすら叶わない。
私の心には、喜びと悲しみが複雑に入り混じっていた。





後日、先生から退院についての指導を受けた。
その容姿に似合わず、先生は優しい言葉で何度も何度も退院後の生活についての注意を、私が分かるように繰り返し説明してくれる。でも、全く頭が働かなくて内容が右から左へと抜けていった。

大好きな先生が、すぐ手の届く目の前にいる。こんな状態で、話を理解しろと言うほうが間違っている。目が合わないように目線を外して、ずっと頷いていた。

「以上で説明は終了だが、本当に分かったのか?」

「...はい。」

「うーん、どうも疑わしいな。」

先生は悪い笑みを見せながら、じっとこちらを見つめてくる。こんな至近距離で真っ直ぐその瞳に見つめられると、熱が出てしまいそうなほど身体が熱くなるのが感じられた。

(先生。これ以上、私を苦しませないで下さい。)

傍にいられることが幸せで、でも苦しくて。本の中には甘い恋が広がっているのに、現実はどうだろうか。
恋ってこんなにも苦しいもの?

「ちゃんと聞いたので、大丈夫です!」

「本当に?」

「はい、本当に!」

つい強がって言ってしまった。
本当は、ほとんど頭に入っていないのに。ただこのままではどうにかなりそうで、一刻も早くこの場から抜け出したかった。

「じゃあ、これで説明を終わるからな。また手続きをよろしく頼む。」

「わかりました。」






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