小西酒店の裏手に回ると住居スペースに続くそこそこ大きな民家の玄関があった。呼び鈴を鳴らすとおかえりなさいと母親と思われる女性が現れた。大所帯で帰宅した我が子に驚いていたが、月森たちをみるなり笑顔になる。あなた達なら大歓迎だわという雰囲気だ。どうやら小西先輩をマヨナカテレビから救出してから、その足で自宅まで月森たちは送り届けたようである。そうでなければ商売敵であるジュネスの店主の息子である花村を見ても笑顔にはならないし、そもそも小西先輩だって家に呼ばないだろう。
「ただいま、お母さん。尚紀帰ってる?」
「帰ってるわよ、部屋にいるわ」
「わかった。みんな、ちょっと待っててね」
そういって靴を脱ぎ、揃えるなり小西先輩はさっさと2階に上がってしまった。吹き抜けの玄関は姉弟の会話が丸聞こえだ。
「尚紀ー?尚紀いないのー?」
「いるってば、ドア叩かなくても聞こえるって」
「いーから降りてきて。大事な話」
「はあ?なにそれ。受験より大事なの?遊んでていいのかよ、姉ちゃん」
「遊んでないから。それよりさっさと来て、今度はほんとに大事な話なんだから」
「えー」
尚紀は面倒くさがっているようだったが、小西先輩に無理やり連れてこられた。やはり、月森たちをみて驚いている。
「姉ちゃん見つけてくれた......」
「よっ、久しぶり」
「どうも」
花村が軽口を叩くくらいには仲良くなったらしい。救われたことで繋がる縁もあるということだろう。
私は嬉しくなった。
どうやら尚紀は小西先輩を連れてきてくれた月森たちのことを覚えているようだ。ジュネス店長の一人息子とはいえ、最近仲良くしているのをみてもなにもいわないあたり、さすがに姉の命の恩人だから態度は変わったようだ。
私たちが辰姫神社に向かうと尚紀はよくわからない顔をしながらもついてきてくれた。
「姉ちゃんじゃなくて、俺に用って?」
「実は、みんなで考えてみたんだけど、山本アナの事件に関係ある人がみんな行方不明になってるんだ。雪は宿泊先の旅館の一人娘。小西先輩は遺体の第1発見者」
「......噂になってる、神薙先輩も?」
「こら、尚紀」
「だってそうだろ、姉ちゃん」
「そうだね、私もそうだよ。山本アナが誰かと口論してるところを見た。すりガラス越しだから男だってことしかわからないけどね」
え、という顔をしている月森に私は手を合わせる。またかという顔をされた。神薙は後出しが多すぎると花村がぼやいている。雪の視線が怖くて振り返れない。でもマヨナカテレビについて私も被害者だとでっち上げるにはこれしかないから仕方ない。
「なるほど......でもなんで完二?」
「ただしくは巽じゃなくて、お母さんの方。おばあちゃんから聞いたんだけど、山野アナ、巽屋さんにお揃いのスカーフ注文してたらしいんだ。片方は山本アナ、片方は生田目元議員秘書。関係ある女の人が無作為に選ばれてるかもしれないから注意しろって伝えてくれないかな」
「天城さんたちと話したんだけど、やっぱ呼び鈴がして、玄関開けたあとの記憶がないみたいなの。だから、完二くんにはお母さん守ってあげて欲しいっていってあげてくれない?」
小西先輩のお願いに尚紀は辛そうな顔をする。
「......やっぱ、あの時の呼び鈴、犯人のだったんだ?」
「そーいうこと。わかった?」
「わかった」
尚紀は真面目な顔をしてうなずいた。やはり、姉が誘拐されたとき、家にいたにもかかわらず何もしなかったことを尚紀は後悔しているようだ。面倒くさがらずに一緒に玄関に出ていたら、少なくても通報くらいはできたはずだと。
「でもなんで完二のお母さん?」
「直前にテレビに出てた人も条件みたいだからな」
「テレビ......姉ちゃんも、天城さんも出てたもんな。......あれ、それって完二じゃ?」
「そうなんだ。普通に考えたら巽屋の女将さんがテレビに出てたら間違いないんだけど、テレビに出たの巽だろ?だからどっちも危ないってわけ。ちなみに私は実家が神薙農園なんだ。たぶん特集組まれたときに取材されたのが流れたんだと思うよ。最近アンコール放送したらしいから」
信憑性が出てきたのだろうか。友達が誘拐されるかもしれないと聞かされた尚紀は手伝ってくれるようだ。
ちら、と時計をみる。
「ちょっと待って。完二が家に帰ってるか聞いてみる」
尚紀は早速携帯を開いて連絡をとることにしたようだ。
「でも、みんなで押しかけるのもあれじゃない?」
「たしかに大所帯すぎるかな」
「私と天城さんと神薙さんは行った方がいいと思うの、誘拐された訳だし」
私はでっちあげだが、マヨナカテレビについて説明しないならそうした方がいいだろう。私はうなずいた。
「どうする?巽屋の女将さんにも話聞いてみる?」
「うーん、どのみちあたしも花村も月森君も巽屋何処にあるかわかんないレベルだしなあ......」
「二手にわかれようがないっつーか」
「たしかに」
「ジュネスにいく組と話聞く組に別れられたらいいんだけどなあ」
そんなことを話していると、尚紀が帰ってきた。
「よかった、やっと繋がった。なんか、まだ土手んとこウロウロしてんだって。いく?」
とりあえず、手遅れでした、という展開にはならずホッとしつつ、私たちは川沿いの通学路に向かうことにしたのだった。
「あ、完二だ」
見慣れたデカイ図体の幼なじみがなにやらお取り込み中のようだと尚紀はいう。
「あれ?」
「どうしたの、尚紀?」
「姉ちゃん、あいつ、うちに話聞きに来たやつじゃない?」
尚紀が指さす先には直斗がいた。
「あ、ほんとだ。うちに事件について色々聞いてきたっけ」
「それほんと?」
「うん、警察に混じって話を聞きに来たからよく覚えてる。なんか、探偵なんだって」
「探偵......?」
「名前覚えてる?」
「何だっけ、白なんとか」
「白鐘直斗、かな?」
「晃ちゃん知ってるの?」
「うん、聞いたことある。たしかWikipediaにも載ってなかったかな、有名な探偵らしいよ」
「へー」
私の発言にみんなググり始める。
白鐘直斗は代々、警察機構にその知恵を貸す探偵一族『白鐘家』の五代目となる人物で、探偵王子の異名でテレビにもたまに顔を出すため、世間では結構な有名人だ。
Wikipediaによると端麗な容姿と、冷静沈着で大人びた精神を持つ子供らしからぬ人格の持ち主で、ずば抜けた知識量と推理力を兼ね備えており、「探偵王子」の異名に違わぬ敏腕ぶりを発揮して多くの事件を解決へと導いてきた実績を持つとある。
羅列されている事件は月森たちがニュースで見た事がある有名どころばかりのようで、みんな驚いている。
「なんか凄いことになってるね」
「叔父さんがイライラしてたの、このせいかな......こないだ珍しく酔って帰ってきたんだよ」
「あー、都会から刑事が出張ってくるやつだ......堂島さん的には面白くないよね......」
「なんで完二のやつ、白鐘を見張ってんだろ?」
「そーいえば、こないだも校門前で完二を待ち伏せしてたっけーな、あいつ。もしかしてなにか誘拐についてわかったことでもあんのかな」
「あー、なるほど。だから気になってるとか?」
「警察もいたから話したけど、警察でもないのに根掘り葉掘り好き勝手聞いてきたもんね、あの子。完二くん怒ったのかもしれない」
「えっ、お礼参りかなんか?止めた方がよくない?」
「ちょっと様子を見よう」
完二はこの時点で男の子にしか見えない男装の麗人である直斗に一目惚れしている。自分はホモなのかと飯田先輩みたいな悩みをかかえているところだ。ここに迂闊につっこんだせいで、ホモだと勘違いされたと思って恥ずかしくなった完二に追い回されてしまうよりは様子をうかがった方がいいはずだ。
「あ、あれ、リヒトさんじゃない?」
千枝の言葉に私たちは声を上げた。直斗がなにやら一生懸命にまくし立てているのは、なんとリヒトさんだったのだ。
もしかして、気になる男の子が超絶イケメンの赤毛の男と話しているのを目撃してしまい、気になって動けなくなったパターンではないだろうか。
153センチの直斗が180はゆうに超えているイケメンになにやら怒ったような顔で話しかけている。リヒトさんはなに食わぬ顔で受け答えしているが、肝心の会話内容は聞こえてこない。やがてリヒトさんは歩き出してしまう。直斗は話し足りないようで食ってかかっている。どんどん遠ざかっていった。直斗は完全に足がとまってしまう。
「僕は貴方を認めません、こんなことあってはならない!」
なにか深刻な会話があったんだろうなということが悲鳴にも似た絶叫でわかった気がした。直斗は俯いたまま去ってしまった。
「おい、完二」
「!!…......な、なんだ、尚紀か......びっくりさせんな!」
「びっくりしたのはこっちだっての、あの探偵にカチコミするんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだからな」
「す、する訳ねーだろ!」
「うそつけ、今にも殺しそうな目してたじゃん」
「どんな目だよっ!」
「そんな目?」
「元々だ、ふざけんな!つーかいつから見てたんだよ!」
「いつからってずっとだけど?いったじゃん、大事な話あるから待ってろって」
「え?あ、あー......そういやそうだったっけ?」
どうやら好きな人とイケメンの逢瀬?に遭遇してそれどころではなかったようだ。
完二は私たちが野次馬だと気づいたらしくこっちを睨んできた。花村と千枝は事前情報があったとしてもガン飛ばされてると思ったのか、ちょっと及び腰だ。一目散に逃げるかもしれないくらいの眼力だが、中身は昔となんも変わってない「完ちゃん」のまんまだとわかった雪は平然としている。月森も平気そうだ、さすが。
「いつも尚紀がお世話になってるね、完二くん。ちょっといい?大事な話があるから」
真顔のまま、その顔を見つめ返すのは小西先輩のさすがの貫禄である。手も口も出すお父さんにたてつく度胸は筋金入りだ。
「え、あ、尚紀の姉ちゃんまで!?......もしかして、先輩の友達っすか?」
「そうだよー、みんな2年生だけどね。覚えてない?天城屋旅館の雪子ちゃん」
「あ、あー......すんませんでした、つい......」
ようやくまともに取り合う気になったらしい。不思議そうな顔をしながら近づいてきたのだった。
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