願いよ届け




 あんなことが起きたため、未だ厳戒態勢となっている星雨際≠フ会場はそこまで空気が重いわけではない。何というか、皆そわそわしている。
 それに俺が首を傾げると、リフィネが「あぁ」と納得したような声をあげた。

「そろそろこの祭りの主役の星雨が見られるからだよ」

 それを聞いて俺も納得した。
 色々とありすぎて忘れていたが、この祭りの目的は5年に1度の星雨が見られることを祝うため。それを見に来ているポケモンが多数を占めているのだ。
 ……そりゃ、皆そわそわしているはずだよな。

「あーっ、楽しみだなぁ! 何個も流れ星が流れるって事は何個も願いこと叶えてもらえるってことだよねー」

「欲張ると何も叶えられず、逆に不幸が舞い降りるけどな」

「何でそういうこと言うの!? ていうかそこまで欲張ってませんー!!」

 何か言ってるな、だなんて思いながらリフィネの言葉を右から左へと流す。
 しかし流星群を見るのは初めてだな。……昔の俺が見たことがあるかどうかは知らないが、少なくとも今の俺が見るのは初めてだ。

「とりあえずボクは1つの願いごとを叶えてもらうためにそれだけを必死に唱えることにするよー。美味しい物食べたい美味しい物食べたい美味しい物食べたい……」

「結局お前は食いたいだけじゃねぇか」

「美味しいものが食べたいのさ。ボクはグルメだからー」

「ただの大食いにかわりねぇだろ」

 まあシィーナの願いなんて容易く予想できてしまう。どうせこんなことだろうとは思ったが。
 リフィネも大体は予想がつく。「強くなりたい」だとか「立派な救助隊になりたい」だとかそこらだろう。そんなの願うのではなく自分で何とかしろと言いたいところだが、そこは敢えて黙っておく。
 カイアは……こんな確証の無いものを信じないだろう。そういう性格だ。
 そこまで考えて、はてと疑問に思った。翡翠は、何か願い事などあるのだろうか。

「なあ翡翠」

「? はい」

「翡翠は何か願うのか?」

「僕、ですか?」

 きょとんとした顔を見せる翡翠。まさかこんな質問をされると思っていなかったのだろう。

「あっ、私も気になる! 翡翠は何をお願いするの?」

「やっぱ蒼輝絡みー? それはやめておいたほうがいいよー。不幸になる」

「シィーナこの祭り終わったら殴ってやるから安心しろ」

 明るいムードになりつつある星雨祭≠ナ暴挙をに出るほど空気が読めないわけではない。なのでとりあえず終わったら殴ることにする。
 しかしリフィネとシィーナまでのってきた。カイアは予想通りじーっと1点を見つめて話など聞いていないようだ。
 翡翠は「うーん」と唸って空を見上げてから、俺たちの方に困ったように笑いかけた。

「……とりあえず今の平和な生活が少しでも続けば、それだけで十分です」

 「翡翠らしいな」、そう思った反面、「もっと欲を持てばいいのに」とも思った。
 するとその答えが不満だったのか、リフィネとシィーナが口を尖らせる。

「えー、もっと何かないの!? 例えば……強くなりたい! って翡翠はもう十分強いし……あー、うー……」

「翡翠はもうちょっと食欲を、「ちょっと黙ってろシィーナ」えー……」

 本人がそういうのであれば、外野が口出しするのはおかしいだろう。
 唸っているリフィネは無視し、シィーナだけ黙らすと翡翠は目で「ありがとうございます」と言ってきた。返答に困っていたのだろう。

 すると、「あー!!」と幼い声がどこからか聞こえた。

「おかーさん! さっきお星様が流れたよー!!」

「もう星雨が流れたのね! よぉーし、じゃあお母さんとどっちがいっぱい見つけられるか競争だ〜!」

 そんな微笑ましい会話が聞こえてくると同時に、俺たちはもう真っ暗になってしまった空を見た。
 するとピュン、と何かが光ってすぐさま空を横切ると消えた。それを始まりとするように、次々と星が空を横切りだす。

「う、わぁ……! あっ、お願いごとしなきゃ……!!」

「美味しいもの美味しいもの……」

「……シィーナさん、それは願いではない気がするのですが…………」

「………………すごい」

 リフィネは星に見惚れながら急いで願いを唱え、シィーナはエンドレスで呟いている。翡翠はそれにツッコミながら、星を堪能している。興味なさげだったカイアも、空を流れる無数の星に目を奪われていた。
 俺も、空を見上げて次々と現れる星雨を見る。

「……見たこと、か」

 ある、かもな。……ただ、こんな場所ではなかった気がする。
 目を瞑り、再び目を開いて星雨で輝いている空を見る。すると、俺の目に、耳に、何かが届いた。


〈あっ、流れ星! もう時間になったみたい!〉

〈よっしゃ、願いを全て叶えるチャンスよ!!〉

〈ホントに!?〉

〈ホントなわけあるか! んなんで願いが全部叶うわけねーだろ!!〉

〈ちょっと蒼輝くん! 私の夢を奪わないで!〉

〈奪ってねぇよ!!〉

 ふわり。俺の横で真っ白なカーテンが揺れた。


「――っと、蒼輝! ちょいと!? どしたの!?」

 慌てたリフィネの声がして、ぼけっとしていた意識が戻る。
 周りを見ると、リフィネも、翡翠も、そしてシィーナでさえ心配そうに俺を見ていた。カイアはじっと俺を見つめている。
 一体どうしたというのか。俺が首を傾げると、リフィネが俺の顔を指差した。

「……自覚なし? 何で泣いてんの?」

「は?」

 そう言われて、右前足で頬に触れた。確かに、何でか濡れている。
 少し濡れてしまった前足を見て首を傾げていると、何だか視線を感じた。見ると、明らかに失礼なことを考えてそうなリフィネとシィーナが俺を見ていた。
 シィーナはぽんぽんと俺の肩を叩いた。

「大丈夫。蒼輝だってきちんと叶えてもらえるよ。日頃の行いは悪いから1つぐらいしか叶えてもらえないかもしれないけどねー……」

「うん。だから諦めないで……?」

「お前らマジで覚悟してろよ後で殴ってやるから。つーか誰もんなこと考えてねぇよ」

 涙を拭いながら、生暖かい目で俺を見る♀2匹を睨む。うざい。
 とりあえず未だ心配そうな翡翠と、こちらを見るのをやめないカイアに「大丈夫だ」といえば、翡翠は渋々と空に目をうつし、カイアは聞いた瞬間に興味を失ったのかすぐさま空に目をむけた。
 俺も再び空を見る。……さっきのは、俺の、人間の頃の俺の、記憶。

(願い、か……)

 俺だって、こんな非現実的なものは信じる主義ではないが、少しぐらい。


(……どうか、会えますように)


 俺の願いが届いたのか、届いていないのか。
 ただただキラキラと光る星が空いっぱいに、綺麗に流れているだけだった。


 



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