ポケモンパラダイス


「はあっ……やっと、やっとついた……!」

 クレディアほどではないが、フールも息をきらしながらやっとの思いで声を出した。
 するとそこにいたヌオーが2匹の存在に気付いたのか、振り向いた。そしてのんびりとした口調で2匹に話しかけてきた。

「ん〜っ、ワシはセロ・キヌイカ。種族はヌオー。此処らへんの土地を管理している者だぬ」

 「ぬ?」とクレディアが息をきらしながら首を傾げた。
 しかしフールは全く気にしていないようで、セロの言うことを静かに聞いていた。

「もしかしてヌシかぬ? フール・ミティスというのは」

「うん! 私です!」

 元気よくフールが手を挙げる。疲れなど吹き飛んだのか、先ほどまで息がきれていたというのに、もう息をきらしていなかった。
 凄いなぁ、とクレディアが関心していると、セロが感嘆の声をあげた。

「おぉ、遠くからはるばるご苦労様だぬ! ワシも待っていたかいがあっただぬ。此処に1匹ぼおーっと立ってたんだがぬ……あまりに暇だったんでもう帰ろうかと思ってたところだぬ」

「ご、ごめん。ちょっと道が色々と大変なことになってて……ね、クレディア」

「えっ、あ、うん」

 ようやく息が整ってきたクレディアはいきなりのフールの問いかけに戸惑いはしたものの、きちんと答えた。
 そうだぬか、と言ってセロは自分の背にある荒野を見た。

「ん〜っ、本当にいいのかぬ? こんなに荒れてるし何もないし……何よりここらは不思議のダンジョン化が進んで、何が起こるか分からぬ土地だぬよ?」

(不思議のダンジョン化?)

「うん、大丈夫。むしろ私はそれを望んでるの。あっ、ポケもきちんと持ってきたよ!」

(ポケ?)

 1匹ずっと首を傾げているクレディアを無視し、会話はどんどん進んでいく。しかし会話の邪魔をしてはいけない、と口を挟むようなことはしない。
 フールは鞄をゴソゴソと漁り、茶色の袋を取り出した。ジャラッという音がなり、クレディアはポケがお金である、ということを理解した。というより、推測した。

「本人がそういうならいいだぬが……ホレ、権利書」

 茶色の袋と、一枚の紙切れが交換された。紙切れだというのに、フールは目をキラキラさせてそれを見ている。
 セロはそれを見ながら表情を変えずに続けた。

「今からこの土地はヌシの物だぬ。自由に使っていいからぬ。……聞いているだぬ?」

「聞いてない気がするよ……」

「ワシもだぬ。まあその場合 伝えてほしいだぬ。っと……名前……」

「あっ、種族はツタージャで、名前はクレディア・フォラムディ、です」

 するとセロはまじまじとクレディアを見た。気を悪くするわけでもなく、クレディアは首をかしげた。

「えっと……何かついてる、ます?」

「ん〜っ、水色の目をしたツタージャを見るのは初めてで驚いただぬ。世の中まだ何があるか分からないぬ」

「あはは、……そんなに珍しいかな……ですか?」

「ワシが知ってる限りではヌシが初めてだぬ」

 へぇ、とクレディアは興味深そうに声をあげた。
 まあともかく、とセロが未だ目をキラキラ輝かせて権利書を見ているフールを見た。

「もし伝わってなかったら伝えてほしいだぬ。あと、慣れていないなら敬語を使わなくていいだぬよ」

「あう……ごめんなさい……。フーちゃんにはきちんと伝えておくね」

 クレディアがそう言うと、セロは「頼んだぬ」と言って去っていった。
 そしてクレディアが振り向くと、紙を握り締めながらフールが震えていた。どうしたのだろう、とクレディアが声をかけようとする前に、フールがいきなり両手を上に突き上げた。そして


「や……やったぁぁぁぁぁッ!! 今日からここが……私の楽園だぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁッ!!」


 思いきり、腹の底から声をだしたのではないかというくらいの大音量で、声をあげた。
 いきなりのことで反応できなかったクレディアは、近くにいたため耳をキーンとさせていた。フールはそれに気付き、急いで謝る。

「あっ、ご、ごめんねクレディア! その……大丈夫?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ……。……えっと、その、さっきの楽園っていう言葉の意味を教えてもらってもいいかな……?」

 若干というかあまり大丈夫そうではないクレディアがそう尋ねると、またも興奮冷めぬといったような感じでフールが説明しはじめた。

「私、最初に言ったよね。色んなものを知りたいし、冒険家になりたいって。それを実現するためのスタートがここなんだ。私の夢はポケモンパラダイスを作ることなの」

「ポケモンパラダイス?」

 何だか楽しそうな名前だなぁ、と呑気なことを考えながらクレディアは復唱する。
 自分の夢を語ることが楽しいのか、それとも夢を思い描いてわくわくしているのか。どちからは分からないが、フールは満面の笑みで続けた。

「うん。ここを夢の楽園にするんだ!」

 フールはそういって荒地を見た。
 枯れ木が危なげに立っていたり倒れていたり、大きな岩から小さな岩がそこらじゅうに転がっていたりと、かなり危ない場所だ。

「ここらは不思議のダンジョン化が進んでいて……何が起こるか分からない土地なんだ」

「あの、1つ聞いてもいい? 不思議のダンジョン化って、何かな」

 セロの会話からずっとクレディアが気になっていたことである。
 ようやくフールはクレディアが分かっていないことに気付いたようで、丁寧に説明しはじめた。

「不思議のダンジョン化っていうのは……まず不思議のダンジョンから説明した方がいいかな、
 入るとさっきみたいにダンジョンに住んでるポケモンが襲ってきたりするんだ。もしもダンジョン内で倒れると外に出されて、ポケは全部なくなり道具は減ってたり……とか。あともう一度入ったら全体の形が変わったりしてるの。理由が何なのか分からない……だから不思議のダンジョンって呼ばれてるんだ。
 そして、最近はそのダンジョンが増えているの。だから私たちはその現象を不思議のダンジョン化っていってるんだ」

「ふぁ……不思議なことだらけ。セロさんも言ってたけど世の中って広いね」

「私もそう思う。まあ、不思議のダンジョンっていうのはそういう不思議なことだらけだから嫌がるポケモンも多いんだ。……でも、私は逆にワクワクするような冒険も起きると思うの」

 どうやらダンジョンの説明は終わり、フールの夢の話に戻ったらしい。
 クレディアはフールのほうを向き、しっかりとその話に耳を傾けた。

「ここから色んな冒険をして仲間も集めて……皆が力をあわせて暮らせる。そんな皆で心が躍るような生活ができる。
 そんな楽園みたいな場所、それがポケモンパラダイスなの!」

 ニコリとフールが笑う。夢を語る彼女は確かに輝いて、クレディアは無意識に微笑んでいた。

「そのためにポケを溜めてやっと土地を買ったの。まあ他はあまりに高すぎて此処を買うしかなかったんだけど……。
 でも! ここが私の夢のスタート地点!」

 グッと手を握って意気込んでみせるフール。やはりクレディアはそんな姿を見て微笑んでいた。

(すごいなぁ、フーちゃん。そんな大きな夢があるんだもん。そして、自分の力で実現しようと頑張ってる。……聞いてるこっちがワクワクしちゃうな)

 すると不意にフールがクレディアの方を向いて首をかしげた。

「そういえばクレディア。クレディアはこれからどうする? 巻き込んだ私が聞くのもなんだけど……」

「……考えてなかった、かな」

 えへへ、と苦笑交じりでクレディアが笑う。
 「この後かぁ」と呟きながらクレディアが考える。ポケモンになったばかりで、この世界のことはほとんど分かっていない。そして、帰る場所は、ここに、ない。
 呑気に考えていたクレディアだが、考えているうちに事の重大さに気付いたのか真剣に悩み始めた。
 そんなクレディアに控えめだが、フールが尋ねた。

「そ、そのさっ! もしよかったら、クレディアがいいなら……ポケモンパラダイスを作るの、手伝ってもらえない!?」

「ふえ……?」

 その言葉にクレディアは首を傾げる。フールは「えっと、その」と何とか必死に言葉を紡いでいく。

「私1匹じゃ到底無理そうだし……だから、仲間をこれから増やそうと思ってて。だから、一緒にやってもらえないかなぁって。
 それで、その、よかったら……私の友達に、友達に、なってくれたら、嬉しいかな、なんて……」

 最後の方はとても小さかったが、クレディアの耳にはっきりと聞こえていた。
 友達=Bその言葉に少し顔を歪ませたものの、がしっとクレディアはフールの手を握った。そしてフールの顔を見て笑顔で

「私なんかでいいなら、お願いします」

 するとぱぁっとフールが顔を明るくさせ、クレディアの手を握った。

「ありがとうっ! 今日から私たち友達で仲間! よろしくね! 私、がんばるね! 精一杯がんばるから!!」

 「頑張るぞー!」といってフールは荒野にむかって叫び始めた。
 クレディアはその背を見ながら笑う。そして小さく「元気だなぁ」とこぼして、そして笑顔を消した。

(フーちゃんがあれだけ喜んでいるし、手伝うって言ったのは、よかった。
 けど……何で私、ポケモンになっちゃったんだろう。それに……あの「助けて」って声と、あの映像……。早く何とかしてあげたいけど、この世界のこともその子のことも分からないし……)

 早く何とかしなくちゃ、という思いがクレディアの中に強くあるが、しかし今はどうしようもない。まずこの世界のことを知らなさ過ぎる。
 クレディアは未だはしゃいでいるフールの背をじっと見つめた。

(とりあえず、フーちゃんと一緒にいるうちに、分かるかな)

 クレディアがふっと笑うと、丁度フールが振り向いた。

「クレディア! これから頑張ろうね! 今は何もないところだけど……でも……此処が! 此処こそが!!」

 すると急にフールはクレディアの片手をとった。クレディアが驚いていると、フールはそのまま手を上に突き上げて、叫んだ。


「私たちの……楽園だぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


「お、おぉぉぉぉー……!!」


 何となく勢いにのって声をあげたクレディアだが、慣れないことをしたためにその後 咳を繰り返すことになったのだった。



「……で、はしゃいでたら夕方になったわけだ」

「そうだね」

「時が経つのは早いねー……」

「あっという間だったねー」

 フールが「はーっ」と空を見上げる。クレディアもつられるようにして見上げた。
 空はもう青くなく、太陽が沈んでいきどんどん暗くなっていく。今はまだ完全に沈んでいないので、空は赤色に染まってきていた。

 するといきなりフールが「そこで問題だぁ!!」と声を張り上げた。
 クレディアは驚くこともなく、首をかしげて不思議そうにフールを見た。フールは気にした様子もなく続けた。

「今 私たちがいる場所は!?」

「えっと……ポケモンパラダイス建設地?」

「え、あ、うん。あってる。あってはいるんだけど…………その前に、荒地っしょ?」

「うん」

 どうやらクレディアのマイペースさについていくのが精一杯なフールはもう一度「はーっ」と息を吐いた。
 そして自分の持っていた鞄をゴソゴソと探り、中から小さな毛布を取り出した。

「まあ、ベッドとなる土台みたいな……藁はすぐに集められる。荒地だからね」

「荒地だね〜」


「で、問題はここからなの。……寝る場所、家がないから今日は外で寝ることになる」


 この毛布一枚で。フールは深刻そうな顔をして言った。
 辺りで風を遮るものはない。風は容赦なく吹き、クレディアとフールの体温を奪ってく。それを、毛布一枚。
 するとクレディアがぽかんとしてから、声を発した。



「野宿ってやつだね! 楽しそう!!」



「うん、やっぱこれ緊急事態だよね。死ぬよ――って、は?」

 フールは目をまん丸にしてクレディアを見た。クレディアはニコニコと笑っている。
 すると「え、えーと……あれ?」とフールがブツブツと呟いてから、クレディアにひきつった笑みで話しかけた。

「ク、クレディア。意味わかってる? 夜風にあたりながら毛布一枚で寝るんだよ? 寒さで死んじゃう可能性だってあるよ?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ!! ある人が言ってたの! 「生きることを諦めなければ死なない」って」

「それ絶対に言われてる立場が違うよ! 諦めるとかどうこうの問題じゃないよ!!」

「あと……「全てのことにおいてポジティブに考えることこそが、人生を楽しく生きる秘訣」だったかな」

「うん、それ今は全く関係ない! ていうか今の状況をどうやってポジティブに考えろと!? ていうか今は楽しく生きるじゃなくて、生きる方法を探してるんだよ!!」

「んー、とりあえずやっぱり野宿を楽しむ、とか?」

「死ぬかもしれない野宿を楽しめと!? ちょ、クレディアどんな思考してんの!?」

「普通だよ?」

「普通じゃないよ!!」

「あ、フーちゃんだけで毛布つかって? 私はこのリボンで寒さを凌ぐから」

「スルーされたし!! てかどうやって!?」

 色々とクレディアにツッコんだフールだが、ツッコまれた意味を分かっていないのか、本人は首を傾げている。
 その時フールはようやく理解した。クレディアには常識が通じないことを。因みにクレディアがいったリボンとは右手首に大事そうにつけている薄い桃色のリボンのことである。どう考えたって寒さは凌げない。
 それに、とフールはクレディアを見た。

(クレディアって何かこの短時間ですっごいか弱いイメージがあるんだよね……。このまま寝させたら本当に死んじゃいそう……)

 はぁ、ともう一度だけ息をつくとフールはクレディアの手をとった。

「フーちゃん?」

「とりあえず藁を探しに行こう。流石に地面で寝るのは辛いし」

「わかった! ……藁の家を作るの?」

「絶対に違う」

 先が思いやられるな、などと思いながらフールはクレディアの手をひいて藁を捜しにいくのだった。



「じゃ、おやすみクレディア」

「うん、おやすみ」

 結局、藁を集めた後、フールは頭をひねりにひねった。結果、毛布を2匹で使うことにした。つまり密着した形になっているわけだ。
 数分後、クレディアが目を開け隣を見ると、既にフールが眠っていた。クレディアは「可愛い寝顔だなぁ」と呟いてから、寝転がったまま空を見た。

「…………心配、してるかな」

 ぽつり、とクレディアが不安そうに呟いた。
 もう一度 目をつぶる。頭の中で過ぎるのは、向こうの、自分の世界のこと。

(向こうでどうなっているか分からないけど……お父さんが、心配してないといいな)

 そしてクレディアはうっすら目を開け、頭に何人かの顔を過ぎらせた。しかし、すぐに頭から振り払う。
 大丈夫、大丈夫。クレディアは自分の口癖を自分に言い聞かせた。

「だいじょうぶ……。…………そう、だよね……」

 呟いて、目を瞑った。数秒後、規則正しい寝息が1つから2つになった。



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