カウンター≒クロックワイズ | ナノ


2006.02.22 23:01:08  




 東京卍會と横浜天竺による抗争を目前に、東京卍會はすでに戦意を喪失していた。各部隊の隊長格はほぼ全員病院送りの状態、五番隊を率いてた武藤康宏は元々S62世代であったために副隊長の三途春千夜と共に東卍を離脱。そして今日、佐野万次郎の妹である佐野エマが死亡したことにより、総長のマイキーと副総長のドラケンは使い物にならない。東京卍會に勝ち目はなかった。

 抗争は二十二時を指定していたが、戦力も戦意も喪失した東卍が横浜に姿を現すことなど、天竺は誰一人思っていたなかった。だが、俺は確信していた。花垣武道、こいつだけはたとえ一人になろうが此処へ来る。その予想は当たり、東卍は花垣武道を仮総長として姿を現した。隊員は僅かな副隊長格と各部隊の隊員たちのみ。人数ももともと天竺に敵うはずも無く、戦力は歴然の差だった。

 こうして、関東事変は幕を上げた。

 最初こそ東卍の副隊長格を甘く見たせいで押され気味だった天竺だが、その波もイザナ自身が薙ぎ払い勢いは治まる。そうすれば頼りの総長も不在の東卍の士気は下がるしかない。花垣武道ただ一人が折れずとも、お前に勝ち目はない。今度こそ、完全に俺が勝利だ。


「じゃあテメェにはあんのか、その死んでも負けられねえ≠チて覚悟がよ」


 何度殴られても倒れない花垣武道に、俺は懐から取り出したそれをそいつの眉間に向けた。玩具なんかじゃない本物の銃。情報通の小鳥遊に頼んで万が一のために準備したものだ。その銃口を勝ち目のない花垣武道に向ける。それでも、そいつの目は死なない。死ぬどころか怖気づくこともせず俺の事を睨みつけてくる。迷いの無いその眼差しに、思わず動悸が奔る。足を撃っても、銃で殴りつけても、それは変わらない。


「なんでテメェは、そこまで俺に固執する」


 あの日からだ、お前が俺を認識したのは。東卍の新参番隊隊長として任命された日から、お前は俺に固執していた。それまでは俺の事なんて見向きもしなかった。俺の存在なんて知らなかったくせに。何故そこまで俺に固執する。何故そこまで俺の邪魔をする。

 だが、それも今日で終わりだ。どんなにお前が諦めなくても、この先の未来は変わらない。天竺の勝ちは変わらない。お前に勝ち目はない、花垣武道。

 だというのに――どうしてこうも邪魔が入りやがる。

 完全に心を殺したはずのマイキーも、ここまで追い詰めたというのに負けを主張する鶴蝶も、下僕を庇うイザナも、全部、全部、俺の邪魔ばかりする。俺の計画を崩しやがる。

 こんなところで終わってたまるか。こんなところで潰えてたまるか。目的のためならどんな手段だって使う。どんな人間だろうと使い倒してやる。人の上に立つのに腕力なんていらねぇ。必要なのは緻密に作り上げられた完璧な計画だ。俺にはそれがある。俺にはそれを作り上げる力がある。何度崩れようと、何度邪魔をされようと、必ず同じ未来に辿り着くそれを作って見せる。

 花垣武道が俺を視界の外にやった瞬間、俺は走り出した。その後を、そいつはまだ懲りずに追いかけてくる。


「稀咲!! テメェのくだらねぇ野望は潰れたんだよ!!」
「終わらせねぇよ!! 何度だってやり直してやるさ!!」


 逃げ切って見せる。またやり直して見せる。そしていつか絶対に、絶対に。

 その瞬間、なにか大きなものに身体を大きく殴られた。

 強い衝撃で身体は大きく転がる。衝撃が大きすぎて何が起きたか理解が出来ない。頭がぼうっとして意識が朦朧とする。身体の感覚が無い。そしてなんとか身体を動かし、動かないそれを見て、理解した。


「あ、あああ……ッ!!」


 頭が理解すると全身に忘れていた痛みが走り出す。激痛のそれはとても言葉では表せない。状況は理解できても頭は理解を拒み、混乱が混乱を招く。どうすべきかなんて分からない。ただ痛みと妙に冷静だった理性がこの席の未来を語ってくる。

 まだ、まだ、こんなところで終われない。まだ俺は手に入れていない。終われない。終われない。終わりたくない。


「死にたくねぇ……」


 ただ目の前の死に恐怖して、事切れた。





   * * *





 々と白い粉雪が降り注いだ、その日の夜。私はその場にいた。

 今までもずっと私は稀咲の傍にいた。稀咲には帰れと言われたり指定された場所で待てと指示されることがほとんどだったけど、私はいつもそばにいた。ドラケンを殺すはずだった八三抗争の時も、血のハロウィンの時も、聖夜決戦の時も、遠くから様子を窺っていた。稀咲を疑っていたわけじゃない。ただこの先の流れ≠知るために、私はそこに居た。

 そして今回も同じだった。ただ一つ、今までとは違った。


「稀咲……?」


 私の呟き声に、目の前にいた佐野万次郎と橘日向、そして花垣武道が私に視線をやった。目を丸くして、私の存在に驚いている。


「君、は……」


 花垣武道が私の姿を見て呆然と呟く。けれど私はそんな些細なことを気にしていられなかった。

 目の前に映るのは、花垣武道の先。大型トラックが歩道に突っ込んだ光景と、その傍らに蹲るそれ。それはよく知る姿をしていて、赤い特攻服は元の色だったのか血の色だったのか分からないくらい、赤く染まっていて。その光景は、今までに一度も見たことが無い、未知の未来そのものだった。


「稀咲……、稀咲ッ!!」


 頭が理解したと同時に、私は無我夢中で駆け寄った。蹲る稀咲の身体は悲惨で、捻じれたように腕や足が曲がっている。頭や身体のふしぶしから血を流して、血だまりを作っている。息が無いのは一目でわかった。


「なんでっ、どうして……全部、完璧だったのに……っ!」


 どうして。どうして。どうして、こんなことになっている。稀咲の計画は完璧だった。何度計画が狂ってもすぐに立て直して問題なく終わっていた。稀咲が失敗することなんてない。なのにどうして――稀咲が死んでいる。

 稀咲の傍で項垂れる私を、花垣武道が言葉を失くしたまま見つめてくる。その姿が目に入った瞬間、どうしようもない怒りが湧いた。


「何度……何度邪魔をすれば気が済むの」
「――……え?」


 私の言葉に、花垣武道は理解が出来ず呆然とする。そんな花垣武道を睨みつけて、私は稀咲に視線を下ろした。変わり果てた姿。もう鼓動も動かない。それでも、まだ、引き返せる。


「大丈夫、大丈夫。未来なんてどうにでもなる。だから大丈夫だよ、稀咲」


 懐から古い小さな懐中時計を取り出す。

 そう、未来なんてどうにでもなる。未来なんて未知の世界。未来である限り、現在である限り、先のことはどうにでもなる。私がいる限り、稀咲の未来は確定される。


「まさか……君が……!? ま、待ってッ!!」


 花垣武道が制止の声と共に駈け出してくる。でもそんなの関係ない。間に合う訳も無い。


「何度も、何度でも、あなたが望んだ未来のために――過去を書き換えよう」


 時計の針は――逆巻く。



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