「出発の朝に」




 サーナイトは昨日言ったとおり、夢に出てきた。
 しかしその前に薄気味悪い……まあ簡単に言えば悪夢みたいなものを見た。
 それはすっと消え、俺が「サーナイトか?」と聞くとサーナイトは出てきた。結局 悪夢みたいなのが何だったのかは分からんが。

 とりあえずそれはおいといて、俺は単刀直入に聞いた。「俺のことを教えてもらえるか」と。
 サーナイトは静かに笑い「はい。時はきました。貴方がポケモンになって此処に来た理由を……全てをお話します」そういってくれた。
 ようやく、俺のことがわかる。ほっとした部分もあったが、少し不安な部分もあった。それでも、知りたかった。俺がどうして此処に来たのかも、全て。知らないままは、絶対に嫌だった。

 サーナイトはゆっくりと話し出した。

「蒼輝さん、貴方は……このポケモンの世界を救うためにやってきたのです」

 目を見開いた。同時に、どういうことだ、という疑問が生まれた。
 サーナイトはそのまま続けた。

「はい。私たちはこの世界が危機に瀕していることに気付き、救世主を探していたのです。しかし何処に行ってもおらず半ば諦めたとき……1人の人間に出会いました。
 それが蒼輝さん、貴方です」

 思わず顔を顰めると、サーナイトは困ったような顔をした。
 だからとりあえず自分の気持ちを伝えた。「俺はそこまで強くねぇし、救世主と呼ばれるほどの奴でもない」と。……本気で思ったことだった。
 するとサーナイトはおかしそうに笑い、こう言った。

「はい。初めてお会いしたときもそう仰っていました。「自分はそんなに強くない」と」

 昔の俺はどうやら今の俺と同じ思考をしていたらしい。あぁ、やっぱ俺≠ヘ俺≠ネのか。……変わっていないのか、成長していないのか、どっちだ。
 サーナイトは「しかし」と言って真剣な声音でまだ続けた。

「私たちが求めていたのは見せかけだけの力ではなく……真の勇気でした」

 おそらく、今までで1番 顔を顰めた瞬間だったと思う。
 「……もっと自信がない言葉が出てきたんだが」と言うと、またサーナイトが笑った。まさか、と思うとそのまさかであった。

「はい。それも仰っていました」

 ……駄目だ、俺。何も進歩してねぇよ。
 そんなことを思っていると、サーナイトがまた真剣な声音で話し始めた。

「ですが、貴方はその後こういったのです」


『それでも、困っている奴は助けてやりたい。……困ってる奴 見捨てたら、俺はこっ酷く怒られるんでな。その世界の奴らは、困ってんだろ?
 だから、試させてくれ。俺が救世主としてふさわしいかどうか、見極めてほしい。もし、だ。もしお前が俺をふさわしいと判断したとき……そのとき初めてその役目ってのを教えてくれ。

 それとお前、俺の記憶って、消せるか? 消せるんなら、頼む。……今の俺じゃ、余計なことばっか考えそうなんだ。だから、頼む。俺の記憶を消してくれ』


 ……驚いた。素直に、驚いた。俺がそんなことを言うなんて。
 そして驚いている俺に、さらに驚かせるようなことをサーナイトはさらりと言ってのけた。

「そういえば蒼輝さん。翡翠さん、というフライゴンと一緒にいるでしょう? あの方も貴方と同じ世界からきたポケモンなんですよ」

 翡翠が? と思わず聞き返してしまった。サーナイトは「はい」としっかり返事をした。
 ……何だか辻褄があった。翡翠が名も知れていない救助隊に「入れてくれ」と頼みに来た理由。それは、恐らく俺がいたからだ。俺の存在を、知っていたから。
 そして昨日の「早朝に、申し訳ありませんが、お話させていただく時間をいただけますか?」というのも、これについて説明してくれるからだろう。

 だから、サーナイトにこれ以上 翡翠のことを聞くのはやめておいた。それは、本人から聞くことにした。
 とりあえず俺はサーナイトに続きを促すため「それで、俺は認められたのか?」と聞いた。サーナイトはしっかりと首を縦にふった。

「貴方の勇気は証明されました。貴方は間違いなくこの世界を救う役目を負っています。そしてその役目ももう終わろうとしています」

 その役目は、やっと分かった。


「――星の衝突を防ぐこと、だろ? 俺の役目ってのは」


 そう聞くと、サーナイトは短く「そうです」と返事をした。
 ……全ての辻褄があった。セルズが「俺と自然災害が関係している」と言ったのは、こういう意味か。俺が、自然災害が増えた原因を壊す。それが、俺の役目だったからだ。
 納得していると、サーナイトは小さくだが、俺に聞こえるくらいの音量で話し出した。

「そしてその役目が達成されたとき……蒼輝さん、貴方は人間の世界に帰り……人間の姿に戻ることができます」

 その言葉を聞いて蘇ったのは、夢で見る女の子のこと。
 そういえば、あの子は元気なのだろうか。そんなことを考えてしまった辺り、まだ帰りたい願望は残っているらしい。
 しかし、すぐに違うことも頭に過ぎった。

 サーナイトはそんな俺の心情を察してか、少し顔を俯かせて、言った。

「それは勿論、リフィネさんをはじめとした『ベテルギウス』や広場の皆さんと……お別れすることになります。翡翠さんも、もうあちらに戻ることはできないので、お別れとなります」

 頭が真っ白になりそうだが、思わず「マジかよ……」と声を出してしまった。
 ……あぁ、こんなことは想定外だったな。おそらく過去の俺も、想定外だったはずだ。こんなに仲間ができるだなんて思ってなかっただろう。
 正直、今の俺も驚いている。

「……出会いがあれば、別れがあります。これは、仕方がないことです。
 私にも、昔、かけがえのない友達がいました。本当に大切で……あ、私に名前をつけてくれた友達なんです。シファラ≠チていう名前を、つけてくれたんです。……でも、何処かに行ってしまいました」

 サーナイト否シファラが悲しそうに、それでも笑顔で語ってくれた。
 おそらく、シファラが話しているのはキュウコン伝説の人間のことだ。シファラは、その人間を祟りから庇った。それほど、大事にしていたのだ。
 それでも……その人間は、逃げたのだ。サーナイトを見捨てて。

「いなくなるのは寂しいです……。



 でも……またいつか、きっと出会える。私、信じています。絶対に、会えるって」



 その瞬間、辺りが一瞬 光った。
 咄嗟に辺りを見渡せば、やはり不思議な空間しか広がっていなくて。俺が訳がわからなくなっていると、シファラが首をかしげた。

「誰でしょう? どうやら……誰かが夢を覗いていたようです。もう走りさってしまいましたが……悲しい気持ちだけが、此処に残っています。泣きながら、走り去っていったみたいです……。
 ……もうすぐ朝ですね。それでは、また」

 そう言って消えようとしたシファラを俺は慌てて呼び止めた。シファラはそれを聞いて不思議そうに俺を見ていた。
 できるだけ慣れない笑顔を作り、聞いた。

「俺も、お前の言ってた大切な友達≠チてのがつけたシファラ≠チて名前で、呼んでいいか?」

 シファラは目を見開き、ぽろりと涙をこぼし、消えながら、笑いかけてくれた。

「ありがとうございます。――そうしてくだされば、嬉しいです」


 それで、シファラとの夢は終わりだ。

 シファラが、本当にあの逃げた人間を大切にしているのが分かった。じゃないと、あんな風に話さないし、泣かないと思う。
 ……その人間も、今頃ポケモンになって、苦しんでんだろうな。

 そんなことを思っていると、「蒼輝さん、失礼します。翡翠です。……起きてますか?」と絶妙なタイミングで翡翠が入ってきた。
 「おはよう」と挨拶すれば、いつも通り翡翠も「おはようございます」と言った。

 さて、ここからは翡翠との話である。

 翡翠は「その様子では、サーナイトさんからお話をお聞きしたようですね」と笑った。やはり、翡翠は俺の役目も全て知っていたのだ。
 しかし俺はシファラにも「教えるな」と言っていた。翡翠が言わなかった理由は、それだろう。

 すると何故か、翡翠は俺に頭を下げた。いきなりのことで、俺は何の反応もできなかったが、翡翠は続けた。

「僕は、蒼輝さんに謝らなければならないことがあります。それを今からお話します。
 蒼輝さんがサーナイトさんに出会う前、蒼輝さんは僕に出会いました。それも、最悪な形で」

 翡翠の言っている意味は、よく分からなかった。何故、最悪な形なのか。
 だから俺は、言葉を挟まずに翡翠の言葉を聞いた。

「セルズさんに会いにいったとき……セルズさんが僕にこう聞いたのは覚えていますか? 「お前は世界を変えるほどの代物に触れたことがあるな?」と。それは、あの時 答えたとおり、事実です。
 ……ソレ、「世界を変えるほどの代物」というのは、僕のところでは、「願いを叶えてくれる代物」と言われていました。だから、僕はそれの力に頼ろうとした。

 ……唯一無二の家族を、生き返らせるために」

 は、と声が出そうになった。
 両親を、生き返らす……? そんなことが可能なのか。そんなことを考えてしまった。しかし、「世界を変えるほどの代物」だ。そんな力があってもおかしくはない。
 翡翠はそのまま……いや、今思えば、どんどん声が震えていた気がする。

「しかしソレは、凡人が触ってはならない物だったんです。……それに触った僕に神様が怒り、そして、地上まで降りてきました。――天罰を下すために。
 咄嗟のことで、天罰である攻撃を、避けられなかった。しかし僕は今 生きている。……その理由が、


 ……庇ってくれたんです。蒼輝さん、貴方の大切な、ご友人が、命をかけて」


 そこからは、もう何を考えていたのかも覚えていない。
 ただ、すんなりと翡翠の言葉が耳から脳へと伝わっていったのは分かった。今でも、鮮明に覚えている。

「綺麗な長い黒い髪をした、女の人でした。その人は僕を突き飛ばして、代わりに神様の攻撃を受けました。……勿論そんな攻撃を、耐えられたわけがないのです。
 蒼輝さんはその場にいて、彼女に駆け寄って、ずっと名前を呼び続けていました。泣きながら、ずっと、ずっと……。僕は、その時 初めて自分がどれだけ愚かなことをしたか思い知りました。……神様はそれを察してか、帰っていかれました」

 綺麗な、長い、黒髪。
 夢で散々でてきた、あの人だ。俺を叱ったり、からかったりしてきた、人のことだ。すぐに分かった。
 その人は、もう死んだ。翡翠の説明でそれが分かった。それは俺にとって信じられないことで。……あの夢に出てきた、明るい人が死んだなんて、全く実感が湧かなくて。
 それでも、翡翠の様子から、察することができた。もう、死んだのだと。

「……その後に、サーナイトさんに出会ったんです。蒼輝さんは話を聞いて、その人のように、自分も誰かを助ける。そういいました。
 僕は何度も蒼輝さんに謝りました。蒼輝さんは、「許すも何も、それは俺ができることじゃない」と言って、謝るなと仰いました。それでも、僕は何かしなければと思ったんです。だから、この世界にきて、蒼輝さんの手助けをすることにしたんです」

 僕が愚かだったんです。僕が、蒼輝さんの大切な人を奪ってしまった。ごめんなさい。

 翡翠はずっとそう謝った。だから、俺は翡翠の頭を軽く叩いた。翡翠は、今にも泣きそうな顔をしていた。だから、こう言った。

 あの人が勝手にやったんだ。お前が気にすることじゃない。
 あの人が勝手にお前を庇って、死んだ。……あの人はそういう人だったんだ。自分の身はどうでもよくて、他人の身を優先するような人だったんだ。
 結局あの人は自分のやりたいようにやって、死んだんだ。きっと、本人も納得してる。
 それに過去の俺が言ったように、お前がいくら俺に謝っても、俺は許すこともしてやれない。……許すも何も、俺ができることではないから。
 だから、もう謝るな。

 翡翠は涙を流して最後に「すみません。本当に、すみませんでした」そう言って、小さくだが、お礼を言った。きっと、これでいいんだ。俺は、そう思った。
 それからは、翡翠が「外でちょっと気持ちの整理をしてくる」とか何とかで、出て行ってしまった。そして俺は、こうやって日記を書いている。呑気なものだ。今日、この世界とオサラバするかもしれないのに。

 しかし、あの世界にあの人がいないとしたら、俺が帰る意味はあるのだろうか。
 …………いや、確か……もう1人、いたはずだ。あまり思い出せないが、夢で靄がかかって姿さえ見ることができなかったが、いたはずだ。
 もう1人、もう1人、あの世界にまだ、いるはずなんだ。

 けど、何も思い出せない。

 ……あぁ、もうやめよう。そうなったらそうなっただ。どうにでもなれ。
 広場の皆とも、フェクやソレア、シィーナや、翡翠、リフィネとも、これでお別れかもしれない今日。

 俺は、世界を救うために、“天空の塔”という場所へ、行く。


 この日記は見つからないような場所に隠しておこう。バレたらバレたで面倒だ。
 ……ここまでの日記を振り返ると、本当に色々あった。これで、終わりだ。この日記も、この家――いや、救助基地ともお別れ。


 ありがとう。さようなら。





 

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