ネクロニカ実卓リプレイ@(ユート代理ゆめ@性能試験場にて
我々が戦争を終わらせなければ、いずれ戦争が我々を終わらせるだろう。かつて暗殺された大国の大統領が残した格言の意味を、南北アメリカ大陸間で130発の核弾頭の雨が降り注ぐ前に、人類はもっと真剣に考えるべきだった。大国間の全面戦争に端を発した戦禍は世界の全てを焼き尽くし、長き冬が訪れて、すでに数百年が経過している。死者繁栄、生者滅亡の歴史は死者にとっては不要なはずなのに、この思考はすでに後日談となったこの世界を憂いている。なぜか?この思考の礎になっている知識はどこから得た?ユートはその答えを持ちえない。すべては断片をつなぎ合わせただけの記憶だ。人類の最後について、傍観者的な知識と記憶がある理由、どれほどの愚か者達の最後のあがきが繰り広げられたのか、ユートは観測した記憶がある理由がわからない。これが生前抱えていた、誰にも明かすことができなかった秘密の正体なのだろうか。どうもしっくりこない。いずれにせよ目覚めなければならない。ユートの体を包んでいた浮遊感がなくなったからだ。ユートはゆっくりと目を開けた。ユートの入っているカプセルポットから液体が垂れ流され、空っぽな狭くて小さな棺桶じみたところからびしょ濡れのまま外に出てみた。周囲はユートが入っていたと思われるカプセルポットが無数に並んでおり、ユートくらいの少年、少女が並んでいる。いずれも様々な改造、変異、もしくは武装が施され、被検体だったことを自覚するのは難しいことではなかった。

「・・・・・・・っ」

思わず体が竦む。自分の体に違和感があった。その正体に気づいたユートは悪寒よりも羞恥が先に来る。すでに体温が通っていないのに、真っ赤になりそうな錯覚を覚えた。目の前にある研究台に綺麗にたたまれている服をひったくると、大慌てで身につける。カプセルポットに入っている少年、少女は、いずれも全裸だった。いうまでもなくユートもだ。慌てすぎて逆さまに着てしまったり、慣れない体に余計な時間を食ってしまったものの、なんとか知恵を持たない時代の人類から進化することはできた。ほっと息を吐いたユートは、ようやくその近くにいくつも武器が並べられていることに気づく。試しにとってみるが、ずっしりとした重さが体躯の華奢なユートの手に妙に馴染む。その大きな武装を慣れた様子で身につけたユートは、ようやく再び周囲を見渡す余裕ができた。

「ここ、は」

ごぼごぼと時折呼吸する少年、少女たちのあわぶくが黄緑色の液体に上っていく。ユートのカプセルポットだけ開いたようだ。まるで準備されていたかのような、違和感だった。なにせ、この細長く伸びる実験台の上には、ユートの分、そしてその隣にある分しか用意されてはいなかったのだから。そこまで思考がめぐり、ようやくユートは隣を見た。

そこに入っているのは、ユートより年上の青年だった。目を閉じてはいるものの、時折呼吸をしていることがわかる。ごぼごぼと泡が上っていった。呼吸できる液体だったと記憶がある。どういう名前だったか思い出せないけども。そして、そのカプセルポットは先端の電子が赤く輝いた後、ゆっくりとひらかれていく。ざばーっと垂れ流される液体。すっかりはき出された液体のあと、取り残された青年はゆっくりと目を覚ました。

瞬き数回。ユートと目が合った。声を掛けようとしたユートの前に、口を出したのは彼だった。

「うぎゃああっ」

両手で体を隠す。そりゃそうだ、背後には無数に並んでいるカプセルポット、その中に入っているゆらゆらと揺れている少年、少女たちが並べられている。自分は全身びしょ濡れ、しかも目の前にはこちらを見上げてくる知らない少年。しかも服を着ている上に、なんだか物騒な重火器を抱えて立っている。どうみてもやばいのは自分だ。青年の情けない叫び声に、はっと我に返ったユートはあわてて後ろを向いた。

「す、すまない!そういうつもりじゃなかったんだ!」

「どーいうつもりだよ−!つかそのつもりによっては怖すぎるんですけど?!おれ、女の子が好きであってだな」

パニクっているようではあるが、よくしゃべる青年だ。ユートが聞いてもいないことをべらべらとしゃべっている。

「それだけは断じて違う!というか、俺の前にある台の服は君のだろう!さっさと着てくれ!」

「お、おおお、さ、さんきゅー!」

ユートの言葉を聞くやいなや、青年はカプセルポットから飛び出して、ありったけのタオルで体をふく音がした。そしてばさばさと騒がしい音がする。ユートのときのように、初めて見る気がしないものばかりが用意されていたようだ。その身につける音は迷いがない。先に目覚めたのがオレで良かった、とユートは思うのだ。この格好になるまで無駄に時間を食ってしまったから、きっと逆の立場だったら別の意味で大騒ぎになっていたに違いない。やがて重々しい音が響くようになり、黒板を爪でひっかいたような音が響き渡る。すでに死者だというのにぞわぞわとしてしまう感覚だけは残っているようだ。むしろ死者としての蘇生はかなり精巧に作られているようで、下手をしたら生前よりもより多くの情報を拾ってしまう聴覚はユートにありもしない鳥肌を立たせた。

「わっるい、悪い、でも普通に考えたらびっくりすんだろ?気づいたら真っ裸だし、服着てるお前いるし、どう見てもおれ変態みたいな?」

あはは、という声が聞こえてくる。ようやくユートは振り返った。若干濡れているのはユートも同じだ。快活そうな青年がそこに居た。ユートのように目に見える武器はないように思える。しかし、そのブーツはやたら重そうな音を立てている。きっとなにか仕込まれているのだ。あの最終戦争で蔓延したドールという概念に自分たちが当てはまるなら、きっとこの青年もなにかしら技能が植え付けられているはず。なによりも、ユートが目覚めたとき、この青年の分しか服も武装も用意されてはいなかった。きっと始めから決まっていたことなのだ。彼とユートが目覚めることは。きっと。それが意図されている理由もぼんやりとではあるがユートは知っており、許容してしまっている。罰悪そうに頬を掻いた青年は、笑う。

「おれ、克己。克己っつーんだ、よろしくな」

「ああ、よろしく克己。おれはユートだ」

「ユートね、ユート。よし覚えた。えーっと、先に目が覚めた感じだよな?ほかに似たような奴はいねーの?」

自分と同じように濡れているユート、豪快に開いているカプセルポットが2つ。そして長い研究室にはなにもおいてない。それをざっと確認したらしい克己は首をかしげた。

「いや、君の思っている通りだ。俺と君の分しか服も武器もなかった」

「へーえ、ずいぶんとまあ」

いってる割にあまり気にしていない様子である。あまり深くは考えないたちなのだろうか。興味なさげに周囲を見渡した克己は、すでに自分たちの数分前の姿にご熱心だった。楽観的とはうらやましい限りだ。万が一、記憶が意図的に消されている場合、克己の精神が心配だったが今の待遇に動揺したり不安がったりしない時点でちゃんと知識は与えられているドールらしい。それだけで幾分気が楽になるユートである。自我があると自覚してからは、その小さな体躯とは不似合いな人類という終わってしまった歴史について刷り込まれてしまったユートは、気がつくといろいろ考えてしまう。憂鬱になるのはいつものことだ。今はお気楽調子な克己がいる。それだけでだいぶん暇な時間はなくなるだろう、漠然としたそんな予感がした。自然とほころぶ口元を隠しつつ、ユートはその視線の先を追う。

「って、何してるんだ、克己!」

「何ってほかに目覚めそうなやついねーかなーって」

「やめろ!万が一目覚めたとして、彼女に着せる服はないんだぞ!なにを考えているんだ!」

こともあろうに克己は、きっとタイプなのだろう、比較的膨らみが大きな異性の収納されているカプセルポットを熱心に見て回っている。騒がしくするあまり目が覚めてくれやしないかと、淡い期待を抱いているようでもあった。前言撤回だ、とユートは思う。こいつは俺がいないと駄目だ。暴走する。絶対暴走する。手綱を持っておかないとなにをしでかすかわからない。放っておけるか、こんなやつ!それが一緒に目覚めた、いや、目覚めさせられた理由じゃなかろーか、と克己の思考回路が感染したとしか思えない考えが、まるで確信のようにユートに宿る。

「あるじゃねーか、これとか、これとか」

そういってさっき身につけたばかりの上着を指さす。さも当然といった様子にユートは思わずマシンガンを克己のあご下につきつけた。こつこつというよりは、どすどすといった方が正確な音がする。寒そうだったら、これもと下ネタに走りそうになった克己はその冷え切ったまなざしと殺気を感じたらしく、おずおずと両手を挙げた。

「君は俺を怒らせたいのか?」

「や、やだなー、冗談に決まってるじゃねーか」

「俺の目を見ていってみろ克己」

「ちぇー、なんだよ、真面目だなあ、ユートは」

「抵抗するな、前を向け」

「え、マジでこのノリ?」

冷や汗を流しつつ、年下に制圧された克己は大人しく実験台に這いつくばった。

「おっと、手がすべった」

おもむろに安全装置を外したユートは引き金をひく。頭上を通り過ぎた銃声に城前の顔が青ざめる。はるか向こうにあるはずの扉のドアノブが乾いた音をたてて転がるのが見えたのだ。誤射と言い張りながら何発も打ち込んだユートはもちろん反動すら受ける様子はない。14にあるまじき才能である。鍵がかかっていたのか、すでにわからない。壊されてしまった扉はきしんだ音を立てながらあくのが見えた。

「次こうなるのが君でないことを祈っているぞ、克己」

「い、いえっさー」

克己はマジで本職の方?ととんちんかんなことをいっている。ユートは思わず笑ってしまった。そんなわけないだろう。俺は。そういいかけて、言葉が出てこない。

「俺は?いやいや、そこで沈黙すんなよこえーよ」

「じゃあ、君は覚えているのか?」

「覚えてるってなにを?」

「なにって、その、生前のことだ」

「まあぼんやりとな。あんまかわんねーけどな、今と」

克己はけろっとしている。

「今と?」

「そ、今と」

にへらと笑う。そして、ユートの視界から克己が消えた。残像が残っている。精巧なドールの目は克己をとらえる。その視線を向けた時、つう、と首元から液体があふれ出すのが分かる。妙な圧迫感と、動いてはいけないと警鐘を鳴らす本能。薄い糸が視界の端に見えた。

「殺せば褒めてもらえたんだよ。でも今ってどうなんだろーな。死なないけど殺し合うだろ?ってーことは、何度も殺せるし褒めてもらえるってことだったりすんのかね?なあ、褒めてくれる?」

ユートはためいきをついた。

「君の方が子供みたいじゃないか。攻撃されて褒めるやつなんていないだろ」

「まっじめだねえ、ユート」

城前はその糸をたぐり寄せながら肩をすくめた。しゅるりと収まる。やはりどこに仕込んであるのかわからない。ユートはぱっくりと割れた傷口をぬぐった。この程度ならほっとけばなおるだろう。

「おれが一番苦手なタイプだわ」

「本人にそれをいうのか」

「まじで苦手だわ。あーもう考えるのめんどくせえ。まあいいや、ユートって頭良さそうだし、なにすっかお前が決めてくれよ。おれは適当についてくからさ。あ、先陣はきっから任せといて」

「先陣を切るのに考えないのか?勘弁してくれ」

「いーのいーの、案外なんとかなるって。で、さっそくだけどどーするよ?あっちは行き止まりみたいだし?」

指さす先には巨大なファンが回っている以外、代わり映えのしない風景が広がる。そしてその先は同じカプセルがユートと克己に向き合うかたちで並んでいる。つまりは行き止まりである。

「ほかに行く当てもない。先に行くしかないだろう」

「だよなー、おれもそう思ってたとこ。んじゃ、いこーぜ。こーいうとこはおれのが慣れてるっぽいし、危なくなさそうなら呼ぶからよ」

「ああ、よろしく頼む」

克己はがりがり頭を掻く。ちゃんと乾燥させなかった髪はぼわぼわだ。

「うさんくせーと思うんだけどね、我ながら」

「それを自分で言ってしまうのは克己らしいな」

「おれらしいってなんだよー、数十分で把握されるほどおれって浅くないんでるけどー?訂正を要求する」

むくれる城前はユートより年上だろうに、ずいぶんと幼く見えた。


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