ゴールデンウィーク終了まであと2日、ついでに中間テストまであと2日でもある。土曜日、今日はあいにくの雨模様である。いつもなら職員室に音楽室の鍵を借りてトロンボーンの練習に向かうのだが、テスト勉強期間ということで部活は休みである。
小西先輩も天城も学校に復帰したから1度みんなで話し合いをしたいところだったのだが、みんなテスト勉強でそれどころではなかった。学生は学生らしく勉強に集中しろということだろうか。
うっかり赤点をとって補習は次の犠牲者が出る前に話し合いをしたい今はまず笑えない。だからみんな暗黙の了解で頑張っていた。
月森は図書室に神薙を誘った。昨日のお礼がしたかったのだ。昨日の今日だ、直売所の手伝いがあるんじゃないかと心配だったが、テスト勉強するといいはって学校が閉まるまで居座るつもりだったらしい。お弁当を食べながら神薙が茶化すようにいう。
「私でいいのか?月森。千枝とか他に誘う人いたんじゃ?」
「千枝も誘ったんだけどな、学校にずっといたくないって逃げられた......勉強の気分じゃないんだってさ。花村はバイトだし、天城さんも小西先輩も家の手伝いだし」
「あー......言われてみればそっか、今日は土曜日だもんな。私もテスト勉強がなかったら、今頃山積みのプランターの洗いものに泣いてるころだよ」
「お疲れ様。昨日はありがとう、神薙。助かったよ」
「まさかあのあと丸丸一日掛かるとは思わなかったけどな......」
「でも菜々子の頼み、断れるわけないだろ?」
「やっぱり確信犯か......まあいいけど」
「菜々子、プチソウルトマト大きくなったら、またカレー作るって張り切ってたよ。作り方おしえてくれてありがとう」
「それなら良かった。いつも商品に出せないやつ消費するのに作ってるからさ、トマトがあればあるほどおいしいんだよ、あれ。トマトの水分でつくるからさ」
「なるほど......だからハヤシライスみたいなキーマみたいな作り方になるのか」
「たまにはいいだろ?ああいうのもさ。辛いのが好きならルーで調整しなきゃいけないけど」
「菜々子に合わせてつくるから大丈夫」
「そっか、よかった。うちもバーモンドカレーの中からに山ほど林檎入れる人と暮らしてるからどうしても甘くなっちゃうんだよな、基準が」
月森は笑った。昨日、神薙を軽トラで迎えに来てくれたおばあさんを思い出したのだ。
「せっかく畑整備し直したんだからさ、枯らすなよ?」
「枯らさないさ。叔父さん、嬉しそうだったから、家庭菜園始めることにするよ。おすすめの野菜があったら教えてくれ」
「そうだなあ......今ならプチソウルトマトかカエレルダイコンあたりかな」
「そっか、また育て方教えてくれ、菜々子とまた直売に買いに行くよ」
「朝なら納品にいるから声掛けて」
「わかった」
神薙は携帯を見た。
「えーと、はい。直売所にいる日送ったから。直売所、みんなが持ち回りでレジとかやってるんだ。忙しい時期とかはたくさんシフト入れてるから。土日だけだけど」
「そっか、大変だな」
「お金が出たらやる気も出るんだけどな......あはは」
神薙は遠い目をしている。月森は肩を叩いた。
「さあ、勉強やろうか」
「そーだね、こっからはお口チャックだ」
みんな考えるのは同じようで、そこそこ生徒は入っている。不躾な視線はあるがみんな中間テストが目前に迫っているためか、静かにしなければならないという事情もあり、面と向かって月森たちに声をかけてくる人間はいなかったのだった。
図書室で勉強した月森たちは、その足で商店街・北にある中華料理屋、愛華に向かった。
「今日こそは制覇してみせる!」
やる気満々の月森が注文したのはもちろん雨の日限定メニューの「スペシャル肉丼」である。
神薙は無難に金・土・日限定の肉丼(800円)を注文した。寛容さがあがるのだろうか。未だにあったことがない娘さんについての話を聞きながら、神薙たちは待っていた。
「へい、お待ち!」
肉丼の何十倍ものボリュームがあるスペシャル肉丼を一生懸命食べている月森の横で神薙は自分のペースで食べていた。
このスペシャル肉丼を食べるだけで人間パラメータが「伝達力」以外の4種類のうち3つが上昇するのだ。スペシャル肉丼恐るべし。
カウンターにおかれた目覚まし時計が刻一刻とすぎていく。やがてペースが遅くなっていく。それでも必死で頑張っていた月森だったが最後にはとうとう止まってしまったのだった。
「うう、スペシャル肉丼恐るべし......」
「惜しかったなあ、兄ちゃん。前より食べられたが今回もチャレンジ失敗だ。お代は3000円だぜ」
「次こそは勝ってやる!」
「その意気だ、兄ちゃん。次の挑戦待ってるぜ」
べし、とムダにカッコつけながら月森がお札を出す。神薙も800円支払った。
「ご馳走様でした」
「あいよー」
月森たちは愛華を出た。
外は雨が降り続いている。
「最近、天気予報ばかりみてる気がするなあ。普通なら霧なんて晴れの予兆なんだから嬉しいのにさ、おかげで霧って聞くだけで緊張感が違うよ」
「マヨナカテレビみなきゃならないしな......私も最近寝不足だよ」
「もうすぐ中間テストなのに悪天候だもんな、もうハラハラしっぱなしだ」
「幸い、この雨は夜には上がるみたいだし、霧にはならなさそうだよな」
「そうだな。最近マヨナカテレビにはなにも映らないし、一応確認はするけど気は楽だ」
傘をふたつ並べて歩き出す。
「月森?」
辰姫神社で足を止めた月森だったがすぐにこっちに戻ってきた。
「どーした?なんかお願いごと?」
「いや、ちょっとこないだここに来たら、狐がいたんだ」
「狐?」
「うーん、今日は雨だからか、いないみたいだな。仕方ない、お参りだけしてこう」
「狐かあ......」
「神薙は見たことない?」
「ないなあ、シャドウの方が知ってるかもしれない」
「そっか......ほんとに神薙のシャドウが神薙の記憶全部もってっちゃったんだな」
「そうなるな」
「前から思ってたけど、神薙はなんで平気なんだ?」
「うん?」
「普通、4月より前の記憶がないと不安だと思うんだけどな。下手したら、俺達の方が心配してるじゃないか」
「うーん......そんなこといわれてもな......私は目が覚めてからずっとこんな感じだから。案外、忘れてるから他人事みたいに平気なのかもしれないよ。あるいは多重人格状態」
「多重人格か......」
月森は考え込む。
「カミナギアキラのシャドウを否定してもカミナギアキラのシャドウは暴走すらしないんだ。私のシャドウじゃないからだろう。私の中に本来の人格が眠ってて、私は仮の人格だとしたら説明はつく」
「じゃあ、今の神薙のシャドウ、あるいは俺みたいに初めからペルソナかもしれないけどさ。そいつはどこにいったんだ?」
「え?」
「あの世界は少なからず抑圧された面が強調されて出てくるじゃないか。神薙だってなにかしらあるだろ、人間なんだから」
「......」
「神薙?」
「言われてみればそうかもしれないと思って」
言われてみればそうだ、と神薙は思う。クマはシャドウだったが、自我に目覚めるにつれてシャドウからシャドウが生まれ、やがてペルソナになった。中身ができた。だから外に出られた。
そう考えれば、カミナギアキラのシャドウに新たな本体が生まれたら、神薙に固執する必要はなくなるはずだ。そして神薙の精神から生まれたシャドウなりペルソナなりがいなくてはならない。なんで考えつかなかったんだろう?神薙は憑依しているにすぎないんだから、別の器があればこの体である必要もない。というか、神薙のペルソナあるいはシャドウはどこにいったんだろう?
「神薙がペルソナがもてないのは、そのせいじゃないか?シャドウを受け入れてもペルソナにならないのは、なにかが足りないんだ」
「なにかがたりない、か」
「リヒトって人が神薙のこと知ってるみたいだし、神薙のシャドウと会ったことがあるかもしれない。神薙が記憶喪失なのとなにか関係があるんじゃないか?」
「そうかもしれないな......」
「とりあえず中間テストだな、神薙。終わったら話を聞くついでにベルベットルームにいって話を聞こう」
「そうだな」
商店街を抜けると、バス停がみえてきた。
「じゃあこの辺で」
神薙はバス通である。
「そうだな、また月曜日に」
「うん、またな」
ちょうどバスがやってきた。横に避けると乗客が降りてくる。
「あれ、晃(アキ)?」
「......あ」
降りてきた1人が神薙に声をかけた。
「久しぶり。よかった、元気そうで。テスト終わったら、部活楽しみにしてるよ」
「あ、はい......お久しぶりです、飯田先輩」
飯田と呼ばれた男子生徒は月森と神薙をみて、不思議そうな顔をしている。
「月森こっちだっけ?」
「テスト勉強近いから一緒に勉強してたんですよ」
月森の言葉に目を見開いた飯田は、え、と声を上げた。
「もしかしてお前ら、付き合ってんの?」
「ちがいます」
「付き合ってないですよ、先輩。神薙学校休んでたから図書室でテスト範囲教えてやってただけです。愛華の奢りとひきかえに」
「いや、それ普通にデートじゃん」
「ちがいますよ、飯田先輩。千枝たちと予定が合わなかっただけです。それに私の好きな人は月森じゃないから」
「そっか......」
「飯田先輩、今帰りですか?」
「そうなんだよ、オープンキャンパスの帰り。バス乗り継いでやっと帰ってきたとこなんだ」
「お疲れ様です。じゃあ、私はこれで......」
「あ、晃!」
「はい?」
「元気そうでよかったっ!テスト明けの部活、楽しみにしてる!」
バスが閉まる。控えめに手を振った神薙のバスが遠ざかっていく。はー、と息を吐いた飯田はどこか顔が赤かった。
「な、月森」
「はい?」
「ほんとに付き合ってないんだよな?」
「付き合ってないですって、だいたい神薙と知り合ったの数週間前ですよ?」
「そうだよな......転校生だもんな......でもなあ......」
飯田は納得いかない顔をしている。
「にしては晃と仲良いよな」
「最初に声掛けてくれたのが里中さんと天城さんだったんですよ。天城さんたち、神薙と友達だから流れで」
「そうなのか?そっか、同じクラスなのか......」
飯田は寂しそうな顔をしている。
「でもよかった。また学校にも部活にも来てくれて。また会えなくなるんじゃないかと思って心配してたんだ。晃、元気になったんだな」
「29日に復帰してましたね」
「え、そうなのか?ゴールデンウィーク......ああ、そっか、実家の手伝いか」
「直売所の手伝い大変そうですね」
月森は叔父の家にお世話になっていて、家庭菜園をするために直売所で神薙とあったことを話した。ここまで話してようやく飯田は安心したように笑った。
どうやら飯田は神薙が好きらしいと察した月森は報われる気配が微塵もない片思いに複雑な心境になる。微妙な表情に気づいたらしい飯田はためいきをついた。
「晃からはどこまで聞いてる?天城たちでもいいけど」
「え、なにがですか?」
「あれ、聞いてないのか?俺、中学の時晃と付き合ってたんだよ......いや、1週間て付き合うっていわないか?付き合いかけたっていうか、その......まあ、そういう仲になりかけたんだよ。晃、病気になっちゃって自然消滅したんだけどさ、1月に復縁お願いしたら晃学校来なくなってすげえ気にしてたんだ、俺のせいかもって」
罪悪感があったのだろうか、いいわけめいた早口で飯田は話し始める。
月森は神薙がいっていた過去を思い出す。自分が性同一性障害だと自覚するまで色々と無理をした時期があり、男性と付き合ったことがあるといっていたはずだ。1週間も持たなかったと。
もしかしなくても、飯田が相手だったんだろうな、と月森は思った。
「なあ、月森。お前ってさ、マヨナカテレビ見たことあるか?」
「えっ」
「俺さ、あるんだ」
「マヨナカテレビ?」
「だってさ、見なきゃと思うだろ?山野アナが変死で見つかるまでマヨナカテレビに出てたっていうし、うちのクラスの小西は似たような状況で行方不明になるし。母さんが晃ちゃんも行方不明らしいわよとかいってくるし。俺のせいで不登校気味になったのに、あんな事件に巻き込まれたかもしれないって思ったら見なきゃって思ってさ」
「みたんですか」
「その反応、月森も見たんだ?」
「まあ、天城さんたちが心配してたから一緒に見ようって約束してたんで」
「そっか、そうだよな、友達だもんな......俺も見たんだよ。あれ」
月森は息を飲んだ。
「マヨナカテレビがどこまでホントかは知らないけどさ......どーしたらいいんだろうなあ、俺。月森と仲良さげに話してるのみて我慢できなかったし、また話しかけてくれて舞い上がっちゃうとやっぱまだ好きなんだなあって思い知らされるんだよ......」
「飯田先輩、神薙がそんなに大切なんですね」
「まーなー......」
「マヨナカテレビがどこまでほんとかはわからないけど、神薙は神薙であることにはかわりないんだし。一人の人間としてどう思うか考えてみたらいいんじゃ?」
「なあ、月森。お前、モテるだろ」
「そう思います?」
「ムカつく後輩だな、おい!?でもたしかにそうだよな。晃は晃だよな、うん。ありがとう。もう少し考えてみるよ」
×