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氷海で息継ぎ(臨也)





彼との出会いは革命だった。

『…へえ、随分思い上がった女子高生が居たものだ、』

わたしの意図するところをきちんと汲んで、言葉足らずな部分さえ読み取ってくれる、人だった。

『名前ちゃんてさ、世の中の大半の人を馬鹿にして生きてるでしょ?』

だから彼にそう問われた時、わたしは寸分の間も無く頷いた。彼の言わんとしていることがなんとなくわかったからである。

悪びれた様子のないわたしに、彼は本当に楽しそうに笑った。

『全くもって…思い上がったものだねえ、これは先が思いやられるよ。自分の頭の中だけで自己完結しちゃう正義、なんともいじらしい。君は自分が誰よりも正しいことを知っていて、それを敢えて黙っている人間だとでも思っているんだろう?』

その感触はおおよそわたしの脳内を具現化しているように思えたので、また頷いた。
頷いてから、彼からの同意が堪らなく欲しくなってしまったわたしは問いを投げかける。

『臨也さんもそうでしょう?あなたほどの人にもなってしまうと、周りと自分の温度差を、感じてしまうでしょう?』

いつまでも海の底に居るような、この息苦しさを、わかってくれる人だと思った。

その問いに対して、彼は微笑むばかりであった。それでも分かってくれていると思った。分かり合えている気は、欠片もしなかったけれど。


わたしには、わたしの考えていることをわかってくれる人が必要だった。
そしてそれが親友でも親なんかでもなくこの男なのだと、寸分の疑いもなく、信じていた。






だから彼が池袋から消えた瞬間、わたしの世界は途絶えてしまった。
それは、長い潜水の後に息継ぎができない感覚と等しかった。

『折原臨也は消えた、』

その事実だけで、わたしの今まで信じてきたものががらがらと崩れ去ってしまったのだ。

例えるなら、哀れな溺死体である。
わたしの信じていた海面は、気づかぬうちに凍りついていた、ただそれだけだ。




「名前、」「名前ちゃん、」「名字さん、」

…やめろ、
わたしの頭の中も理解できないような、わたしの脳内を汲み取ることもできないような人間が、軽々しくわたしの名を呼ぶな。



次第に孤立し、憔悴していくわたしはこの頃、同じ夢ばかり見る。
彼はどこか知らない、夕陽の差し込む赤黒い部屋で真っ黒な椅子に腰かけている。
そうしてわたしは縋るように、その足へ手を伸ばすところ、そこで終わる。いつも、そうだ。


馬鹿だねえ、と。
わかるよ、君の気持ち、と。
あの、人間離れした微笑みで笑ってくれたなら。
たったそれだけでわたしの世界は形成されるのに、どうしてたったそれだけのことが叶わないのだ。

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