18

 私が9歳の春だった。小振りのアゲハがひらひらと宙を舞う。私は忌々しいと思いながらそれを目で追う。父上の輪刀が私の足元に転がっていた。

 さっきまで、私は父上から輪刀の扱い方を教わっていた。それなのに家臣が何か失敗をしたらしく、父上は輪刀と私を置いて仕事に行ってしまった。

(輪刀重いし……父上はいなくなってしまったし、どうしよう)

 することもないのでアゲハを眺めていると、アゲハが飛んで行った方からひょっこり、月夜丸が頭を出した。

(また一人で歩きまわってる)

 私の異母弟、月夜丸は部屋から脱走するのが上手い。城中を冒険するのがマイブームらしく、毎日のように部屋から抜け出していつも乳母や相合の方に怒られている。

 彼は鼻先を飛んで行ったアゲハに気を取られて私に気が付いていないようだ。蝶を追いかける姿は何ともかわいらしい。妹が欲しいと思っていたけれど、弟でも今はよかったと思う。

「月夜丸」

 私は暇だったので声をかけた。ぱっと彼は振り返って、にこっと笑った。

「にいさまっ」

 月夜丸はおそらく彼の全力であろう速さでこちらに走ってくる。転ぶのではないかとヒヤヒヤしたが、無事にこちら側までやってこれたので安心する。

(あぁ、かわいいよ月夜丸……)

 兄上が私を猫かわいがりするので相当な兄バカだと思っていたが、今は人のことは言えないなと思う。目が大きいものが可愛いと思うのは本能だから子供は可愛いと、昔まだ私が前世を生きていたころ誰かに聞いた。本能でも可愛いものは可愛い。私の弟は世界一可愛い。

 私が顔に出ないように心の中でかわいいを連呼していると月夜丸は輪刀と私の顔を交互に見た。

「にいさま、きらきらして!」

 私が鍛錬をしていたと思ったのか、月夜丸は目を輝かせていう。月夜丸が言っているのは『バサラ』の光のことだ。彼は時々私にねだってくるのだが、触ろうとするので危なくてしょうがない。光だけを出すのは私にとって難しいことだ。私の光には、必ず多少の衝撃が伴う。もし驚いて転んで怪我をしたらどうするのだ!だから私はいつも同じことを言う。

「バサラは危険ものだ。遊びでは出せぬ」

 だいたいいつもこの言葉で諦めてくれるのだが、今日は違った。

「とおさまが、にいさまのきらきらはぼくをまもってくれるって、いってたよ!」

 月夜丸は純粋な瞳で言った。はあ、と私はため息をつく。どう言えば上手く諦めさせることができるか考えながら、私は口を開く。

「月夜丸、バサラは刃物と同じだ。使うものが未熟であれば、傷つけたくないものでも傷つけてしまう。我は多少操れるようになったといっても、まだまだ未熟。そなたを傷つけてしまうやもしれぬ」

 月夜丸はぷう、と頬を膨らませたが、言っていることは理解できたようでそれ以上ねだってはこなかった。しばらく彼は私の周りをうろうろとしていたが私の正面で立ち止まって、私を見た。

「にいさまは、ぼくをまもってくれる?」

 少し心配そうな顔をしてそんなことを聞いてきた。私は月夜丸の頭をなでながら言う。

「ああ、我の力は毛利を守るため、使おう」

「にいさまは、ぼくにうそかない?」

 また彼は聞く。

「つかぬ」

 私はそう言ってから、もうすでに一つ嘘をついていることに気付いた。いつか彼には自分が実は女だと話さないといけない。まだ子供の月夜丸はうっかり誰かに話してしまうかもしれないし、父上もまだ彼には話していないようだ。その時に、彼は私を受け入れてくれるだろうか。純粋な笑顔に私は何とも言えない顔で微笑み返した。

 そのあと、月夜丸は乳母に見つかってしまって強制連行されていった。結局父上が帰ってきたのはそれからずいぶん後で、鍛錬の続きはできなかった。父上の不機嫌なオーラにびくびくしながらも私は、今日の鍛練は楽できたからいいや、と思うことにした。


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