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 ちらちらと、牡丹雪が舞う。寒い、と何枚も着物を重ねて、火鉢にすり寄っている私はさぞかし滑稽にみえるだろう。だが、方丈記に『家の作りやうは夏をむねとすべし、冬はいかなる所にも住まる』とあるように夏に住みやすくつくられている日本家屋はとにかく寒い。何度も言うが寒いのだ。

 そして、さらに私の部屋は機嫌の悪い杉様がいることで寒さは二割増しに感じられる。なぜ彼女はこんなにも機嫌が悪いのか。それは容易に想像がつくのだが……あまり刺激したくないので私はあえて何も言わず手をすり合わせたり、少し硬くなった団子をほお張ったりしていた。そうしているうちに、ついに杉様は口を開いた。

「相合の方がご懐妊だそうです」

 ああ、やはりその話か、と思う。半年共に過ごしているが、こんなに不機嫌な杉様は初めて見る。同じ側室同士、ライバル意識があるのだろうか。戦国時代は女の世界も怖い。

「松寿丸様はご兄弟ができるんですよ」

 私が特に何も言わなかったので杉様は続けて言った。私は固くなってしまった残りの団子と格闘中だったが、これ以上彼女の機嫌が悪くなるのを防ぐため急いで口の中のものを飲み込む。慌てて呑み込んだものから、私は少し咽た。

「我は妹が欲しい」

 私は咳込みながら言った。杉様が背中をさすってくれる。杉様の機嫌を損ねないために発した言葉だったが、半分は本心だ。男が生まれるといろいろあるのがこの時代、面倒事はなるべく避けたい。それに、女の子だったら、私ができない様な綺麗な着物を着せたり、お洒落をさせたりできる。

 想像していたら、私はだんだんと楽しくなってきて真剣に妹のことを考えていた。ふと杉様を見ると機嫌が直ったのか、いつも通りにっこり笑っていた。そして、私に向って言う。

「きっと、松寿丸様はいいお兄様になりますね」

 この言葉を聞いて、私は複雑な気分になった。たぶん、父上は私の性別を杉の方にも、相合の方にも話していないのだろう。私のことを知っている家臣たちは郡山城に残ったものが多い。

 父上についてきたのはほんの一握り。だから、この城で私が女だと知っている人は本当に少ない。その中に、せっせと私の世話を焼いてくれる杉様が入っていないのは、何となく悲しい。

「お兄様、か……」

 私は声に出して呟いてみた。いつかこう呼ばれる日が来る。私の中でまだ生きている『千』が刻々と小さくなっていくのを感じた。

 そんな私を見て、杉様は私が兄になるのを心配しているのかと思ったのだろう。杉様は私に優しく笑いかける。

「心配なさらなくても、すてきなお兄様になれますよ」

 私の手をなでながら、杉様はそう言った。冷たかった手がだんだんと暖かくなってくる。私は何も言わず、杉様が撫でている自分の手をじっと見つめていた。


 次の年の秋、相合の方は元気な男児を出産した。美しい月夜に生まれたその子供は月夜丸と名付けられ、新しく毛利家の一員になったのであった。


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