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▼ 愛よりも 01

「あ、あんっく、じょ、さまぁっ」
「緩すぎんだよ、もっと締めろ」
「ひぎっあああ、ああ、ああ、あっ」

 ぱんぱんと肌のぶつかり合う音と、引っ切り無しに上がる甲高い嬌声が、薄暗い部屋の中を埋め尽くしていた。立派な大きさの九条のペニスを容易く呑み込んだ嬌声の主は、赤く痕が残る程に臀部を容赦なく叩かれながら、奥までガツガツと貪られている。
 彼は九条の親衛隊に所属しており、小柄で華奢で童顔であるのが、より一層彼を可愛らしく見せている。あくまでも外見はそう見せているだけだ。
 内面は欲に塗れ、可愛らしいという言葉は相応しくない。彼は九条自身を好いているのではない。彼が本当に欲しているのは九条のステータスだ。九条が持っている家柄、富、権力、ルックス――全てを自分の為に輝くアクセサリーにしたいだけだ。
 その為に、彼は自ら九条の元へと押しかけ、何の躊躇いもなく足を開いた。彼は衣服を全て脱いでいるが、九条はズボンと下着を少しずらしているだけで、この行為への積極性の違いが見て取れる。

「あ、ああ、あひっぃ」
「他にも遊んでんだろ、お前」

 自分で濡らして解して来たのだと言うのだが、それにしてはあまりにも難なく九条の性器を受け入れている。元より清らかな身ではないとは思っていたが、彼はよほどアクセサリー集めに執心しているらしい。
 溜まった物を吐き出すだけの作業。それを楽に気持ち良く出来るから、という理由で始めた親衛隊とのこの関係は、アタリもあればハズレもある。今日は後者だった、それだけのことだ。
 さっさと出して終わらせて、追い出せばいい。九条はいつも通りに、ラストスパートをかけようとした。

「く、じょぉさ、まっだけ! すき、すきでっ」

 最初からわざとらしいぐらいに喘ぐ彼を、耳障りだとは思っていた。が、今は酷く不快な音にしか聞こえていない。

「チッ、うるせぇんだよ」

 嬌声が絶えず漏れる口元を手で覆い塞ぎ込み、九条は一際強く奥へ腰を打ち付けた。熱を吐き出したところで、倦怠感と共にとてつもない虚無感が襲い来る。
――また、だ。
 ドロリと胸に絡みつくようなその感情の名前を、九条は知らない。――知らないと思い込んでいる。
 萎えた性器をずるりと抜き出し、精液の溜まったゴムを外して口を縛り、ゴミ箱に投げ捨てた。不要な物は捨ててしまえば済むことだ。九条は未だベッドの上に居る相手へ目を向けた。

「くじょう、さま、まだ足りないです……次はナマで、」
「調子に乗ってんじゃねぇよアバズレが」

 名も知らぬ親衛隊の生徒の言葉を遮って、九条は冷めた目で彼を見下ろした。愛撫も無しにただ手荒く抱いただけにも拘らず、彼は快楽を拾っていたらしい。腹の上に撒き散らされた欲が、それを決定付けている。

「そんなに欲求不満なら、犯してくださいってそのまま外行って足開いとけよ」
「そんなっ僕は九条様だけが……ぐっ、く、じょ、さ」
「そんな戯言いらねぇんだよ」

 縋り寄ってきた男の鳩尾を九条は手加減せずに殴り込んだ。鍛えている様子が全く見られない細い体は、いとも容易くがくりと床に倒れ込んだ。
 突然の衝撃に噎せている彼を見て、九条はうっそりと笑みを浮かべた。他人の無様な姿を見ることは嫌いではない。が、余計なことを口走る人間を甚振る趣味は持ち合わせていない。
 綺麗に手入れされているさらさらの髪の毛を鷲掴み、彼の着ていた衣服を彼に押し付け、ずるずると引きずりながら外へ出た。ブチブチと髪の毛が抜けるのも気にせず、九条は掴んでいた彼を放り投げた。その間、彼は醜く喚き泣き叫んでいたが、九条には雑音にしか聞こえなかった。

「そのブッサイクな顔、誰かに見られていいならそのまま喚いてろよ」
「なっ……」
「さっさと服着て俺の前から消えろ」

 制止の言葉は遮断され、視界から九条の姿が消えていくのを呆然と見送ることしか出来なかった。それは刹那の出来事であったはずであるのに、スローモーションのようにゆっくりと、やけにはっきりと脳裏に焼き付いていた。
 バタン、と大きな音を立てて閉ざされたドアは、これ以降彼の前で開くことはなかった。
 完全な拒絶、そう捉えるしかない態度を九条に取られた親衛隊の男は、歯をぎりぎりと噛み締めた。そこに可愛らしさは微塵もない。獲物を逃した肉食獣のようにぎらりと煮えた目で、真っ直ぐ九条の部屋のドアを睨み続けていた。
――そのやり取りからの一連の様子を、偶然寮に戻ってきたところであった天久が目撃していたとは知らずに。


*****


「おい、九条はいるか?」

 生徒会室に来た天久が開口一番にそう言った。生徒会室に居た鈴宮と采華は天久へ視線を向けて、ピタリと動きを止める。
 天久の存在は知ってはいたが、まともに相対して接するようになったのは天久が風紀委員長になってから――つい先月のことだ。その時の険しい表情は、今でも鮮明に二人の記憶に残っている。

「そんなに怖い顔してどうしたのさ」
「あいつに訊きたいことがある」

 何かと天久は九条に対して厳しい。それは、単に天久が風紀委員長であるから、という理由だけではないように思える。あくまでこれは鈴宮の観察と分析による一つの仮定に過ぎないものなのだが。
 確かに九条はチートと称される程ハイスペックではあるが、性格にも品行方正にも難ありの横暴さも目立つ。風紀委員長として見過ごせない部分はあるはずだ。
 しかし、それだけで毎度九条に突っかかりに行くのか。そう考えると、天久の言動には不可解な点が多い。
 まず、親衛隊との関係を指摘するのであれば、采華にもその矛先を向けなければならないのではないか。それは九条も理解出来ないと天久に反論済みである。
 この件に関しては、九条よりも寧ろ毎晩行為に及んでいる采華の方が問われるべきである。九条にだけ注意が為されるのは、皆が疑問を抱いても仕方のないことだ。
 委員会議では、九条と論争を繰り広げる。生徒会室に書類を届けに来ると必ず九条を挑発する。その度に九条は適度に天久をあしらっていた。
 九条に相手にされていないのは天久自身も理解しているはずであるとは思うのだが、ここまで一方通行になっていて折れないメンタルの強さには拍手を送るべきであろうか、と鈴宮はわざと考えを逸らす。天久が九条とどうなろうと、別に鈴宮にとってはどうでもいいことだ。
 ただ、九条が『完璧な超人ではない部分』を見てしまっている以上は、面倒事に巻き込まれたくはなかった。鈴宮の仮定の当たり外れなど関係ない。天久は間違いなく、九条が最も嫌うタイプの人間であるということだ。
――勘弁してくれないかな。
 九条の機嫌が悪くなれば、真っ先に被害が及ぶのは生徒会役員であることは目に見えている。

「九条会長ならまだ来てないよ」

 鈴宮がそう答えると、天久は更に眉間に皺を寄せた。九条がこの時間になっても来ない場合は、大抵親衛隊の生徒を部屋に入れているはずだ。

「……また、連れ込んでやがるのか」

 生徒会室を出て行こうとする天久を、鈴宮は慌てて引き留める。ここで天久を止めなければ、確実に厄介な事に巻き込まれる可能性が高い。

「九条会長の所に行くつもりなら止めておいた方が良いよ。ただでさえ嫌われてるのに、余計に嫌われても知らないよ」
「それで九条は幸せになれるのか?」
「え……」
「ずっと独りでいるアイツは、幸せになれんのかよ」

 生徒会室を飛び出していく天久を、今度は引き留めることはしなかった。否、引き留めることが出来なかった。
 あの日見た九条よりも、天久は辛そうな表情をしていた。

「鈴宮先輩、あの人止めなくてよかったの?」
「……素直に言うことを聞くような人間じゃないでしょう」

 采華に今日の分の書類の束を渡して、すたすたと鈴宮は自分の席へ向かった。生徒会の中では九条と最も付き合いの長い鈴宮が首を突っ込まないのであれば、これ以上の介入はするべきではない、ということだろう。そう結論付けて、采華も自分の席に着いた。





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