みいろのきおくA
ユーレイさんになってから5年間、ずっとこの大きさの体、この目線で生きてきた和波である。一時的に本来の体を取りもどした時には、お父さんに肩車してもらったくらいの高さがあったことを思い出す。楽しくて仕方なかった。あの世界に戻るためにも、ユーレイさんから元に戻るための練習をしなければならない。

和波はごはんがある場所を探した。今まではぞんざいなりに衣食住は保証されていた。体、心、どちらかが死んだら都合が悪いらしく、最低限度の生活は確保されていたが、今は追われている身だ。ひたすら耳をすませた。心だろうが声だろうが和波の耳は聞き取る。何時間もかけて移動して、見つかりそうなときは電気製品の中に逃げ込んだ。どうやら和波は実体を取り戻したことはバレているようだ。実体があるからユーレイさんのまま逃げ回っているとは思わないようで、あっさり行ってしまう。はあ、と息を吐いた。HALが残してくれたマップ通りに進んでいくと、食堂に出た。

ユーレイさんは香りでごはんを食べるらしい。だからお線香とか、お供え物は香りがつたわるように置くんだよと教えてくれたのはおじいちゃんだった。元気かなあ、なんて寂しくてたまらなくなるのは本当に久しぶりだった。人間、生きるのに精一杯だと本当に頭が回らなくなってしまう。うう、うく、とバレないように声を殺しながら和波は泣いた。

食堂にはたくさんの食べ物があった。手を伸ばしてもすり抜けてしまう。ユーレイさんはどうやって食べてるんだろう、和波は電子上の存在にはなったがユーレイさんではないからわからない。見よう見まねで手を取ろうとするがダメだった。おちつけ、とHALに言われたことを反芻する。和波は今の体のほうが長いのだ。扱い方は慣れている。

「やった」

食べ物から和波みたいに影のない透明な食べ物が取り出せた。いつもこうやっていたのだ。今までは思考停止で機械的にやっていたからいちいち意識したことがなかったのである。

和波は久しぶりのあったかいごはんを食べた。むしゃむしゃ食べた。お行儀悪かったが隠れながら食べなきゃいけなかった。

HALがもっていった和波の体の世話はちゃんとしてくれているから、ほっといてもお腹いっぱいになるけど人間らしい生活はほんとうに大事だ。日常に帰るいつかを強く意識できるようになった今、和波の必死さは並々ならぬ気迫があった。味がわかるのがなによりの証だ。今まではなにを食べさせられても無味乾燥だから衣食住に関心が失せていた。ただ機械的に日々を過ごしてきた。今は違う、違うのだ。

いつから僕は泣き虫さんになったんだろう、と和波は戸惑いを隠せない。涙がすぐこぼれてしまう。

そのうち7時になり、足音と共にたくさんの声が近づいてくる。1人で2つの声が聞こえてくるのだ、和波はあわてて近くの鍵付き冷蔵庫のディスプレイに飛び込んだ。いち、に、さん、と数えていく。ちょうど指がいっぱいになった。うそつきしかいない。食堂だからだろうか、担当の人間はそれなりにいるようだ。

「クーラー効きすぎじゃない?」

「そうか?昨日から弄ってないぞ?」

和波はどきっとした。ユーレイさんのときは、和波がいるところはちょっとだけ寒くなる。あとはちょっとだけ機械の調子が悪くなる。冷蔵庫なら誤魔化せるかなと思ったけれど、その近くにある電子機器にも影響が出てしまうようだ。グレイコードが電霊体と呼ぶのはそのためなのかもしれない。

四角いモニタの向こう側でたくさんの人が料理を始めた。もうちょっと待っていればよかった。もう無我夢中でほうばっていたからお腹いっぱいである。次からはもうちょっとだけ我慢してまってよう。この人たちが来る時間はだいたいわかったから。

そして、和波はこのモニタから繋がっている回線を見つけて、様子をうかがってみた。どうやらすぐ近くで管理しているパソコンにうつれるようだ。興味本位で移動してみると、窓ガラス越しに食堂がみえた。たくさんの大人たちがいる。さっきより聞き取りづらいけれど、流れ込んで来るたくさんの感情たちを指折り数えていく。聞き取れる範囲ではうそつきの人しかいなかった。

HALはいったのだ。俺様だけ信じろではなく、俺様みたいに実際にいってることと心の声が一緒のやつだけ信じろ、と。これはどういう意味だろう?と6歳の素直な思考回路は、単純にうそつきじゃない人もいる、と判断した。HALは嘘をつかない。きっとどこかにいる。うそつきじゃないなら、和波誠也だってことは秘密にしないといけないけど、信じていいと言われた。とーかもひとりはやっぱり嫌だった。怖いし、さみしいし、泣いてるときに抱っこしてくれる人がほしい。HALにあいたい、とはやくも泣きべそをかいてしまう。うるうるしはじめた目をこすりこすり、和波はみんながいなくなるのを待っていた。


「あれ?」


和波の隠れているパソコンの向こう側で、幼稚園で見たことがある台車が通り過ぎていく。それぞれのクラスのために大きな鍋がたくさんつまれて、先生たちが持ってきてくれるあれだ。アレルギーがあるお友達はわけて持ってきてもらっていたはずである。和波が反応したのはそんなお友達用のはじめから用意されたたくさんのお盆が運ばれていくのがみえたからだ。明らかに小さかった。器も、入っている料理も、そして箸も。これは間違いなく大人ではない子供がいるということだ。和波はあわててパソコンから飛び出すとガラガラを追いかけた。

蛍光灯がちかちかする。不思議そうにガラガラを押す人達は上を見上げていた。自動ドアが和波に反応して一足先に開いたり、エレベーターがブザーを鳴らしたりするトラブルはあったがなんとか目的地にたどりつく。


「……なんかこわい。やだ、ここ。なんでいっしょなの」


和波は怖くて先にいけない。それはあまりにも和波が閉じ込められてきた場所とにすぎていた。

つめたい通路、寒々しい灰色の壁、そして和波はとどかない高い高いところに設置された鉄の格子扉。そこは外側から外せるようになっていて、ご飯がおかれるのだ。和波のせいでただでさえ暗い蛍光灯がちかちかするせいで雰囲気たっぷりである。

昨日まで和波がいた世界は、ご飯をとどけにくる人すらいなかった。でも。よいしょっと開けっ放しになっている格子扉によじ登り中をのぞいてみると、やっぱり同じだった。大きな電光掲示板、大きなモニタ、たくさんのコード。大きすぎるデュエルディスク。和波のほんとの体と同じくらいの男の子がいた。ひっくり帰りそうなほど大きなメガネみたいな機械をつけられている。

ご飯を食べる時間だと男の人が置いたお盆。男の子は機械を外してあわててかけだす。和波にはみえていないようで、よっぽどお腹がすいていたのか一生懸命食べはじめた。聞こえている声はご飯中でしかもひとりなのに違う声が左右から和波の頭をぐわんぐわんさせた。このこはうそつきだからだめ。和波は鉄格子から外に出た。そしてガラガラを押す人達の後ろをついていく。

この子もだめ

この子もうそつき

この子も、うん、だめ

和波が閉じ込められていたところにも、たくさんの子供達がいたけど、ここにもたくさんいるようだ。胸がずきずきするけれど、ここまでの子達は和波の存在に気づいてすらくれないからどうしようもない。それにHALはうそつきの人に見つかるなっていってたから和波はパソコンに入って話しかけることもできない。

そして、半分くらいにきた。

鉄格子があいて、白衣の人が中に呼びかける。和波は聞こえてくる声を数える。いち。しばらく待つ。あれ?二つ目が聞こえない。和波は思わず顔をあげた。トレイがすでにない。和波はあわてて鉄格子のドアの小さな入り口をくぐった。和波のほんとの体と同じくらいの男の子がいた。

こちらには気づいてはいないらしい。和波はこっそり近くのモニタに飛び込んだ。そして声の数を数えてみる。いち。いくら数えても、いち。厳密には同じことを繰り返しいってるように聞こえる。実際に出してる声と心の声が同じ、うそつきの人じゃない!和波はうれしくなって声をかけようとしたが、外がなんだか騒がしい。和波は近づいてくるたくさんの声たちに怖くなって隠れてしまう。

男の子がこっちをみた気がしたが、気のせいだろう。こっち側から和波のことを探すたくさんの声たちが気になっただけだ。

(ぼくのことさがしてる)

和波は耳を塞いで縮こまる。

(いち、に、さん)

いなくなるのをひたすら待った。

ディスプレイの向こう側で男の子に白衣の人がなにか聞いているのがわかる。男の子は首を振る。白衣の人は鉄格子の向こうからごはんを食べている男の子以外に誰もいないことを確認したのか、通り過ぎていった。

(よかったあ)

和波はほっとしてへにゃりと笑う。その先でびっくりしている男の子が目に入る。

(え?)

男の子の声を聞いて、さっきの声たちが近づいてくる。和波はあわてて、しー!しー!ってアクションしながら、お願いしますってお祈りした。ちら、とみれば首を振る男の子がみえた。

(よかったあ)

和波はありがとうございますとお辞儀した。こくん、と目をまん丸にしたまま、男の子はうなずいたのである。




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