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天邪鬼サミット(臨也)




けたけた、という形容詞がよく似合う笑い方だった。大層面白いものを前に、堪え切れないといった様子で彼女は笑った。その様子に臨也もまた、笑みを深くした。

「すっ…ごい、なにこれ?」

それは壁一面に貼られた名字名前の写真だった。その前では、怯えきった様子の男が呆然と名前を見つめている。
その様子を見据えながら、臨也はこれまでの経緯を思い返していた。



『君をつけまわしてるストーカーがいるよ、』
と、彼女の携帯電話に情報を送りつけたのは他ならない臨也だった。偶然にも、とある大学に潜入していた際に、悪質なストーカーの噂を小耳に挟んだのである。
被害者…といっても、この場合彼女はまだ自分をつけ回している男がいることにも気づいていなかったが、まあ敢えて被害者という名前をつけるのであれば、彼女の名前は名字名前。特段とりたてて騒ぎ立てるような部分のある女ではなかった。
対して、男のほうは他学部の学生であるようだった。構内で見かけた名字名前を、3ヶ月程度前から追いかけているらしい。何故あんなに、なんの変哲もない女を…と臨也は思ったが、まあそれは個人の好みだとか性癖だとか、いろいろあるのだろう。

あっという間にその男と、被害者側の女の情報を手中におさめた臨也は口角をあげた。さて、どうやって遊ぼうか。

最初は悪戯と思ったのか、臨也の忠告に対し返信をよこさなかった彼女に信憑性を持たせるために、彼女のバイト先や学校に出没する男の写真を送りつけると、ようやく納得したらしい。数日後に、『その人に会わせてください』という返信が届いた。
ストーカー被害にあった気丈な女が、どんな風に怯えるのか見てみたい、という単純な興味の下行ったこの行動に対し、会わせてくれという返信は些か臨也を驚かせた。

会えば益々、名字名前は極々普通の女に見えた。容姿も中の中、生活にも特に目立った行動は見られない。実際に会ってみても、臨也の目には普通の大学生としか映らなかった彼女が、今自分のストーカーを前にけたけたと笑っている。それは臨也の気分を良くするには充分な展開であった。

ぺたぺたとスニーカーを鳴らし、彼女は男に歩み寄る。何の変哲もない、よくあるスニーカーだ。それにジーンズに、トレーナー、セミロングの髪。どこからどう見ても、普通の女。普通を切り取って集めただけのような女。そんな女が、本来ならば泣き出してもいいような場面でけたけたと笑い声をあげている。さて、どうしたものか。


「…すごい、これ、わたしにしては可愛く撮れてるなあ。もらってもいい?」

事もあろうに写真を物色し始めた彼女に、男はヒッ!と声をあげる。あんなに君が追いかけ続けていた女じゃないか…と臨也は苦笑する。まあ、突然自室に見知らぬ男と思い人が現れ、けたけたと笑いだしたのなら無理もないかもしれないが。

歩み寄ってきた名前に対して、男は少しずつ後ずさる。その背中が壁に触れたのと同時、男はぱっと我に返ったかのように背筋を伸ばし、慌てて自室を出た。
臨也と女、2人が全く関係のない男の自室に取り残される奇妙な事象が発生する。その様子をみた名前は、つまらないとでも言いたげに先ほどの写真をぺらりと床に落とした。

「…つまり君と俺は、同族ってことでいいのかな?」

そこでようやく臨也が口を開くと、彼女は興味なさげな様子で臨也のほうを見据えた。はあ…と気の抜けた返事が聞こえる。

「…あの、折原さんでしたっけ?連れてきてくれてありがとうございました、同族っていうのはちょっと、わかんないんですけど…」
「ああ気にしないでよ、俺は人間が好きだからさ、君たち2人がどうなっちゃうか見たくてついてきたんだ。まあ色々と予想外ではあったけど、」

言いながら臨也は壁一面の写真へと歩み寄る。よくぞこれだけ、集められたものだ。ここまでされていて気づかなかったこの女も大概だが。

「…そういう意味での同族なのだとしたら、残念ですが期待には沿えませんね。わたし、人間嫌いなんで、」
「…へえ?その割には随分と楽しそうだったけどね、」

嫌みたらしくそう告げてみると、とんでもないと言うように彼女はひらしらと手を振る。

「いやいや、わたしストーカーとかされたの初めてだったので、単純に面白かっただけですよ。今となっては、やっぱり逃げ出したあの人に対して、嫌悪の感情すら向けてます。ああ、やっぱり人間って希薄だなあって…」
「へえ気があうね、俺も人間ってなんて希薄なんだろう…って常々思っているよ。まあ俺の方は、そんな人間の浅ましさが愛おしくて仕方ないんだけど、」
「…それ、気が合わないって言うんじゃないですか?」
「そうかな?」

飄々といってのければ、彼女の顔はだんだんと険しくなる。当然だろう。人間が嫌いと豪語する女にとって、今の自分は大層有害な存在なのだろうから。

「…なんか、わたしにいわせると信用ならないですね。人間が大好きって、神様気取りみたいで。本当は人間のことが嫌いで、だからこそ上から目線でいないと生きてられないみたいで浅ましいです、」
「奇遇だね?俺の方も人間が嫌いだなんて、本当は好きで好きでたまらないくせに愛してもらえないから一周まわって憎むことでしか、生きてゆけないみたいで浅ましいなと思っていたよ、」
「…あなたと話しているとさらに嫌いになりそうです、」
「そう?俺は君のことも好きだよ。ああ、勿論人間という種族としてだけどね、」

数秒、見つめあった。納得がいかないとでも言いたげな彼女が不躾にこちらを見据えている。先に目を逸らしたのは彼女だった。

「…まあ、もう会うこともないと思うので、わたしはこれで帰りますね、連れてきてくれてありがとうございました、さようなら、」
「そう?俺はまた君とはどこかで会うような気がするな…というか、できるなら君の最期の瞬間に立ち会って、一心に人間を憎み続ける君に、いかに人間が素晴らしいかを説きながら死んでほしいなって、今思ったよ、」
「…その言葉、そっくりそのままお返しします。まあわたしはできればもう二度と、会いたくないんですけど、」

土足のまま踏み込んできたスニーカーを眺めるために彼女が俯く。よくある髪型、よくある服装、よくあるメイク。
もしかしてこの女、この本性を隠すためにこれほどまでに人間らしい格好をしているのだとしたら、それこそ傑作だと臨也は思った。こんなにも人間が嫌いだと言いながら、人間として生きていこうとしているなんて、そんなのなんて馬鹿らしいのだろう!

「それじゃ、さようなら、」

ピンクのグロスが引かれた唇が言葉を紡ぐ。安心しなよ名字名前、俺はもう君を覚えた、記憶した。君のその無茶苦茶な論理を覚えた。ああ、出会うたびに破綻してやりたい、憎らしい、

「またね、名前ちゃん、」

そう言うと彼女は顔を歪める。そうしてくるりと踵を返した。
精々のうのうと息をするがいい、君のその矛盾ばかりの論理なんて、いつでも破綻してあげられるんだから。

そのまま笑みを深くした臨也の耳には、ドアを閉める瞬間に名前が呟いた「うそつき、」という言葉は届かなかった。






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