「うっそだろ、お前」
『うっわあ、趣味悪うぃ。ねーねー、良紀。がっこーってこんなところなのー?』
「そんな訳ねーだろ、俺がびっくりだわ!」
思わず御子柴はスマホを二度見する。このゲーム、ペルソナルートだけでも影時間、マヨナカテレビ、パレス、異界、プレイヤーの選択肢で世界線がめまぐるしく変化するためだろうか、いろんなダンジョンが同じ時間軸にぶち込まれている関係で自由に動ける範囲は意外と狭い。とはいえ、大都会東京である、目的を明確に定めていないと迷子になることはお約束だ。スマホの地図アプリはわりと死活問題である。とはいえだ。御子柴はマッピングがすべて埋まっていないとなんだか落ち着かなくてそわそわしてしまう、生粋のマッパーだった。マッピング機能は今回も健在である。イベントを起こさなければうろうろしても時間は進まない。それを利用して、あっちこっちうろうろしていた御子柴は、本来であれば大遅刻であろうプレイ時間を費やし、シュージン周辺のマッピングを終えた。
そして、いざゆかんシュージン。
早く行け、と脱線しまくるプレイヤーを急かしていたマッピングアプリがようやく目的地に到着し、その役目を終えた。そのはずなのだが、目の前に広がるのは明らかに巨大な城である。それもどうみてもラブがつくホテルそのものだ。バブルの時代に流行っていそうなデザインのそれである。
おい待てやと思わずマッピングアプリを再起動する。東京にあるシュージンを検索したのにどういうことだ。来栖みたいに鞄に入れっぱなしにしたせいで誤動作したわけでもないのに。ずっと握りしめていたせいで妙に生暖かなスマホはマッピングを表示する。そして御子柴はようやく気づくのだ。このマッピング機能、ほかのアプリと連携していると。具体的に言うとマヨナカナビとニカイアと悪魔召喚プログラムとがナチュラルに連携しており、よりスムーズにイベントに巻き込まれるようになる親切設計だったらしい。御子柴は無言で連携をきった。どうやら御子柴が意図しない形でイベントに突入してしまったらしい。ロードしてもいいが、今までがんばって踏破したマッピングがすべて無駄になってしまう。ついでに入手したアイテムもなくなってしまう。それはいやだ。もったいない精神が邪魔をしてしまう。ため息をついた御子柴はピクシーと門をくぐることにした。
「出てきていいぜ、ピクシー」
『えっ、いいのぉ?』
「おう、こっからは悪魔の領域だからな」
『やったあ!さっきから美味しそうな香りがするんだよねえ!』
「美味しそうねえ。それってパフェとどっちがいい?」
『えっ、それは、うー、迷う!悪魔としてはここらへんにいる奴らとっても美味しそうなんだけどな−!でもでも今ここで食べちゃったらパフェ食べられなくなっちゃうよね?ううう、どうしよう。さすがは東京、美味しいとこ一杯あるね』
「それはちがうけどな!断じて違うけどな!つーか一口でもシャドウ食ってみろ、俺はその瞬間からお前を敵と見なす!」
『えええっ!?なんでえ!?』
「あったりまえだ!ここは人間の精神世界なんだよ、食ったらだめに決まってんだろ!」
『ぶー、良紀のけちい!いいもん、いいもん。その代わり、ここで頑張ったらご褒美ちょうだいね!』
「わかったよ。マグネタイトでも何でもくれてやるから我慢しろ」
『はあい』
スマホから飛び出してきたピクシーは、光の粒子を振りまきながらあたりを浮遊する。御子柴の体が少しだけだるくなった気がするのは気のせいではない。ステータス画面を見ればマグネタイトとルビが振られているMAGが少しだけ減っているのが分かる。御子柴がマグネタイトの確保を制限するような言動をとったため、ピクシーの実体化や魔法を発動するときに消費されるそれらはすべて御子柴が負担するよう設定が変更されたようだ。上等だ、縛りプレイも嫌いじゃないぜ、望むところだと御子柴は気合いを入れた。ペルソナルートに入ると決めたのにピクシーと契約してしまっているのだ、ある程度制約はかかるのだろう。
「ピクシー、どうだ?なんかいる?」
『んー、なんかいっぱいいるね。甲冑のやつ』
「勝てそうか?」
『初めて見るからよくわかんない。ねーねー、良紀、あれってなに?シャドウってさっきいってたけどさ』
「ここは人間の思念体が自立して、悪魔の姿を借りて生きてる世界なんだよ」
『ふうん、ってことはマグネタイトの塊ってこと?』
「まあな」
『んー、ここのシャドウはピンクピンクしてて、私の好みじゃないなあ。良紀はでないの?シャドウ。そしたら私好みなのにな』
「怖いこというなよ、食べる気満々じゃねーか!シャドウが死んだら俺死ぬんだけど!やめろよ?絶対やめろよ!?」
『んー、考えとく』
きゃははっと無邪気に笑うピクシーに薄ら寒さを感じながら、御子柴はこっそりと門をくぐったのだった。
このパレスを形作っているマグネタイトがピンクピンクしている、とピクシーは言ったが、当たり前だ。ここのパレスの持ち主は、かの有名な変態教師の鴨志田である。オリンピックにまで出場している実力者でありながら後進の教育のためにと指導役として声がかからない時点で、察してという話だ。仕事先が私立高校の時点で悪評はある程度関係者に広がっていたのだと御子柴は考える。ペルソナ5に登場するパレスの持ち主は、七つの大罪がモチーフだと言われている。それなら憂鬱はどこに行ったんだという話だが、このゲームだと実装されるのだろうか。
『うっわあ、悪趣味ぃ。好きな悪魔(こ)は好きだろうけど、私の好みじゃなーい。おなか壊しちゃいそう』
さっきまで美味しそうだといっていたのに、この手のひら返しである。よかった、万が一お宝を前にしたモルガナ状態になるなら、スマホに戻して全力で帰還しないといけないところだった。
『ねえねえ、良紀』
「なんだよ」
見つからないようにピクシーに先導を頼みながら、おぼつかない足取りで足場の悪い城壁を伝っていた御子柴は小声で返す。真下の廊下には甲冑をがしゃがしゃ言わせながら、せわしなく歩いているシャドウが見えた。
『昨日会った子が捕まってるよ。どうするー?』
「昨日?あの黒い眼鏡かけた、もじゃもじゃの?」
『そーそー、人間にあるまじき色気があるくせに、なんでか隠してるアヤシいやつー!なーんか魔力がぐちゃぐちゃしてて変な感じがするやつ。やっぱり閣下の変装だったりしない?見て見ぬ振りしてあげた方がよくない?』
「そこまでいうかよ」
『だってぇ。良紀のマグネタイトが好みだからさ、私。ちょーっと濁りが多すぎるのは好きじゃないなあって』
「濁りねえ」
心当たりがありすぎて、御子柴はどれのことなのか言い当てることができそうもなかった。理不尽な環境におかれたことに対する感情の発露をいっているのか、偽の神様にゲームに見いだされてしまったその環境を言っているのか、それとも心の成長を促すベルベットルームの現状を指しているのか。どれもありそうで、どれもなさそうだから困る。ただ、来栖がメガテンでお馴染みの閣下(通称ルシファー、気に入った人間を配下に加えようとあちこちにちょっかいをかけては魔界を留守にし、配下の胃にメギドラオンを食らわせる)だったら面白すぎるからやめてほしい。
「お隣さんのよしみで助けようぜ。まだ名前も知らないのに死んじまうのは寝覚めが悪すぎるしな」
『良紀がいうならいいけどー』
ピクシーはこっちだよ、と牢屋に続く隠し通路を教えてくれた。さすがは技芸の悪魔、ピクシーの前で開かない鍵はない。隠し事も無理。逆を言えば割と御子柴はこれからの生活で結構ハードルをしょっている。それはともかく、御子柴はピクシーと共にトンネルをくぐった。
「おい、大丈夫かよ、おい」
ぐったりとしている二人に声をかける。微動だにしない。NPCのステータスは仲間にならないと表示されないため、まだ具体的な数値がわからない。参ったな、と御子柴は頭をかいた。
『ここは私の出番?ピクシーさんの出番?』
そわそわしているピクシーに、御子柴は頼むぜ、とうなずいた。
『どーする、良紀?』
状態異常を直すか、HPを回復させるか、と聞いているのだろう。御子柴はスマホをいじる。御子柴のレベルはまだ1だ。マグネタイトはここに来るまでで、結構消費してしまっている。空っぽになれば待っているのは気絶だ。ミイラ取りがミイラになっては意味が無い。それでも、このまま放置しては、分刻みで更新し続けている死に顔アプリのような事態になってしまう。顔と胴体がお別れするのは寝覚めが悪すぎる。御子柴は覚悟を決めた。
「ディアよろしく」
『はあい!』
鮮やかな光が降り注いだ。体がさらにだるくなる。結構きついなと思いながら、御子柴は二人が目覚めるのを待った。
「・・・・・・いてええ、ここは?」
「・・・・・・あれ?また牢屋?」
御子柴はにいと笑みを作った。
@「おはよーございマス、センパイ」
A「よう、昨日はお楽しみでしたね、コーハイ共」
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