ペルソナ5 夢主のコープ 8-3
それはいびつな天使だった。巨大な車輪に小さな子供が括り付けられているような、そんな姿をしていた。その車輪は壊れているのか、不安定な動きをしていた。子供は底の抜けた壺を抱え、羽の生えた靴をはき、そしてくたびれた服を着ていた。すべての髪が束ねられているが、その不安定にゆれる車輪のせいで髪は今にもほつれてしまいそうだった。

賛美歌が鳴り響いている。

車輪に見えたそれが動き始めると、すぐに車輪ではないと来栖たちは理解する。それは白い羽毛で覆われた塊のようだった。よく見ると、巨大な塊の中で膨大な数の翼が螺旋のように渦巻いているのがわかる。翼の大きさはまちまちで、数メートルのものもあれば、数センチのものもある。共通しているのは、すべてが白く輝く光沢に覆われているということだ。とても柔らかくしなやかな翼は、折り重なり、とぐろを巻き、その塊の中心には胎児のように体を丸めた人間のようなものがいる。すべての翼はその人間のようなものの脊椎から生えていた。

「アキラ」

十代の少女の声が教会の大聖堂に響き渡る。

「おねえ、ちゃ」

ぶわりと光が舞った。いや、羽毛が舞った。きらきらと粒子のように広がった羽毛があたりに四散する。来栖は鳥肌がたった。アキラの声にあの塊は反応している。アキラの声が聞こえたのだろうか、隣にいる自分がかろうじて拾えるレベルのつぶやきだったのに。あきらかに塊から生えている羽毛が反応した。新しい翼が生え、羽毛が成長し、塊が大きくなった。成長したのだ。とっさに来栖はアキラの口をふさいだ。

賛美歌が響いている。

翼で覆われた塊は何も音を発しないが、賛美歌、アキラの声、それらに反応してどんどん大きくなっているのが分かる。やがて賛美歌をオルゴールのように延々垂れ流し続けていた、奇妙な衣装に身を包んだ目が死んでいるロシア人の女性が、その塊と隣接するまで成長してしまう。大きくなった翼が女性を飲み込んでいく様子を来栖たちは見ていることしかできなかった。彼女は三年前アキラたちが倒した、人間から悪魔に変異した悪魔人間なのだという。本体はすでに死んでいるから分霊である。はじめから助ける気などみじんもないアキラの冷酷さにぞっとしながら、目の前で展開されるオゾマシイ悪魔の誕生を目撃することしかできない。見た目は柔らかそうな翼なのに、それはあっというまに女性の体を貫き、突き刺さり、やがて賛美歌は苦痛を伴った断末魔に姿を変えた。翼が成長する速度がさらに速くなる。

中央にいる膝を折っている胎児のような塊が目を覚ました。翼の成長が加速する。それは白く輝く光と灼熱の炎を伴った、膨大なマグネタイトによる暴力だった。モルガナが反応することができたのは、あの翼が車輪のように渦を巻いている魔人の誕生をずっと前から予感していたからなのかもしれない。とっさにアキラと来栖の手を引いて転移魔法を叫んだのと、吹き出した灼熱が彼らの頬を焼いたのはほぼ同時だった。あの灼熱の中で無表情のままうずくまっている何かが見えた。

「こい、アリラト!」

アキラが叫ぶと同時に魔方陣が形成され、巨大な黒い石が出現する。奇妙な彫り物がある黒石は浮遊したまま、アキラたちを守るように鎮座する。

教会の壁が豪快に爆ぜる音がする。衝撃で瓦礫が四散し、きれいに整備されていた中庭が一瞬にして、瓦礫の雨に飲まれてしまった。少しだけ遅れて、耳をつんざくような音が響いた。瓦礫が瞬く間に教会の中庭を破壊していく。あっという間に庭園は崩壊し、破裂し、アキラたちを揺らす衝撃がおそってくる。舞い上がる砂埃、土煙で視界は最悪だが、アキラは端末を手放さない。迅速に来栖たちも戦闘態勢に入る。冷静さを失っては何も分からないまま取り込まれる。それだけはわかったのだ。

「ありがとな、アキラ。助かったぜ」

「いや、お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう、二人とも」

「話はあとだ。くるぞ!」

来栖の声と同時だった。視界をふさいでいた粉塵が一気に消し飛び、あっという間に見晴らしが良くなる。何もかもが吹き飛ばされ、えぐられた地面しか残らない。先ほどまで様子をうかがっていた建物は見る影もなく、むしろ大きなクレーターが大地をえぐっている。その中心部には、見上げるほどの大きさにまで成長した螺旋に渦巻く翼で覆われた生命体がいる。大聖堂の敷地と近隣住宅の境などもはや分からない。転がった車、東海仕掛けの建物ばかりが目につく。浮遊しているのだろうか、それはゆったりとしたスピードでこちらに近づいてくる。音も何もないというのに、その塊が動くだけであらゆるものが消滅していく。繭の女となにが違うというのだろうか、マグネタイトに物質を変換するという性質は変わっていないというのにこちらの方がオゾマシイのはどうしてだろうか。

螺旋を描く翼に覆われ、もはやどこにあるのかすら分からない胎児のような塊は、起床したらしい。明確な意思を持って来栖たちのところに近づいてくる。威圧すら感じるのは気のせいではない。アキラにはかくれんぼをしているのか、早く出ておいでと優しく呼ぶ姉の声が聞こえてくるという。当時17歳だった、女子高生だった、6歳の弟に手を焼く優しいお姉ちゃんのまま、精神が止まっている。時間が止まっている。彼女は目の前の青年がアキラだとはもう判断がつかない。ただお姉ちゃんと呼ぶ声に反応しているのかもしれない。すべては憶測だ。なにせ相手はなにも語らない。自我などない。魔人は死そのものだ。自然現象に自我などない。何も感じていない、感情が一切抜け落ちた声にも関わらず、アキラの脳内はその声がお姉ちゃんだと脳内保管してしまうのだ。実際に聞こえているのが姉によく似たおぞましいなにかなのだという現実を直視するのを拒否している。アキラは心臓が暴れ回っている。

「来てくれ!アエーシュマ、アリラト、ミノタウロス!」

今のアキラにできるのは、来栖たちと共にこのおぞましい天使を倒すことだけだった。悪魔召喚プログラムが起動し、鮮やかな光を放ちながら、突如空中に魔方陣が形成され、そこからアキラの仲魔が召還される。アキラの使役する悪魔はこわいやつばっかりだと茶化されたのは今に始まったことではない。8年前からアキラにとって天使に名を連ねるすべては敵なのだ。迅速な行動は経験故だ。アリラトによる能力強化の魔法が来栖たちにももたらされる。本来あるべき能力を大幅に強化し、それを補強する回復魔法がかけられる。来栖もモルガナも悪魔使いとしてのアキラと戦いを共にするのは初めてだった。補助に特化していると自称するだけはある。アキラは後方支援に徹する気のようだ。今の状態では激情が先に来て戦えないという判断からだろうか、あのオゾマシイ姿から姉の魂を解放してやりたいと願うのはほかならぬアキラだというのに。来栖はペルソナを呼ぶ。アキラがそのつもりなら、来栖は代わりにあの天使を討つだけだ。アエーシュマたちから取得したという魔法砲台と化すための詠唱を始めたアキラとアエーシュマの支援を期待しつつ、来栖は短刀を振りかざす。モルガナと来栖は翼の車輪を回す女に攻撃を仕掛けた。

それはさながら死の舞踏だった。渦を巻き襲いかかってくる翼を避け、取り込もうとしてくる翼を避け、無数の羽毛に阻まれている本体が姿を現すのを懸命に待つ。ペルソナにより強化された身体能力に、アキラとアキラの仲魔により重ねがけされた強化魔法により、拮抗できていた。翼は来栖たちが攻撃することにより発生する音により成長を加速させているようだった。次第に攻撃のスピードが加速しており、一定の動作をくりかえす自我のなさがかろうじて回避を可能にしていた。万が一、この魔人が悪魔として人格を獲得するまでに成長していたら間違いなく手に負えなくなる。今のうちに殺す必要があるのだ。なにがなんでも。それがせめてもの手向けだった。

来栖は跳躍した。その戦闘における初めての前進だった。力をためたことにより、一時的に爆発的な加速を可能にする。機械的なルーチンで最小限のロスで攻撃を避け、アルセーヌを呼ぶ。

「こい、アルセーヌ!エイガオン!」



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