<大好きな人から>

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「はー...。」

先生と別れた後、大きなため息をついた。

全く説明を聞けなかったことに自己嫌悪に陥る。普段落ち込んだりすることは少ないのに、先生のことになると感情のコントロールが出来ない。
簡単なことで一喜一憂する自分に呆れてしまう程だ。

風に当たればこの気持ちも覚めるか、と今読んでいる本を片手に屋上へ向かう。
1つだけ置かれているベンチに腰を掛けながら、少しだけ冷たい風に触れ、本のページをめくった。

“好きなんです。”

“え?”

この本は自分と同じように、病院に入院している最中に、一人の女の子が担当医のことを好きになるという物語だ。
そんな彼女の告白シーン。ようやく残り半分のところまできた。
結末はまだ知らない。

“先生。私って...なんですよね。大好きな人から忘れていくなんて辛いです。”

ちょうどその文が目に留まった。大好きな人から忘れてしまう...。
もちろん、これは実体験では無いただの小説。感動を誘うために作られた話かもしれない。それでも、なぜかその一文が気になって仕方がなかった。

“だから、忘れる前に言わせて下さい。”

“待ってくれ。俺は医者で君は...。”

“そんなこと分かってます。だけど、言わせて下さい!先生のことを覚えているうちに、伝えたいの。”

ガチャ―ッ!

その時、屋上の扉が開く音が響いた。それは、本にのめり込んでいた私を一気に現実へと引き戻す。
もう一度、本に目を移した瞬間、「今日は皆さん落ち着いてますね。」という声が聞こえ、私は勢い良く顔を上げた。この声はよく知っている。先生とよく一緒にいるペンギン先生の声だ。

(まさか...。)

その予感は的中した。ペンギン先生に並び、ロー先生の姿が目に映る。日光を反射している白衣が眩しい。

「あ。」

先生が私を見つけるのには、そう時間は掛からなかった。私を見つけた先生は、まっすぐにこちらに向かってくる。

「隣、いいか?」

「はいっ。」

私が答えると、先生は笑顔を見せながら腰を掛けた。その隣にペンギン先生が腰を掛ける。

「また本読んでる。」

「ちょうどいいところなんです。」

「そうか、それはどんな内容だ?」

「えっとこれは...。」

本の内容を説明すると、先生は「ふーん。」と小さく頷いた。先生からすれば、医者と患者の恋なんて有り得ないとでも思っているのだろう。
私は会話が途切れてしまうことが嫌で、さっき気になったことを聞くことにした。

「...って、本当に大切な人から忘れていくんですか?」

「それはペンギンに聞け。こいつの得意分野だ。」

先生はペンギン先生のほうを見ると、答えを言えと言わんばかりにじっと見つめていた。

「んー...まぁ、それは確かに物事を忘れていくけれど。むしろ、その逆かな。嫌いなものから忘れていく。」

その言葉を聞いて、先生が何かを考えこむように静かになった。一体何を考えているのだろう?いろんな思考が頭の中を巡るが、答えが出る前に先生が言葉を発した。
それは強く私の心に突き刺さる。

「...なら***は、俺の心の中に最後まで残るな。」






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