お題箱よりプレイメイカー人質事件(BLD)

「……!?」

いいしれない恐怖に襲われる。視界一面に広がるデュエルシミュレータの表示、セットされているデュエルディスクは旧式だがアイの姿がない。

「ここ、は」

はずそうとするが外せない。かっちりと頭につけられた機械を引っ張ると痛みが走る。前後の記憶がはっきりしない。思い出そうとするとひどい頭痛がする。

「……っ」

遊作はわき上がる恐怖を抑えることができない。この光景を遊作は知っている。いくら忘れようと願っても忘れられない光景である。落ち着け、今の俺はもう16だ、あのときとは違う。何もできなかった、アイツを助けることができなかった、自分だけ逃げ出してしまった、そんな弱い自分ではない、そう言い聞かせる。忘れようがない5年前まで強いられていた環境だ、目的のよくわからないままこの機械をつけられ、デュエルを延々させられた。ノルマがこなせないと怒られた。真っ白な空間、そして目隠しに似たデジタルの世界は遊作に緊張感をもたらす。

呼吸がどんどん激しくなるのがわかる。汗が止まらない。震えは遊作の意思を無視して大きくなる。やはり幼少期に植え付けられた5年というトラウマは長いものだ。遊作にとって人生の三分の一なのだから。

『君、大丈夫?』

遊作は心臓を捕まれる気がした。アイツ、の声がする。思わず両手を見る。小さくなっていないか確認したかったが、見慣れた手だ。どういうことだろう。夢かと一瞬思った。5年間ずっと未練である、名前もろくに知らない、性別すらわからない、遊作は声しかしらない、だからアイツとしか言えないのだ。明日が見えない監禁生活の中で、思考を止めない方法、生きる気力を保つ方法、なによりも諦めない方法、アイツは遊作になにもかも教えてくれたが、遊作はアイツをハノイの騎士のもとに置き去りにしてしまった。それだけが心残りだった。おかげでいつも夢に見る。

「ああ、大丈夫だ」

遊作はぐるぐるする思考をこらえながら、答えた。

『ならいいんだけど。ねえ、そんな顔しちゃだめだよ、怖がってるじゃないか』

「……?」

「何の話?」


声は笑う。


『わすれちゃったのかい、幽霊がいるってこわがってたの君じゃないか』

「幽霊?」

『そうだよ、ここの人たちがずっと探してる幽霊さ。いるって噂になってた。君も気になってたんだろ?君くらいの男の子だって話だ。死んでもここから逃げ出せないなんてかわいそうだって、君は助けたがってた。ちがう?』

「ゆうれい……」


デジタル機器だらけのこの施設に幽霊?違和感しかないが、記憶の奥底でなにか引っかかり覚えた遊作は、何かを思い出せそうであたりを見渡す。6歳から11歳までの記憶を詳細に遊作は覚えているわけではない。つらい記憶を忘れたくて忘れたくて仕方なくて、風化していく一方なのだ。今すぐに思い出せるのはぼんやりとした概要とそのとき何を思ったのか。思い出せないと言うことはそれほど大事じゃない、些細なことだったのか。

ゆうれい、幽霊、死んでも逃げ出せない、たぶん遊作と同じように無理矢理ここに連れてこられて、閉じ込められた男の子。遊作くらいの男の子。6歳のころの記憶だろうか、それとも11歳?それともその間?11歳ならもっと覚えていることは多かった気がする。

ぼんやりとそんなことがあった気がしてきた遊作である。詳細を聞こうとしたら、声が咎めるようにささやいた。

『だめだよ、そんな声だしたら。ほら、隠れちゃった』

「……」

遊作は肩をすくめる。

『君が見つけてあげたんじゃないか』

「俺が」

『そうだよ』

「……」

声は忘れてしまった遊作の変わりの教えてくれる。幽霊は電子機器を自由に行き来できる。大人達から必死で逃げ回っているのを遊作は日々伝え聞く会話から知った。

「……大丈夫、でてこいよ」

小さな子供に語りかけるような声を出す。視線をかつてと同じところまで視線を落とすと、遊作はそこにホログラムを見つけた。

「……?」

じいっとこちらを見ている。これが幽霊だろうか。

「アンタが幽霊か?」

幽霊とおぼしき少年は今にも泣きそうな顔をしたままモニタの中に消えてしまう。おい、と追いかけたが画面に阻まれてしまう。

『……ゆうれい、って名前じゃないみたいだね』

「そうだな」

遊作だってここに来てから名前で呼ばれたことはなかった。物みたいに扱われた。それを思い出すと軽率だったなと思う。かつての自分はもっとあっさり近づくことができたのだろうか。





「……ここ、は」

たちこめるハノイの気配。リンクヴレインズのエリアの一角である、周囲にばらまかれたデッキがサイバースだと気づいてあわてて拾い上げる。そうだ、アイは?デュエルディスクを見るといつもの目玉がない。デフォルトのデュエルディスクの表示である。デッキをセットしながら、遊作は思い出した。

「そうだ、ゴーストが……!」

遊作は思い出す。デュエルしようよ、といつものようにメッセージを飛ばしてきたゴーストに、ハノイの気配を感じた。デッキデータはライトロードのまま、グレイ・コードの仕業ではない。デッキにハノイの騎士の気配を感じた。いつもplaymakerに勝負を挑んでくるのはAIではない、人間である、とインクセンスで判断できた遊作である。ゴーストまでもがハノイの騎士の餌食になったのだ、と思った。助けようと思った。葵の時と同じようにデュエルで勝利し、ハノイの騎士の気配が強くなるまでにデュエルを終わらせることができた。デッキデータをアイが捕食しようとしたとき、遊作は違和感に気がついた。スピードデュエルの衝撃により気を失っているはずのアバターの口元がつり上がったのだ。

playmakerはとっさにアイをHALの元に転送した。そして、同期設定を切ったのだ。遊作が最後に見たのは、あのアバターが内側からはじけ飛び、アイのような液状の何かが吹き出す光景である。

「……おれ、は」

そのハノイの気配の中枢にいるのが自分だと気づいた遊作は、血の気が引いた。

「playmaker!」

「……」

「playmaker、僕です、聞こえますか!?大丈夫です!?」

遊作は顔を上げた。遙か上空に吹きすさぶ風のうめきが聞こえる。

「そのこえは……!?和波か!?」

「はい、アイ君から話は聞きました、大丈夫ですか!?」

遊作は安堵で口元が緩むのも気づかないまま、首を振る。Dボードが降りてくるのがわかる。

「残念ながら大丈夫じゃない」

「え!?な、なにがあったんですか!?」

心配そうに近づいてくる和波に、いつかの幽霊がダブった気がした。そんなはずはない、和波が誘拐されていたのは童実野町、時期こそ同じだが場所が致命的に遠い。この街とは海を隔てた向こう側の街だ。

「どうしました?」

「……デュエルディスクが」

「デュエルディスク?ああ、はい、わかりました。そういうことですね。あの、デッキは?」

「……」

「どうしました?」

「おかしい、俺がデュエルしたとき、デッキはライトロードだったはずだ」

「今は?」

「クローラーになってる!」

「なっ!?わかりました、playmaker!今から僕が助けます、デュエルディスクをかまえてください」

「ああ、まかせた」

「はい!」

「負けるなよ、容赦はできそうにないからな」

「任せてください、今度は僕が助けます!」


デュエルが宣言された。




ログアウトしたことで脳内にフィードバックする思考回路。焼け付くような衝動にぐらついた遊作はたまらずポットの中に崩れ落ちた。後ろに頭を打ち付けて悶絶する。もともと1人用のポットだ。すぐ隣にもたれかかるように眠っていた和波の体が目を覚ます。


「大丈夫ですか、藤木君!」

あわててポットを開けた和波は、その上に上がっていくボディにしこたま頭を打ち付けてしまう。がんっという鈍い音がしてしゃがみこんでしまった和波がいた。

「アンタが大丈夫か、和波」

「ぼ、ぼくはだいじょうぶです……うう、いたい。それより藤木君は?」

涙目で見上げてくる和波に遊作は笑ってしまう。

「わ、わらわないでくださいよぉ、ぼくがんばったのにー!」

「ごめん、ごめん、ついな」

「うう、」

頭を抑えながら和波は立ち上がる。よっぽど痛いのだろうか、たんこぶでもできているのかもしれない。

「アイ君たちが待ってます、行きましょう藤木君。草薙さん達が待ってますから」

「ああ」

うなずいた遊作はたちあがる。

「なんかうれしそうだな、和波」

「へ?え、あ、あたりまえじゃないですか!僕、遊作君に勝っちゃったんですもん、それに助けられたし!」

「いや、あれはクローラーだから、サイバースデッキじゃないからな?」

「でも勝ちは勝ちですよ、えへへ」


なんども繰り返す和波にちょっとむっとした遊作はポットから出るとそのたんこぶを小突いた。


「なんで叩くんですかーっ」


それでも笑顔はこぼれてしまう。ゴーストを助けようとしてくれたことがうれしいのだ、和波は。ぶじに遊作を助けられたから笑えるのだ。もちろんそんなこと言えるわけもないのだが。あのときのように電子体になったとき助けてくれた遊作の力になれたのが無性にうれしい。それにようやくHALがばらまいているゴーストにグレイ・コードがつれてくれた。今回のデータを解析できればきっと有力な手がかりとなるだろう。ずっと待っていた第一歩である。


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