甘くて、苦い。 | ナノ


煙草を吸いはじめた原因は何だったろうか。どうにも、思い出せない。
格好付けたかったからか、早く大人になってしまいたかったからか。

窓を開けて、夜空に浮かぶ、白い煙。
薄い雲が、月にかかる。

フィルターの、口元に走る点線を噛んだ。
そうするとタール数が上がるとか何とか言われているらしい。
あと、塞ぐと重たくなるとか。
知ったことではないけれど。

欲求不満のように、噛み付く。
あの甘い匂いを纏わせるあいつの肌は、どうだったろう。
暫く身体も重ねていない。思い出せない。

ぼんやりとした月はいつの間にか晴れていて、燃えない草を灰皿に潰した。


暗闇に光るディスプレイに、彼の名前は上がらない。
だったらいっそのこと。


「……馬鹿馬鹿しい」


溜息をつき、そのまま、電源を落とす。
あいつにこっちから電話をかけるなんて、自尊心がやられてしまうし、考えたくないようなことを認めてしまうと同義だから。

こっちに来ればいい。
そうすればこの箱の中身も減らなくなるし、明かりを外に漏らす必要もなくなる。

でも、あの男がこっちに来たら、あの甘たるい匂いに埋まることを意味する。
それはきっと、大層うんざりする空間だ。

「……は、……」

もう一本煙草を取り出す。
この箱の中身が消えるまでに、さて、あの男は現れるだろうか。

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