Reprise


こちらの小説は物語の進行上の都合で車種等を指定させて頂いておりますのでご了承下さい。


夜の箱根を彗星の如く駆ける、派手なリアウィングの装着された白いFCの咆哮が響く。
涼介は北条凛からの宣戦布告が近いと読み、仕上げたFCの動作確認がてらに久々の、ほぼ全開状態に近い走行を繰り広げていた。
一般車のそう多くも無いここで、それでも細心の注意を払いながら次なるコーナーの入り口へと進入して行くが、前方に僅かに覗いた対向車のヘッドライトに涼介は僅かにアクセルを緩める。
対向車だろう。
イン側になるだけ寄らせたFCのリアが綺麗なラインを描きながら抜けて行く。しかしコーナーの中盤擦れ違った対向車を目視で確認した涼介は一瞬双眸を細め、そのままFCを旋回させて反対車線へと飛び出した。
その場で半回転したFCのノーズは先来た道を差し、涼介は躊躇う事無くアクセルを開ける。
「追いつけるか…」
擦れ違ったのは紛れも無く、漆黒のような黒を誇るGT-Rの32型。この付近で黒のR32と言えば誰しもが必ず例の死神を想像するであろう。ただ涼介を一人除いては。
理想的なラインを寸分違わずに再現し、FCとの隙間を1pと開けず見事なまでのグリップとスピードで抜けて行く絶対的なドライビングスタイル。あれが北条凛では無い事を強く確信した涼介は更にトラクションを掛けた。珍しく表情の硬い涼介は、唇を強く結んで目線を逸らす事無く前方を睨む。
彼女の2回目の命日が近い。このタイミングで誘うようにして現れたあの32は、間違い無い。
ややあってからチラついた微妙な明るみに安堵し、溜めていた息を吐き出すかのようにして溜め息を漏らした。
先に覗える緊急退避所に前を行く32がウインカーを上げて進行方向を変えたのに倣い、後のFCも減速しながら二台のそれが滑り込んで行く。
微妙に開いた車間距離に涼介は眉を下げ、それでもやおら微笑んだ。
32の運転席側のドアがゆっくりと開き、相変わらずな華奢なご健脚が姿を現す。
そして涼介も焦る気持ちを抑えながら、アスファルトへと降り立った。
「久し振りね、涼介」
「やはり生江だったか」
「どうして私だと分かったのかしら」
「あんな走りをするのはお前くらいしか思い浮かばないさ」
苦笑しながらもやれやれと肩を竦めた涼介を見るなり生江も、それにつられて口角を上げた。
「…近いうちに凛が出る筈よ」
「そうだろうな。先輩は、元気なのか?」
「さぁ?生憎あの日以来喋った記憶は無いわ」
「そうか。生江も元気そうで何よりだよ」
「貴方もね、と言った方が良いのかしら」
「随分と痛いところを突くな」
「その様子だと何も変わっていないのね。それで、どうするつもり?きっと貴方の事を殺すつもりよ」
「受け止めるさ、全て。苦しいのはどちらも同じなんだ」
「そう言うとは思ってたけど」
「お前こそ、一体どういう風の吹き回しだ?」
「別に。間違っても死んだりしないように忠告しに来ただけ」
「俺は死ぬわけには行かない。Dを終えるまでは絶対にな」
「それなら無駄足だったようね」
「いや、君に会えて良かったよ」
「それはどうも」
凭れていた32から背を離し、長居は無用だとばかりにその長い髪を翻した彼女、北条生江は32に乗り込もうとドアを開けてぴたりと動きを止めた。
「……それと」
「うん?」
「香織は貴方をそこに留まらせる為に自らの死を選んだわけじゃない筈よ。次の勝負には全てが終わると、そう願ってるわ」
先程よりも僅かに低く、静かな声で呟いた生江に涼介は咄嗟にその腕を掴んでいた。
彼女をこうさせてしまったのは自分に他ならない。
北条凛の妹君でもある彼女に惚れた腫れたなど、馬鹿げた沙汰であるのは涼介とて十分に承知の上な訳で。
いつだったか、彼女と初めて知り合ったのは暗がりで雨の降る赤城山で賢太が悪戯に煽ったのが切欠だった。
賢太が生江にチギられて、それで相当腹を立てていたような。自業自得だろうと言ってしまえばそこまでなのだが。
兄譲りの良い腕を持った彼女の走りに魅せられ、気が付けば彼女に惚れ込んでいる自分が居た。
2年前の因縁も、未だに残る迷いを振り切れずに居る自身と中途半端に彷徨うこの気持ちの全てを知ったる上で、生江はそれでも待つと言った。
「…また会えると、思っても良いんだろうか」
「今更?」
「本当に、すまない」
「わかってる。大丈夫よ」
そっと頬に添えられた彼女の優しくて、繊細なその指先と遠い感慨に、涼介は瞼を伏せた。
皆までは言えない。愛していると、今はただその気持ちを伝える事だけが叶わない。
この言葉が何時か彼女の元へと届くように願いながら、せめて目の前に確かに存在する彼女の優しい温もりに触れて居ても良いだろうか。
2年前、とうに失った筈の感情が再び鮮やかに色を帯びて行くのを心の何処かに感じながら、今暫く離れる気配の無いその熱に涼介は呑み込んだ言葉を深淵へと霞めた。

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