突然の来訪者はチャイムすら鳴らさず現れた。しびれをきらしたのか、ずかずかと入ってきた訪問者は一直線にカーテンを開けて朝が来たことを知らせた。んー、といいながら布団の中に逃げ込んだ部屋の住人はまるまって団子のようになってしまった。はあ、というため息が聞こえてくる。
「おい、吉波」
吉波と呼ばれた青年は、んー、と生返事を返す。名前を呼ばれたことはなんとなくわかるらしい。それでもやっぱり暖かいお布団が恋しいのか、ベッドにしがみついてはなれようとしない。おきろ、とゆっさゆっさされるが吉波はやっぱり起きない。まったくこいつは、と全然起きる気配がない友人は諦めるという選択肢をとる気はみじんもないようだった。
「おい、吉波。いい加減起きろ、時間だ」
ずいぶんと乱暴な目覚ましである。ぐっすり熟睡している吉波を無理矢理起こそうとしているのは、ずいぶんと気心の知れた仲のようである。布団をひっぺがされ枕をとられた吉波は、いきなり寒くなったベッドに縮こまる。がくがく揺らされてもかたくなに目を覚まさない。ぼんやりとしながら丸くなる。
「今日、何曜日?」
「は?……土曜日だな」
「どようびー?んだよ、思いっきり休みじゃねーかぁ!学校休みなら早く起きなくてもいーじゃんか。洗濯物は洗っとくから出かけるならいってらっしゃーい」
来訪者は目が点になる。
「ならこれからは土日祝日も早く起きるよう設定しなきゃいけないな、吉波」
「なんでー、部活ははいってねーだろ、いまぁ」
「さっきから誰と間違えてるんだ、吉波」
「勝手に入ってくんなよ、母さん」
「誰が母さんだ、誰が」
「えー、じゃあ誰だよお前」
「まだ寝ぼけてるのか、お前。俺だ、藤木。藤木遊作」
ここまできてようやく、いつまで寝てるんだと起こしに来る母親じゃないと気づいた吉波は、一気に目が覚めた。知らないベッドだ。畳に布団がいつもの実家の自分の部屋のはずなのに、広すぎる部屋にベッドがある。そして起こそうとしている誰かの向こう側には高そうな蛍光灯があった。ゆーさく?ゆーさくって、勇作?祐作?優作?……遊作?頭の中で漢字がかちっと当てはまる。そうだ、たしか新しいゲームをしていたはずだ。スタートはこんな感じなのか。これはまさにタッグフォース。というか鍵は掛かっていたしチェーンロックもかけていたはずなのに、なぜか遊作が部屋にいる。ベッドから顔を出すと遊作はあきれ顔だ。
「母さんって……お前、そんなやついないだろ。寝ぼけてるな、大丈夫か?」
「へ?」
「相変わらず寝起きが悪いな、吉波。少しはしっかりしろ」
「おー、おう?えーっと、おはよう藤木くん?」
「怒ってないから安心しろ、あきれてるだけだ」
「そ、そお?ならおはよう、遊作」
「ああ、おはよう。それにしてもちゃんと起きられないのに帽子はかぶってるんだな」
わらう遊作に急かされて、吉波は身支度を始めた。
(小波君クオリティぱねえ、全然心当たりないのに突然ストーリーはじまりやがった。これはたぶん遊作と一緒に草薙さんと復讐しようとがんばってる設定とみた。さらっと母さんの存在否定されたから、おそらく同じ施設育ちの設定。でも遊作と一緒に住んでいるわけじゃ、ないっぽい?そうだよな、さすがに一緒に住んでたらタッグフォースの展開上、いろんなキャラに起こして貰うシチュがキャラによっては遊作との遭遇で修羅場になっちまう。つーか遊作の好感度がはじめっから高いぞ。主人公だし、たぶんストーリーはアニメ沿いなはずだ。思い出せ、俺)
吉波はVRゲームのクオリティの高さにテンションがあがっていく。
タッグフォースシリーズが途絶えてからはや数年、ようやく発表された待望の新作はまさかのVRゲーム。遊戯王最新作の遊戯王VRAINSにちなんだものだろうが、待ち続けていたファンは度肝を抜かれた。いままではデフォルト名である小波でプレイしていた吉波も、さすがにVRゲームとなれば実際に呼ばれることになるのだ。小波にするか迷ったが、一週目は自分の名前でプレイすることにしたのである。遊作、葵、鬼塚のストーリーをクリアすることで、関連性のあるキャラのストーリーが解禁されていくのだ。コンビを組んでいるキャラによってショップのカードのラインナップが変わる仕様は変わらない。普通に考えれば攻略wikiに書いてあるとおり、葵を真っ先に攻略して《トリックスター》を組むのがいいだろう。葵とコンビを組んだ状態で目的のキャラとデュエルしまくり、《トリックスター》でデュエルをして無双し、好感度を上げながら一気に攻略をすればいい。効率を考えればそうかもしれないが、やっぱりアニメのストーリーに準ずる恒例のストーリーである遊作のストーリーを攻略しないのはもったいない気がした。だから今吉波はここにいる。
「お待たせ、いこう」
「ああ、草薙さん待たせてるんだ。早くしてくれ」
「ごめんごめん、今行く」
ドアを開けるとすでに草薙が待っていた。
「おそよう、相変わらずの重役出勤だな」
「あはは、ごめんなさい」
「おいおい、ほんとに反省してるなら下手な敬語じゃなくて、ちゃんと態度に示してくれ。毎度毎度寝過ごしやがって。スタートがこれで始まるの毎回大変なんだからな、そのうち路駐取られたらお前が払えよ、」
「まったくだ」
「2人とも俺の扱い雑じゃね!?」
「どの口がいってるんだ、まったく」
「そのうちおいてくぞ」
「今度遅刻したらもう起こしに来ないぞ、」
「ごめんなさい」
さすがに好感度不足によるストーリー頓挫は笑えない。は平謝りした。さすがはVRゲーム、ほんとに中も外もホットドック屋のトレーラーである。完成度たけー、と思いつつ、吉波は前から二つ目の扉を開けた。簡易な椅子がある狭い座席だ。運転席には草薙、助手席には遊作。くあ、と大きく欠伸をしながら吉波はシートベルトをしめる。そして高台に向かい始めた外の風景を眺め始めた。EDで遊作がいい感じにわらっていたあの高台だろうか。
ホットドック屋になだれ込んだ2人は、トレーラーの中にすでに展開しているパソコンの前に立つ。草薙は運転して人目につかない高台にまで2人を連れて行く。草薙がパソコンの前でエリアを展開する。
「いたぞ、ここのところ活動が活発だな。ハノイの騎士は」
「なにを企んでるんだ」
(第1話前だよな、アイいねーし。第1話の冒頭の再現かな?)
「吉波はどう思う?」
「え?あー、なにか探してるんじゃないかな」
「たしかにな。だがなにを?」
「今からそれを聞き出せばいいんじゃね?そしたら先回りできるだろ」
「いいな、それ」
2人はリンクヴレインズに乗り込んだ。
それはオープニング直前に遊作がplaymakerと名乗った場所だ。どこかの居城である。塔の最上階には誰もいない。アイはベランダのどのオブジェクトに擬態しているのか吉波にはわからなかった。
「誰だ、お前たちは!」
「俺の名はplaymaker!」
「俺はサポーターってところかな」
そしてデュエルは開始された。
ログアウトしてふらつく吉波を遊作が掴む。
「大丈夫か、吉波」
「あー、ごめん、ありがとう。ちょっとふらついた」
「めずらしいな、」
「2人ともお疲れ様。ほら、コーヒーでも飲んで休め」
「ありがとう、草薙さん」
「どーもっす」
「だから敬語はいいって。怒ってないからな」
一息ついた吉波はオープニングが無事終了しただろうことを確認する。そういえばずっと草薙や遊作と一緒だからメニュー画面を確認できていない。もってきていた鞄に入れっぱなしの端末をさぐる。なにかそれっぽいものはないだろうか。
(お、あった、あった。メニュー画面)
リアルタイムで名前の変更ができるってシュールすぎやしないだろうか。突然呼ばれる名前が変わるのだ。さすがに吹かない自信がないのでやめることにして、吉波は他もチェックする。デュエルモンスターズの基本ルール、デッキの構築設定、公式サイトからダウンロードできるネタデッキの数々。さてさて今回の初回特典であるあのカードはあるだろうか。
(あったー!!)
「どうした、さっきからにやにやして」
「え?あ、見てくれよ、このカード!」
「ん?あー、はいはい。うれしいのはわかったから、休憩しろ、休憩」
「え、なにそれ冷たくない!?」
「冷たいもくそもあるか。何度目だ、その話」
「なんでだよー!かっこいいだろ、《魔導獣》!!」
「ペンデュラム召喚が大好きなのはわかったから静かにしてくれ」
「スキルでペンデュラムゾーン創造するくらいの筋金入りだもんな、わかったから落ち着け」
「ちえー」
そう、今回の初回特典では本来実装されていないペンデュラム召喚を使用できる特殊スキルがそのひとつなのだ。どうせなら使ってみたいではないか、ペンデュラム召喚。スピードデュエルでは遊作のフィールドを圧迫してしまうため、基本はサポートに徹していた吉波だが、はやくマスタールールといきたいものである。
(げ、もうこんな時間?そろそろログアウトしねーとやべーな、えーっと)
気づけばもうプレイ時間は数時間を超えている。きっとリアルは真夜中のはずだ。まずい、明日講義があるのに。ようやく気づいた吉波はメニュー画面に戻るがログアウトボタンが見当たらない。あれ?ヘルプボタンを押して探してみる。やっぱりない。あれ?もしかして元の部屋に戻らないとセーブできない、動物の森仕様だろうか?
「草薙さーん、俺忘れ物したから一回家に帰りたい」
「馬鹿言え、起きたばっかだろ」
「どうせまた寝たいんだろ、」
(まさかの強制イベント!?勘弁してくれよ、今の時代にセーブすらできねーとか?!つーかログアウトどうやるんだこれ!?)
「ほらほら、逃げるな逃げるな。せっかく持ち帰ってくれたデータ解析してやるから、せめてハノイの騎士の目的を探る手伝いくらいはしろ。休憩もそろそろおしまいだからな」
「ほら、こっちにこい」
「えええええ」
どれだけ探ってもログアウトボタンがないとことに吉波が気づくのは、まだ先の話である。
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bkm