癒しの力《ヒーアアビリティ》

「ふぅ……」

「疲れた……」

「ほんの少し休憩しましょう……」

「賛成だ……」

 “水晶の洞窟”を抜け、やっと奥地につく。そこには3つの大きな水晶があった

 だがそんな事を気にしていられる『シリウス』ではなく、全員が壁にもたれかかった。ガブリアスの戦闘で精神的にも肉体的にも疲労が残ったのだ。
 しかし今はゆっくり休むわけには行かなかった。
 ジュプトル捕獲のために、時の歯車≠守る為に、ここにあるかどうかを確かめなくてはならない。

 不意にシアオが口を開いた。

「あ……スウィート。あのさ……あの、ガブリアスをどうやって止めたの? それに……あの光も」

「えっ、あ、あれは……えっと……うーん……?」

 突然の問いにスウィートは返答をどうしようか困った。
 あれはただ少し頭が覚えていただけで、どうやってやったかなど覚えていない。ほとんど体の懐かしい感覚でやっていたのだ。
 するとスウィートにとって救いの声が聞こえた。

《スウィート。それは俺が説明するよ。知ってるし……。スウィートも聞いててくれればいいから》

(え、知ってるの?)

 その声とはレンス。知ってるという事にスウィートは驚く。そんな話、1つも出たことが無いからだ。
 レンスは苦笑したような音色で話す。

《まさか力が発動するとは思ってなかったから、説明しなかったんだ。だから今、説明する。他の3匹にも説明しなきゃいけないみたいだから……ちょっと体を借りてもいいか? もう出られる時間がないんだ》

「うん……。お願いね」

 スウィートは目を閉じる。そして開くと黄色の目が現れた。
 それに驚いている3匹に気付くとスウィート、否、レンスが3匹にむかってニコリと微笑んだ。

「こうやって話すのは初めてだね。俺の名前はレンス・ヴァーミリオン。種族はサンダース。スウィートの体で違和感があると思うけど……それは我慢してくれると有難いな」

「え? スウィート? へっ? 俺?」

「アンタがスウィートの話してたサファイアの中にいるポケモンの奴か……」

 シアオがパニックしている傍らでは、アルが納得したように呟く。フォルテは少々パニックしているようだが、シアオ程ではなかった。
 それを安心させるためか、レンスが少し困ったように微笑んだ。

「とにかく時間がないから、スウィートの力についての説明は手早くさせてもらうよ。俺の正体はどうでもいいから」

 するとシアオとフォルテはパニックするのをすぐのやめ、話を聞くことに集中するようにした。
 レンスはその光景に苦笑してから話し出した。

「まず……スウィートが人間な事は知ってると思うけど……スウィートは通常の人間にはない力を元から持っていたんだ」

「通常の人間にはない力……?」

 3匹が首を傾げる。
 ポケモンにとっては人間は無縁の存在ともいえる。だからあまり人間のことを知らなかった。それは物知りなアルもだ。

「人間はポケモンの声を聞けない。だけど……スウィートはポケモンの言葉を理解できていたんだ」

「「「!」」」

(私が……?)

 3匹も驚いているが、スウィートも驚いていた。自分にそんな力があったとは、と。
 まだ実感がなく信じられないスウィートを気にせず、レンスは続けた。

「その力ともう1つ……。暴走しているポケモンを静める力。俺たちは癒しの力(ヒーアアビリティ)と呼んでたけど。
 スウィートは言葉でポケモンの心を落ち着かせることができたり、ガブリアスのような狂気に染まってしまったポケモンを止める力があるんだ。その力を使うと光が出てくるんだ。その光で、ポケモンの心を落ち着かせる……」

「だからガブリアスはすぐに大人しくなったんだ……」

 シアオが納得したように言う。アルやフォルテも。
 だが当の本人のスウィートはまだ少々パニックになっていた。

「この力はとても便利だ。でも……メリットがあるのに対し、デメリットもある。
 癒しの力はスウィート自身、体力を使う。あまり多様するといつかバテる。まぁ、今回はその分の体力消費はミング――サファイアの中にいる奴がぜんぶ負担してくれたけど」

(えっ、ミングが?)

 気付かなかった、とスウィートは驚く。
 悪いことをしたという気持ちもあるが、ジュプトル戦があるかもしれないので有難い気持ちもあった。

「さて……俺はこの辺で失礼するよ。そろそろ時間だし。……あぁ、そうだ」

「「「(?)」」」

 レンスが何か言葉を付け加えようとしているのに、4匹が首を傾げる。
 少し困ったように、悲しそうにレンスはニコリと3匹に微笑んで

「俺らはこうやって裏でしか守ったりする事ができないけど……君たちは違う。だから――スウィートの事、よろしく」

 そしてレンスが目をつぶり、スウィートの体を返す。スウィートが目を開くとこげ茶色の瞳に戻っていた。
 するとアルが首を傾げた。

「最後、どういうことだろうな?」

「何というか……十分、スウィートを守ってあげてると思うけど」

 フォルテがアルの言葉に付け加える。確かにこれまでに何度もスウィートは彼らに助けられている。
 するとスウィートが重々しく口を開いた。

「その、レンス達は……サファイアから出られないから。だからだと思うの……」

「出られない?」

 スウィートの言葉にシアオがオウム返しのように繰り返す。
 それにスウィートはコクリと頷いた。

「詳しく言うと……サファイアの中にはレンス達は魂しかないの。外……サファイアの外には体がないからサファイアの中からは出られないんだって」

「つまりそれって……体はもう死んで、魂だけがサファイアの中に入ったって事?」

「分からない……。理由は私が傷つくからって話してくれないから」

 フォルテの問いに、スウィートは目を伏せる。
 死んだ、などと考えたくなかった。だって現にサファイアの中で魂だけでも話しはできているというのに。

「何しても……理由はあるんだろう。とにかくそれを考えるのは後にしよう。――今は時の歯車≠守ることだけを考えるぞ」

 アルの言葉に3匹は頷く。
 そして壁にもたれかかるのをやめ、3つの水晶を調べ始めた。

「ここは行き止まりで、あるのはこの3つの水晶のみ。だったら手がかりはこれにあるよね……」

「うわぁ!!」

 スウィートがポツリ、と呟くと、隣から賑やかな声が聞こえた。全員の視線が声を発したシアオに向く。その前には大きな水晶があった。
 シアオは少し口をパクパクしてから、ようやく言った。

「こ、この水晶……触ったら色が変わるよ!!」

 見てて、と言ってシアオが水晶に触れる。すると水色だった水晶が赤色に変わった。

「凄い……」

「へぇー……」

「本当に変わったな……」

 3匹が呆然と呟く。フォルテに至っては、水晶を触りまくっている。
 スウィートも水晶に触れてみた。すると紫の水晶が橙色に変わった。そして何回か触っていると、また紫色になった。
 スウィートはそこで法則に気付く。

(紫、橙、黄、青、赤、緑、そして紫に戻る。なるほど……順番があるんだ)

 法則に気付いたからといって、何かが分かるわけではない。
 そして考え、また水晶に触れると――

(ッ……! 時空の叫び=I?)

 強い眩暈がスウィートをおそった。これは時空の叫び≠ェおきる前兆だ。

 すると、スウィートの視界は真っ暗になった。









 視界はまだ暗いまま。今回の時空の叫び≠ヘ声だけらしい。すると声が聞こえてきた。

〈多分……水晶の色を同じにすればいいと思うの。そうしたら道が開かれる……〉

〈成る程……。じゃあ問題は何色にするか、か……〉

 いつもの時空の叫び≠ナ聞こえる男女の声。
 しかし、今回は違う声も加わった。

〈俺様の炎の赤だろ!!〉

〈貴方は本当に馬鹿ですわね! 貴方の能力の色など関係ありませんわ!〉

〈あァ!?〉

〈……貴様らは黙れ〉

 スウィートのとって聞き覚えのある声。すぐに聞いて分かった。

(フレア……。それにリアロとムーン?)

〈水晶の色ねぇ……。何かヒントがあればいいけどね〜〉

〈うむ。だが今の状況で推測するしかなかろう〉

〈推測っていっても……情報が少なすぎない事ないか?〉

〈そんな事いってもこれ以上、情報が得られるとは思わない〉

(アトラ、ミング、レンス、シクル……)

 そう、声はサファイアの中にいる7匹の声。7匹も話し合いにどうやら参加しているようだ。
 すると男がそんな賑やかな声とは違い、冷静に言葉を発した。

〈時の歯車を護る3匹のうち、アグノムは意志を司る神だ。意思とは成し遂げようとする心。つまりアグノムの心の色じゃないか? ……俺の推測だが〉

〈あら、珍しくロマンチストなことを言うのねぇ〉

〈似合わんぞ〉

〈似合わないわね〉

〈……煩い〉

〈そっか。確かにそうだね……。だとしたら……アグノムの心は何色だろう……〉

〈〈赤だな/紫ですわ〉〉

〈〈黙れ〉〉

 フレアとリアロが言った瞬間、男とレンスの声がハモッた。するとフレアとリアロがなにやら騒ぎ出した。
 それを無視して女の方がうーん、といってから自分の推測を口にする。

〈アグノムは水晶の湖に住むんだよね。だったらアグノムの心も、水晶のように――〉










 そこで声は途切れた。スウィートは目を開く。
 そこにはまだ水晶を触ったりしているシアオとフォルテの姿。アルは腕を組んで、水晶から離れたところで考えていた。

「あの……皆」

 スウィートが恐る恐るといったように声をあげる。
 すると水晶を触ったり見ていたりしていた3匹の視線がスウィートの方に向いた。

「えっと……この件は私に任せてくれないかな? 時空の叫び≠ェおこったから……多分、分かった」

「時空の叫び≠ェおこったの?」

 スウィートがそう言うと、シアオがきょとん、とした様子で聞き返した。スウィートは一応、頷いておく。

「じゃあ……ここはスウィートに任せたほうがいいわよね」

「だな。まかせた」

 そう言って3匹が後ろに下がる。
 スウィートは水晶の方に近寄った。そして時空の叫び≠ナ言っていたことを思い出す。

(おそらく……アグノムの心は水晶のように透き通っている……。それか、冷たい青……)

 スウィートは1つの水晶に触る。
 そしてその水晶の色を青にかえた。すると今度は違う水晶に近づき、それに触れて水晶の色を青にかえる。
 そして最後の水晶に触れ、青に変えた途端――

「じ、地鳴り!?」

 地鳴りがおこった。
 スウィートは驚きながら、すぐに水晶から離れる。シアオ達も水晶から急いで離れた。
 暫くして地鳴りがおさまると、スウィートは水晶の方を見て、目を見開いた。

「すごい……」

 見ると3つの水晶の間にあったところに、いくつもの水晶が重なって、大きな水晶になっていた。
 それの真ん中には穴があき、洞窟があった。

(この奥に……時の歯車≠ェ?)

 するとシアオ達が近寄ってきた。シアオとフォルテは笑顔でスウィートを、アルは関心したように洞窟を見ていた。
 スウィートはそんな3匹にクスリ、と笑ってから

「じゃあ行こうか」

 大きな水晶の洞窟、大水晶の道”に入って行った。




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