素直な女の子


 ツタージャ、いや元人間だった少女が下へと落ちている。ツタージャはしっかりと手に薄い桃色のリボンを持っていた。
 風景はずっと白い何かしか見えない。ただ少女は凄い速さで落ちていた。

「ど、どうしよう? どうしたらいいんだろう?」

 ツタージャはパニックになりながら、といっても落ち着いたような口調で呟く。それでも体は落ちていくばかり。
 何故かツタージャはキョロキョロと辺りを見渡し始めた。そのときだ。下に白いもの以外のものが見えた。緑や、茶色や、水色の何かが。それを身ながらツタージャは首を傾げる。

「な、何だろうアレ……?」 

 落ちていようと、どれだけ凄いスピードであろうと、ツタージャは落ち着いていた。呑気なのか、それともわざとか、場の大変さに気付いていないのか。
 するとだんだん下にいくにつれて、その色の正体がわかってきた。自然だ。川、森、平地、荒地もある。たくさんの、色とりどりの大自然だった。

「すごい! もしかしたら動物さんとかいるかな?」

 やはり呑気だった。今はキラキラと目を輝かせながら下を見ていた。
 そしてようやく状況に気付いたのか、それでも首を小さく傾げた。そしてポツリと 

「え、それって凄くやばい?」

 今更である。といっても仕方なく、ツタージャはだんだん近づいてきた森の中へとつっこんで、落ちていった。

「ふ、ふわぁぁぁぁぁぁあぁぁ!?」

 バキバキッと木を折りながら、体が落ちていく。

「ごめんなさい! ごめんね! 折っちゃってごめんね!」

 どこまで馬鹿なのか、それとも優しいのか。木を折っていることについて、木に一生懸命 謝りながらも落ちていった。
 それでもツタージャはリボンからは手を離さず、しっかりと持っていた。

 そしてドテッという音が静かな場に響いた。それと同時に彼女の体には重い衝撃がはしった。

(い、痛い……! うぅっ、頭がくらくらする……。は、吐きそう……!)

 ツタージャがそんなことを考えていると近いところからガサッという音がした。とともに

「き、君……大丈夫? しっかり! ちょ、ホントに大丈夫!?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ……」

「いや、声からして全然大丈夫じゃないから!」

 声が高い。おそらく女の子だろう、とツタージャは推測した。
 それでも頭はクラクラして目を開けられない。「うー」やら「頭ぁ……」やらと声をあげて何とか落ち着けようとした。効果があるのかは謎だが。

 そしてそれのおかげか、ただ時間の経過のおかげか分からないが、だんだん頭がくらくらするのも落ち着いてきたらしい。
 ツタージャはゆっくりと目を開けた。視界に入ってきたのは、彼女にとって見たことがあるもの。

「え……?」

「あ、起きた! 君、大丈夫!?」

「ピカチュウ……?」

 黄色の体に、とがった耳。そして赤い頬。そう、ピカチュウだ。
 そして元人間の少女に、ある疑問がうまれた。

(ポケモンって喋れたっけ?)

 そんなことを呑気に考えながら、首を傾げた。そして体を起き上がらす。
 ツタージャが周りを見ると木、花、草、石、岩。明らかに自然。さっき彼女が感動していた自然が目の前にあった。
 そんな自然を再びキラキラした目で見てから、ツタージャはピカチュウの方を向いた。ピカチュウは心配そうにツタージャを見ていて、ツタージャは少したじろいだ。

「えぇっと……」

「怪我とかは!? どこも痛くない!?」

「うん! だいじょーぶ、だいじょーぶ。さっきは痛かったけど、今は全く痛くないよ」

「ホント……?」

「うん」

(本当に喋れてるんだなぁ、私)

 嬉しさではしゃいでしまいたいぐらいだが、ツタージャは耐えた。だが嬉しさオーラがあたりからでている。表情からしても、完全に嬉しそうだ。 
 それを読み取ったからか、無事だとわかったからか、ピカチュウはニッコリと笑顔をつくった。

「よかった〜! 何か木から落ちた……っていうか空から降ってきたみたいで……」

「空?」

 上を見ると、白い雲と青い空が見えた。綺麗な青空。
 呆然とツタージャは空を見る。落ちているとは分かっていたが、空から落ちてきているとは思っていなかったのだ。これは本当に驚いているようだ。

「怪我ひとつないなんてラッキーね! 木がクッションになってくれたのかな?」

「うん……って、あぁ! そういえば私、木の枝折っちゃった……! どうしよう……」

「え? ま、まぁいいんじゃない? でもホントびっくりしちゃった!」

 ピカチュウの言葉を聞いても不安そうな顔をしていたツタージャは木を見た。しっかりと立っている。ツタージャはまた木に「ごめんね」と謝った。ピカチュウはそれを不思議そうに見ている。
 そしてツタージャは足元を見ると、薄い桃色のリボンが落ちていた。ツタージャは急いでリボンを拾う。そのままリボンをまじまじと見てからホッと息をついた。

 その様子に首を傾げていたピカチュウだが、笑顔でツタージャに尋ねた。

「私の種族はピカチュウ。名前はフール・ミティスっていうの。君は?」

「…………名前? えっと……」

 少し反応が遅れたツタージャは、ちょっと黙ってからすぐに笑顔でピカチュウ、フールの方を向いた。

「……私の名前はクレディア。クレディア・フォラムディ。えっと……種族はツタージャだよ」

「うん、よろしくクレディア!」

「よろしく、フーちゃん」

「フー、フーちゃん?」

「あれ、駄目だったかな……? 親しみをこめたつもりだったんだけど……」

「い、いや全然いいよ!」

 ツタージャ、クレディアが手を出すと、フールは勢いよくその手をとって握手をした。クレディアもフールも嬉しそうにニコニコしている。若干ニックネームに戸惑ったようだが、今は気にしていないようだ。
 そして暫く手を握ってから、手を放した。そしてフールは笑顔のままクレディアに尋ねる。

「そういえば、クレディアはどこから来たの?」

「どこから?」

 どこから……ともう一度呟くと、クレディアは自分の記憶をまき戻した。
 ここに来る前、木。その前、空。それ以外、ない。という訳でクレディアは空を見た。

「そらか「あ、空とかじゃなくて」……えぇー」

 空は駄目なのか。クレディアは言おうとしたことを遮られ、少し不満といったような言葉を零した。それでもフールは気にしてない。
 そうしてクレディアは考え方をかえてもう一度考える。

(確か……落ちる前、空の上にいたんだよね、私……。空に穴でも開いててくれればそこから落ちたっていえるんだけどなぁ……。でも空からはダメだって言われたし……)

 どうしようか、とクレディアは悩んだ。
 うぅー、とクレディアはうめきながら考える。どう説明していいか分からないのだ。

「えぇーと……その、まず…………私は人間、なの」

「は?」

「いや、その……今は完全にツタージャなんだけど、元人間なんだ」

 完全なる苦笑いでクレディアは言った。フールは目をまん丸にしてクレディアを見て固まっている。反応しそうにない。
 するとクレディアは「えぇっと」と言って言葉を捜した。

「どうして人間からポケモンになっちゃったのかは分からないし……夢、みたいな場所で「助けて」っていう声を聞いて……それで……こんなことになったっていうか」

 そう言ってえへへ、と何故か笑ったクレディアの両手を、今まで固まっていたフールがガシッと握った。

「何それ凄い! なになに、人間からポケモン!? 何それ!?」

「えっと……?」

「大丈夫、私は信じてるから! それにしても人間なんてお伽話にしか存在しないって聞いてたけど、実在したんだ! うわぁ、見てみたかった!」

(あれ、信じてくれてる。……まぁいっか)

 フールはキラキラと目を輝かせ、興奮状態である。クレディアはクレディアで話がしやすいしいっか、などと呑気に考えていた。
 しかし呑気なだけではないらしく、クレディアは首を傾げた。

「フーちゃんは私が嘘ついてるって思わないの? こんなお伽話みたいな話なのに」

「だって私が物事について知らなさすぎるだけだもん。世界には不思議なことが沢山あるって言うけど、それは私たちが知らないだけ。別に不思議でもなんでもない。
 視野が狭いだけ。みんな常識に頼りすぎてるだけなんだよ」

「ふぇぇ……フーちゃん何だか凄い考え方してるね。素直?」

「いや、多分クレディアの方が素直だと思うけど」

 あれ? と笑いながら首を傾げるクレディアを見て、フールは心の中で「変な子だなぁ」と失礼なことを思っていた。それは本人しか知らない。
 そのまままだ興奮が収まらないフールが続けた。

「私は自分の視野を広げたいし、もっと色んなことを知りたい! 私は冒険家になりたいの! だからそのために……」

 するといきなりフールが「あぁぁぁぁっ!」と大きな声をあげた。それに驚いてビクッとクレディアが体を揺らす。
 フールはそのままクレディアの横を通って、そして止まった。

「うぅっ……まずい、間に合わないっ……! けどっ、けど……」

 「あー」だの「うー」だのと唸っているフールをクレディアは不思議そうに見る。彼女が言った「間に合わない」。おそらく急いでいるのだろう。
 しかしこの先、フールが行こうとした先には木々が広がっていて先に何があるか分からない。フールはこの先に何か困るものがあるらしく「でも」などと呟いている。
 クレディアがどうしようかと思っていると、いきなりフールが顔をあげて勢いよく振り返ってクレディアを見た。

「そうだ、クレディアついてきて! お願い! 旅の途中で私の目的地が……あぁ、めんどくさい! とりあえずきて!」

「えぇ!? ちょ、ちょっと待ってよフーちゃん!」

 成す術もなく、ぐいぐいとフールに引っ張られながらクレディアは進むことになった。



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