ペルソナ5 ジョーカー夢(志穂の従兄弟主)B
「あれ、どうしたの?来栖君」

不思議そうに志穂は首をかしげる。ここでは話しにくいから、放課後にちょっと屋上に来てほしいといわれ、志穂は疑問符を飛ばしながらうなずいた。相談したいことでもあるの?私で良かったら相談に乗るよ?来栖君にはお世話になったし、とにこにこ笑顔を浮かべる志穂の言葉を遮るようにチャイムが鳴り響く。同時に担任の先生が入ってくる。ホームルームが始まる。日直を当てられているクラスメイトが起立を促し、来栖たちの会話はそこで途切れた。

『ほかにいいとこ無かったのかよ』

モルガナが苦い顔をするが、来栖は仕方ないだろとぼやく。放課後、購買で適当にかったものを広げながら、モルガナがほしがったものを差し出した。さすがに猫と会話しているところを見られでもしたら、今度こそ来栖は実家にまで話が行ってしまうだろう。この学校には小中が同じだった知り合いやセンパイ、コウハイがわりといるのだ。恐ろしきは地元の私立高校である。東京に居たころとはいろいろと事情が違ってくるのだ。

『まーワガハイもずっと放課後まで昼飯抜きはきついけどな。で、だ。御子柴はなんて?』

「いつものように帰ってきたって」

『どういうことだ?あのとき会ったのは、志穂だろ?』

「ああ、間違いない。あっちのほうが、たぶん、俺の知ってる鈴井に近い」

来栖がやっているラインに、ぽんと上がってきた鈴井の従兄弟。鈴井に確認してみれば間違いないというのでなんとなく登録したフレンド要員。まさかさっそく役に立つとは思わなかった。一度近くまで送ってもらい、鈴井について気にかけてやってくれ、といわれてしまっている。杏と鈴井経由で怪盗団についてずいぶんとくわしく聞いているらしい御子柴は、来栖をずいぶんとかっているようだ。ありがたくはある。来栖は鴨志田の嫌がらせにより疲弊しきった彼女しかしらず、明るかった頃の彼女を知らないから、今の彼女が本来の姿なのだと勘違いしてしまうくらいには何も知らない。

『で、あっちの鈴井は?』

「御子柴さんの家に泊まってるって」

『それがいいと思うぜ、ワガハイも。下手に会わせちゃいけねえ。なにがあるかわかったもんじゃない』

昨日、来栖は放課後一人で練習している鈴井と会った。トラウマを克服し、友達もたくさんできて、みんなと一緒に遊んだり、笑ったり、順調な回復を見せている鈴井とはかなり違っていた。あのとき会った鈴井は、来栖の知らない鈴井だった。彼女の中ではまだこの学校にやってきたばかりであり、突然の転校や環境の急変、仲良しだった従兄弟を後遺症のせいで追い出すような形になってしまうかもしれないことへの焦り、いろんなものに必死であがいている高校2年生の鈴井だった。半年ほど彼女は時間が止まってしまっている。それなのに、なんの疑問も抱かず、学校に通い、家に帰り、同じことを延々と繰り返している。突然現れた、本来居るはずのない来栖の出現は、彼女に大パニックをもたらした。彼女はなにも知らないまま、延々と繰り返す時間の中に閉じ込められていたのだ。それも半年もの長い間。

彼女の異変は、すぐに分かった。鴨志田のような身長差のあるガタイのいいシャドウに襲われたとき。来栖が鈴井をかばってアルセーヌを召喚したとき。体格のある男性が至近距離に近づいたとき、体が自分の言うことを聞かなくなり、過呼吸にもにた症状に襲われてうずくまってしまったのだ。理由はわかっているとはいえ、なぜ我がと拗ねてしまったアルセーヌをなだめながら、来栖はなんとかパレスと化している学校から逃げ出したのだ。恐るべきことに、鈴井のいたパレスは、来栖の生まれ育った街を忠実に再現していた。いや、それどころではない。鈴井はパレスの中で、杏と連絡を取り、励まし合い、SNSでやりとりをし、そういった現実での出来事をリアルタイムでこなしきっていた。それだけの人間をパレスは内包していた。おそるべき再現率だ。下手をしたら鈴井がしっているすべての人間が再現されているのかもしれなかった。

妙だ、とモルガナはいう。来栖も同感だ。

パレスは本来、持ち主が無意識のうちにつくりあげる精神世界である。そこに本人が侵入すれば、待っているのはパレスの崩壊だと、双葉の件でいやと言うほど思い知った。それなのにここのパレスによく似た空間はまるで違う。むしろ鈴井を閉じ込め、現実に戻さないという強烈な執着を感じる。本来の主であるシャドウがいない時点で、なにもかもがおかしい。異世界ナビがない時点で鈴井は来栖と会わなければ脱出など事実上不可能だったのだ。

異世界ナビを終了したとき、鈴井はようやく現実に戻ってこれたのだ。もう彼女は大パニックである。彼女を必死でなだめて、一番信用できる大人は誰だと聞いたとき、彼女が真っ先にあげたのが御子柴良紀、彼女の従兄弟だった。鈴井の違和感に気づいていて、初対面にもかかわらず来栖に相談できるほど想っている親戚。全然大丈夫だと笑う鈴井を気遣って、自分から家を出て一人暮らしを始めた人。たしかに事情を説明するにはぴったりの人選だった。あとは来栖たちの仕事だ。

ぎい、とさび付いた鉄扉が開く。来栖は顔を上げた。

「あ、もう来てる。ごめんね、来栖君。待たせちゃったかな」

「大丈夫だ」

重々しい扉が閉じられる。

「よかった。でも急にどうしたの、来栖君。なにかあった?」

不思議そうに聞いてくる鈴井である。来栖はまっすぐ前を見つめたまま、口を開いた。

「昨日、鈴井に会った」

「え?なにいってるの、来栖君。昨日もなにも、学校で会ったでしょ?隣の席なんだから当たり前だよね?」

「違う。昨日の放課後、パレスで、俺は鈴井に会ったんだ。ずっと同じ1週間を過ごしてた。転校初日から最初の1週間を。この半年間、代わりにこっちで鈴井志穂をやってたお前は何者なんだ」

すっと鈴井の表情が消える。鴨志田のところに行くと行っていたときよりも、さらに感情が抜け落ちたマネキンのような顔だ。まっすぐ見つめる来栖を見据えた鈴井の瞳の奥に、揺らめくものを感じた瞬間、来栖とモルガナの姿が怪盗の姿に様変わりする。世界は夕焼けに染まる放課後となる。モルガナの姿だけがパレスによく似た世界に塗り替えられたと知らせてくれた。

「こうやって鈴井を閉じ込めたのか」

鈴井の姿をした何かは何も言わない。ただずっと来栖を見つめている。

そして、ふ、と口元がつりあがった。

「さすがは偽神を打ち破っただけはあるな、トリックスター。我の邪魔立てまで行うか」

「あんたはいったい」

「気をつけろ、ジョーカー。こいつは大衆意識から生まれた神とちがって、たった一人のシャドウのためにこんな馬鹿でかいパレス作るようなやつだ。ただ者じゃない」

「さすがは時と精神の狭間の住人だ、看破はたやすいか」

鈴井はスキップするように体を翻す。追いかけようとした来栖だったが、彼女は忽然とすがたを消してしまった。

『汝のおかげで人々はこの世界は偽りの神の認知により想像されたものだと気づいてくれた。感謝する』

「なんのことだ」

『この世界は偽りの神により創造されたのだ、ゆがめられた認知により産み落とされた世界は偽りで当然。我のような至高者が創造すればこのような悲劇はなかったものを。だが汝はそんな世界において、我に由来する確固たる自己の光を見事体現してくれた。そして人々は事故の光を認知し、汝を救世主として認知したことをたしかに我は見届けた。ここに我の目的は達成された。あとは、我が皆々を至高の存在に昇華せしめよう、汝の活躍は賞賛に値するぞトリックスター』

木霊する声は鈴井のものではない。もっと、もっと、透き通った、それでいて形容しがたい音だった。

『偽神の創造した現実世界(この世界)は、偽の世界であるという認知を、人々に促してくれたことを感謝する。我こそは至高者『アイオーン』認知により物質世界という堕落した世界から人々を救済する目的を達成すべく降臨する者。人々はあるべき姿に戻るのだ。すべて、もとにもどる。我が一部として』

「くるぞ、ジョーカー!」

「ああ!」

空が落ちてくる。

来栖は仮面を引きはがした。戦闘の幕開けである。


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