「よくきたな」
「失礼します」
まあはいれ、とツギハギは応接室を促し、静かに扉を閉めた。
「ひとつ確認したいんだが、アキラは君たちのところに来てないのか?」
「え?」
「一応休みをとるなら、どのあたりにいるのか報告する決まりなんだ。すぐに召集をかけられるようにな。てっきり君たちと遊んでると思ってたんだが」
「え、いや、ぜんぜん。アルバイトはしばらく中止だって連絡来てから、ぜんぜん会ってないです。電話もメールもつながらないし、フロリダにも来てないっていうし」
「なんだと?まったく、高校生に心配されるとはなにやってるんだ、あいつは」
頭が痛いのかツギハギはため息をついた。
「てっきり仕事が忙しいのかと思ってました」
「俺は遊ぶのが忙しいのかと思ってたがな」
「てことはもしかして」
「ああ、こないだの月曜から休暇申請だしてそれきりだ。こっちには帰ってきてない」
「え?」
「たまりにたまった有給を消化させてくれといってきたから、月曜から俺はみてない。てっきり君たちと遊んでるんだと思ってたんだが」
「は?え、あの?」
「三年ほど前に、ここではいろいろあってな。アキラは一番仲がよかった友人を三人、いや二人失ってる。もう一人は未だに行方不明だ。すっかりふさぎ込んで仕事ばかりやってたんだ。君たちと会ってから、だいぶん笑うようになったから安心してたんだが・・・・・・目を離したらすぐこれだ」
ツギハギはメモを広げると端末からなにか書き写し、来栖に渡す。
「違反だがこれくらいは大目にみてもらうとするか、まったく。いくつになっても心配をかける。こいつがアキラの現在地だ。どこに行ってるのかはしらんが、帰ってくる場所はここしかないからな」
それは吉祥寺にある開業医の住所と電話番号だった。そういえば、シュバルツバースの調査で両親が行方不明になったあと、姉とアキラは引っ越したといっていたはずだ。もしかして、姉が悪魔に誘拐される事件を目撃し、その報復などを考慮してツギハギと暮らすようになる前はここに住んでいたのだろうか。
「心配じゃないんですか?」
「もちろん心配だ、家族としても、部下としてもな。だがどうも昔から俺はこういったことは苦手でな、うまくいった試しがないんだ。連絡こそ取ってるんだがみるか?」
ツギハギから見せてもらえたログには、友人と遊んでいることを偽装するような画像が添付され、位置情報も特定可能な情報が並んでいる。代わり映えのしない内容である。悪魔討伐隊をまとめ上げ、防衛省にある本部に掛け合う中間管理職もかねているツギハギはただでさえ多忙な身だ。慢性的に人員不足である。ひとり休むだけで凄まじい負荷がほかの隊員にかかる。まして正規の隊員になってまだ1年のアキラだが、ここに12の頃から住んでいるのだ。下手をすればずっと年上のツギハギより少ししたくらいの在籍であり、古参の域にいる。見習いのまねごとの方がずっと長かったのだ、それに加えて正規になるまでの3年間は私生活をなげうって仕事に打ち込む日々だった。それを考えるならたかが1週間という感覚が隊員たちにはあるようだ。今までの功績や組織への貢献度を考えると、1週間くらい好きにさせてやれ、それくらい許してやれ、という雰囲気が生まれているという。
「じいちゃんの家に1週間ほどいく、といわれて不審に思うやつなんぞここにはいないさ」
「なるほど・・・・・・わかりました。ありがとうございます」
「ああ。これからいくんだろ?気をつけてな」
「はい」
来栖は悪魔討伐隊の支部をあとにした。
「はいはい、どちらさまですか」
初老の女性の声がする。アキラの祖母だろうか。来栖はシュージンの後輩であり、今日遊ぶ約束をしていること、連絡がとれなくて困っていることを告げる。ツギハギのログには午後から来栖と遊ぶという報告が羅列していたのだ、この時点で察しがいいアキラならわかるだろう。どうやらいるようだ。ドラマのテーマ曲が流れ、しばらくして再び女性がでた。
「あなたが来栖さんかしら?」
「あ、はい」
「今、ちょっと手が放せないみたいだから、伝えるわね。今日はうちで遊ぶ約束してるんでしょう?大丈夫だそうよ。うちに来るの、はじめてよね?家はわかる?」
「××病院ですよね?」
「ええ、そうよ。クリニックの反対側に入り口があるから」
「ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。アキラが誘ったのにお手数おかけしてごめんなさいね」
「じゃあ、失礼します」
「はい、どうもね」
門前払いは免れた。ほっとした来栖は息を吐く。アキラは話してくれるつもりではいるようだ。
井の頭公園以外で吉祥寺をこうして目的にするのは初めてかもしれない、と来栖は思う。都心から15kmばかり西に位置する武蔵野市の一角にある街だが、いったことがなかった。なにせ4月に起こった井の頭公園の猟奇的な殺人事件はまだ未解決のままである。現場から離れたところは封鎖がとかれて数ヶ月、アキラと待ち合わせたり、杏たちと遊んだりしているが、気にする人は気のするのだろう。そのせいだろうか、駅周辺の人影はまばらだった。
吉祥寺駅の近くに隣接する駅前のビルはなぜか封鎖されている。改装などのポスターも特に見あたらない。
異様に駐車スペースが空いている病院を通る。さっきから救急車とよくすれ違う気がした。そういえばあの病院は経営不振が続いて、どこかの会社に買収されたとニュースに出ていた気がする。
そして井の頭公園の事件現場近くなのだろう、黄色いテープが貼られたほど近くを通る。大正6年に開園した武蔵野の面影を色濃く残す広大な公園が見えてきた。案内図には広大な敷地内に遊歩道、動物園、美術館などの文化施設が整っているようだが、半年前に起こった殺人事件のせいで閑静な公園は人の出入りが減っているようだ。警察の巡回はもちろん、現場となったエリアは未だに警察が見張っているのだ、中の様子はうかがうことができない。もしかしたら、メメントスの影響でこちらの世界にわき出してきた悪魔が関わっているのだろうか。だがさすがにここでペルソナが使えるか試すわけにはいかない。今はアキラの様子を見に行くことが先だ。規制線が張られ、物々しい雰囲気の井の頭公園の一角は異様な雰囲気がただよっていた。
吉祥寺のアーケード街が見えてきた。サンロード、チェリナード、ローズナードの通りを中心に様々な店が軒を連ねている。こころなし人の入りが悪い気がする。アキラがアジトに持ち込むお菓子はたいていここで調達したものだったことを来栖は思い出す。もしかしたら、非番の時はわりと頻繁に祖父の家に顔を出しているのかもしれない。
なんか買ってくか?と顔を出すモルガナにそれもそうだなと来栖は足を向けた。
閑静な住宅街の一角にそのクリニックはやっていた。住宅とクリニックが一体化しており、車が何台か止まっている。ぬいぐるみやチャイルドシートがあるから、どうやら子供連れがよくくるようだ。ガラスに営業時間がかいてある。どうやら午後から休みのようだ。クリニックに用があるわけではない。来栖は自宅の方の玄関にいくとチャイムを鳴らした。
「はいはい、どちら様ですか」
どこかのんびりとしている女性の声が聞こえてきた。
「来栖です」
「ああ、あの。はいはい、どうぞ」
いらっしゃい、とアキラの祖母は招き入れてくれた。どうやらアキラは二階で待っているらしい。来栖はスリッパに履き替え、階段を上った。
「空いてるよ」
声はずいぶんとかすれていた。
「や、久しぶり」
「よかった、死んでるのかと思った」
「あはは、冗談。さすがに死ねないよ」
ずいぶんと眠そうな顔をしている。
「寝てないのか?」
「寝れないんだ。やっとうとうとし始めたのに」
「それはごめん。でも心配するだろ、普通」
「うん、そうだね。ごめん」
どーぞ、との言葉に甘えて来栖は中にはいる。おかれているものは基本的に小学生の頃のものなのだろう。ちょくちょく家には帰っているようで、さすがにランドセルや教科書などはないが、ものが少ない印象を受ける。やはり生活の拠点は悪魔討伐隊の支部にある独身寮なのだろう。勉強机やベッド、タンスといったものは小学生の時に買ってもらったものがそのまま使われており、ずいぶんと古いキャラクターもののデザインが目立つ。わりかし綺麗なのはあの祖母が定期的に掃除しているからのようだ。
あふ、とあくびをかみ殺すアキラはほんとに眠いようで、うつらうつらしている。
「ごめん、ほんとに眠いんだ。少しねかせてくれ」
「何分?」
「30分、すぎたら起こしていいから」
「わかった」
よほど気を張っていたのか、ほとんど気力で今まで行動してきたのだろうか。ぷつんと糸が切れたように眠ってしまったアキラは、ぐらりとゆれる。さすがに床に直撃する、と腕を伸ばしたはいいが、来栖に体を預けたまま全く起きる気配がない。少々心配になるが規則的に肩は上下しているし、呼吸も聞こえる。慢性的な睡眠不足なのだろうか、ずいぶんと疲れている様子を受ける。すでに1週間が経過している。たしかに追いつめられても仕方ない状況にあるのだ、来栖はおやすみとアキラをなでた。人間は睡眠を3日取らないと死ぬらしいが睡眠を妨害させるだけのこととアキラは戦っているのだろうか、ここまで動ける強靱な精神には感服するほかない。だが頼ってくれても、と思うのだ。
結局、1時間半、起こすのが忍びなくて待っていた。
「ごめん、今何時?」
「3時」
「!?」
アキラは飛び起きる。
「起こしてくれていいっていっただろ?!」
「寝てないんだろ?」
「そうだけど。いったけど。でもさ、来栖君」
「無理するなよ」
「・・・・・・ほんと君は。かなわないなあ」
アキラは頬を掻いた。
「ツギハギさんからなにも聞いてないんだ、その様子だと」
「まかせるっていわれた」
「えー」
「1週間もみんなに嘘ついてなにしてたんだ、アキラ。俺はいいけど、ツギハギさんたちにまで嘘つくのはどうかと思う」
「ああうん、ごめん。まったくもってその通り」
「そんなに頼りない?」
「そんなわけないだろ」
「手伝えない?」
「頼りたくなるからやなんだよ」
「なんでいけない?」
「僕がいやなんだ」
「なんで?」
「そうやって手を伸ばしてくれた人はいつだって僕の前からいなくなる。父さんも、母さんも、姉さんも。そして先輩も」
「ツギハギさんがいってたのってその人?」
「ああうん、まあ、そんなとこ」
「3人も?」
「3人も」
「つらかったな」
「うん」
アキラはめをふせた。
「僕が守りたい人はいつもいなくなる。一緒にいるっていったくせに自分から突き放す。後は任せたってそればかりだ。ずるいひとばっかりだ」
「俺は違う」
「ほんとかなあ」
「ほんとかどうかは、これから確かめればいい。だから頼れ」
「どうだか。そういう人に限ってぜんぶ背負い込んでいなくなるんだ」
「アキラがそうだからじゃないのか」
「類は友を呼ぶって?冗談にもならないよ」
「少なくても俺は心配した」
「ああ、うん、そうか。そうなるか。似たようなことやってるね」
「アキラ」
「ほんときみはもう、わかったよ。僕の負けだ」
かなわないなあ、と首を振ったアキラはため息をついた。
「ここから先は本当に危険だ。しかもアルバイトじゃないからお金は出ない。途中で抜けるはなしだ。それでもいいかい?」
「何度もいわせるな」
「わかったよ、来栖くん。いや、暁。これからは僕の個人的なことに君を巻き込むことになる。よろしく頼むよ」
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