咆哮2

「クックック、ようやく来たな、緋勇龍麻。そしてその《宿星》に導かれし者たちよ。何度邪魔しに来ようと無駄だということを教えてやろう!」

赤い髪の男が高らかに宣言した。

その近くには四肢を拘束され、全身を禍々しい呪詛が染み付いた布で覆われた人間がいる。

「まさか、あれが《陰の龍の器》!?」

「人工的に《陰の龍の器》を作るのは骨が折れたぞ。ただの人間の中から素質がある人間を探し出し、実験を駆使して才能を引き出し、ようやく器たりえるまでに仕上がったのだ」

「天龍院高等学校の先生や生徒を犠牲になんてことを」

「フン、必要な犠牲に過ぎん」

「自分が《黄龍の器》になれないからって他の人を犠牲にするなんて、許すわけには行かない」

「黙れ」

才能がない、資質がない、と緋勇に言われたからか、柳生は激高する。

「さあ、儀式を始めるぞ───────」

柳生は高らかに宣言した。

魔法陣から《陰氣》が吹き出し、贄に選ばれた哀れな《陰の黄龍の器》を包んでいく。黒い《氣》が晴れた瞬間、畏怖の咆哮が響き渡った。

「さあ、《黄龍》よ。《陰の黄龍の器》に降臨し、緋勇龍麻たちをくらい尽くして完全体になるのだ!!」

柳生の言葉に呼応するように叫ぶなり、突風が巻き上がる。黒い龍が寛永寺のはるか上空に出現した。

それはまさしく暗黒、漆黒の闇というに相応しい《氣》だった。暗黒で鋭いなにかがそこにある。暗黒の空に稲光がぴりぴり裂ける。

「これ以上、お前の好きにはさせない!ここで全てを終わらせてやる!」

それを引き裂いたのは、緋勇の叫びだった。声には強い信念がこもっていたので、それは私たちの暗黒な前途を照らす光明のような気さえしてくる。

意識がひどく弛緩して、暗黒植物のようにふやけて、海のように底知れぬ暗黒に飲まれそうになる前途を照らす光明のようだった。

その《氣》の輝きを無心に眺めているうちに、私達の中に古代から受け継がれてきた記憶のようなものが呼び起こされていった。人類が火や道具や言語を手に入れる前から、それは変わることなく人々の味方だった。それは天与の灯火として暗黒の世界をときに明るく照らし、人々の恐怖を和らげてくれた。

それは時間の観念を人々に与えてくれた。その無償の慈悲に対する感謝の念は、おおかたの場所から闇が放逐されてしまった現在でも、人類の遺伝子の中に強く刷り込まれているようだった。集合的な温かい記憶として。

それが緋勇なのだと、《黄龍の器》の本来のあり方なのだと私達は改めて思い出すのである。

私達は柳生と《陰の黄龍》を相手に戦闘態勢に入ったのだった。

「この世に《黄龍の器》は2人も要らぬッ!」

禍々しい《氣》のたちこめている祭壇を前に柳生は叫ぶのだ。

泥水で育った蝮(まむし)は五百年にして蛟(雨竜)となり、蛟は千年にして竜(成竜)となり、竜は五百年にして角竜(かくりゅう)となり、角竜は千年にして応竜になり、年老いた応竜は黄竜と呼ばれる。

古来より、中国神話では帝王である黄帝に直属していた竜のことを応龍と呼び、4本足で蝙蝠ないし鷹のような翼があり、足には5本の指がある。天地を行き来することができた。水を蓄えて雨を降らせる能力があり、『山海経』大荒北経に記されている黄帝による蚩尤との交戦の描写には具体的な龍としては応竜が黄帝に加勢しており、蚩尤や夸父を殺したとされ、神々の住む天へ登ることができなくなり、以降は中国南方の地に棲んだという。

このため、応竜のいる南方の地には雨が多いのに、それ以外の場所は旱魃に悩むようになったという。

そう柳生は笑いながらいうのだ。

「さあ、目覚めよ《黄龍》よ───────ッ!!」

雷鳴が轟いた。大地が揺れた。地軸が狂ったような異常な天気がこの世の終りみたいな空にもたらされる。空が4つに裂けて、その割れ目からなにかが落ちてきた。

突如、寛永寺のはるか上空に巨大な球体、いや宝玉が出現した。東西南北を司る四神に対応した色の宝玉である。見上げるほどの大きさだ。

「まさしく、《黄龍》は神の精、天之四霊の長なのだ。天之四霊とは蒼竜、朱雀、玄武、白虎、いわゆる四神のこと。さあ、《黄龍》の目覚めだ。付き従う神獣たちよ、ここに偽物の《黄龍の器》たる緋勇龍麻たちがいる!《黄龍》の完全なる覚醒のために、《陽の器》たる緋勇龍麻を殺すのだ!」

あの宝玉に四神が封じられているというのなら、生まれ落ちた瞬間に真下の地上は大災害に見舞われることになるだろう。私達はゾッとするのだ。なんとしても四神の封印が完全にとける前に倒さなくてはならない。

立ち込める濃霧に私達は敵襲を備えて神経を研ぎ澄ます。感覚を鋭敏にする。敵の動きがスローモーション映像を見ているようにゆっくりと見える。感覚が獣みたいに冴えわたり、微妙な風の肌触りに空きを予感するほど、季節の感覚が研ぎすまされる。

「あの宝玉はそれぞれ四神の属性に対応した弱点があるようです。それ以外は吸収してしまう。みなさん、対応した技で攻撃してください」

私の声に返事が帰ってくる。

緋勇を先頭に私達は攻撃を開始した。

「さあて、はじめるか」

九角がいうのだ。

古来より「鬼は悪者を防ぐ門番」という、まったく反対の考えがある。特に寛永寺は江戸を守護するために「鬼門(北東の方角)」に建立されている。つまり文字通りに「鬼門で門番」をしているのが「鬼」なのだ。

当山の開山堂に祀られる平安時代の僧侶・慈恵大師良源大僧正は、大変に霊力があったことから時代が下っても厄除け元三大師として広く信仰され、なんとその姿が鬼となって魔除けをする「鬼大師」としても祀られるようになった。こうしたことから、開山堂の豆まきは「福は内!」のみで、「鬼は外」を言わないのが大きな特徴。

つまり鬼大師として尊敬されたり、門番であったりといった鬼を退治してしまうわけにはいかないと考えられたことで、「鬼は外」を言わないのだと伝えられている。

「つまり、この場所は俺たちにとっても戦いやすい場所なわけだ」

九角が笑う。

《鬼道》により、柳生の配下たちを次々と異形に変えていく。

「助けられた恩を今ここで返させてもらうわ」

那智真璃子はそういって妖艶に笑った。

「あんた達は宝玉に集中なさい」

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