龍脈7完

戦闘の要である緋勇が敵に回り、味方に動揺が走る。

「龍君の《氣》が《陰気》に覆われていますッ!祓わなくてはッ!みなさん、《氣》を込めて攻撃してください」

「!」

「へ、大丈夫だ。心配いらねーよッ!ひーちゃんはこん中で1番つえーんだ、俺たちが遠慮する必要なんかねェよッ」

「雪連掌」

緋勇の声がする。だが、いつもとは違う。雰囲気が違う。構えは同じなのに殺気に溢れていた。

「ッ!」

「京一ッ!」

「へへ、容赦ねーな!」

体内で練った凍気を掌に乗せて敵を打つ技。その一撃は、雪中に咲く、睡蓮の花を模して華麗である。それは次第に昇華されていく。

「深雪」

見たことがない型だった。体内の氣を、雪中にのみ存在し得る純粋なる凍気に喩えた技が蓬莱寺に追い打ちをかける。静かなる息吹が、逆にその威力を物語っていた。

蓬莱寺は急所ははずしたものの、なかなかのダメージのようで顔が歪む。

「秘拳・玄武」

掌打に込めた最大の凍気をもって、対象物を破砕する奥義中の奥義が炸裂した。

「京君ッ!」

蓬莱寺は乱暴に血を拭った。

「へ、なかなかきいたぜッ。こうしてひーちゃんとマジモンのタイマンはなかなかねえからいい機会だッ!俺に任せて、お前ら支援よろしくなッ!」

「まったく、無茶をする......」

「京君に引き付けてもらって、私たちでなんとかしましょう」

「わかったわ。京一君、頑張って」

美里が蓬莱寺の強化をするために《力》をかけはじめる。

「巫炎」

「げッ、違う技まで昇華しながら戦う気かよッ!?」

敵への掌打の一撃と共に、炎の氣を一氣に放出する技が炸裂する。巫女に降りる神の炎を模してその名と成す技は、なかなかに強力だ。また技が昇華され、洗練されたものになっていく。

「ひーちゃんもつえーけど、あれだな。ひーちゃんのじいさんの全盛期もすごかったんだなァ。けどよッ、秘拳っていいながらひーちゃんの雪連掌となんら変わらねぇじゃねーかッ!」

「なんだって?」

「なるほど......龍麻のじいさんは師匠な訳だからな。古武道を継承する時には自分の中で確固たる秘技となったものを継承するんだ。龍麻の技は龍麻のじいさんの完成系を習ったんだ。無駄がないのか」

「なるほど」

「火杜」

猛り燃える炎の氣で、相手を覆い尽くし、掌打で打ち抜く技が炸裂する。その一打は、まさに炎の一撃だが、蓬莱寺は受けきった。

「そーいうことかよッ!ならいつもの組手のがよっぽどタメになるわけだ」

「くるぞ!」

「本題はこっからか!」

「秘拳・朱雀」

それは繰り出された掌打の一撃と共に、吹きすさぶ火焔の渦を巻き起こす技だった。その攻撃の前にすべては消失する。

「聖女の祈りよ、とどけ」

美里が《力》をつかった。

「これは......」

蓬莱寺がニヤリと笑う。

「すげえな、美里。まだまだ動けそうだぜ」

私は目を見開いた。

「葵ちゃん、これは......」

「私もみんなを守りたいの」

聖母の奇跡を信じる真摯な想いが天へと届き、悲観や困難を打ち破る加護が得られる。行動力が全回復した。

「さあこいよ、ひーちゃんッ!こっから先はぜってー行かせねえぜッ」

蓬莱寺が木刀を構えて挑発するなり、緋勇は一気に間合いに飛び込んできた。

「いっ?!」

「龍星脚」

天道を駆け抜けんとする龍の姿を模した蹴りが炸裂する。その勢いは風を呼び、旋風を伴って敵を滅殺する。

「浮龍脚」

「このッ!」

虚空に躍る左右一対の必殺脚。駆け抜ける右脚を追い撃つ左脚の姿が、浮龍と称されるほどの威力だ。

「秘拳・青龍」

宙を抜く龍脚と、地を砕く拳撃が合わさった無双の連続技を捌ききる。さすがは蓬莱寺だ。

「秘拳・白虎」

投げつつ打ち込み、そのまま全体重をかけての膝、そして組技へと変化する千変万化の必殺技が炸裂した。

「ぐっ......体が馴染んできやがったな!面白くなってきやがったぜ!」








緋勇は仲間たちの戦いのさなか、道心先生の術により、かつて祖父たちが体験した過去を幻覚を通して垣間見ていた。

士官学校の生徒が次々と失踪する怪事件を追いかけていくうちに、地下に軍部が秘密裏に作り上げた実験場があることが判明した。優秀な成績をおさめていた生徒たちが次々と犠牲になり、生き残った者が器として実験されていく。それは《アマツミカボシ》の《荒御魂》を降ろすために犠牲になった少女たちが入っていたカプセルポットに似ていた。そしてその向こう側にいる真っ赤な髪の男、柳生。そこは柳生が実質権力を握り、あらゆるものを掌握している地獄だった。

緋勇の祖父は道心先生たちと最終決戦に臨もうとして、《陰の器》たる少年の精神干渉をうけて体を乗っ取られてしまった。陰と陽はひとつになって始めて人間たりえる。人工的に器になった少年も、その影響により一時的に《氣》が著しく陽に傾いている祖父も、人間から外れた存在になりかけていたのだ。陰と陽はひとつになろうと足掻いている。このままではだめだとあがくが《力》が少年に吸収されてしまう。このままでは取り込まれてしまう。緋勇は必死で抵抗しようとした。そのときだ。

《万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以て和を為す》

祖父がいつも緋勇に言い聞かせてきた言葉が聞こえてきた。

《陰陽互根───────それすなわち陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することで己が成り立つ》

祖父でも父でもない。緋勇の知らない男の言葉だった。

《陰陽制約───────それすなわち、提携律。陰陽は互いにバランスをとるよう作用する。陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する》

敵か味方かすらわからなかったが、殺意や憎悪は感じられない。

《陰陽消長───────それすなわち拮抗律。陰虚すれば陽実し、陽虚すれば陰実する。陰実すれば陽虚し、陽実すれば陰虚する》

緋勇に優しく言い聞かせるような言霊だった。

《陰陽転化───────それすなわち循環律。陰極まれば、無極を経て陽に転化し、陽極まれば、無極を経て陰に転化する》

緋勇は自然と声に耳を傾けていた。

《陰陽可分───────それすなわち交錯律。陰陽それぞれの中に様々な段階の陰陽がある。陰中の陽、陰中の陰、陽中の陰、陽中の陽》

《緋勇龍麻、お前の中にも陰はある。陽が強くなりすぎているから不安定になり、陰を求めている》

声は優しく説いて聞かせてきた。

《まず、体内の気の変化を天地自然の陰陽の変化に順応させて、体内の気が交合する環境を整えることだ。人の身体と天地は相似関係にある。天地自然の陰陽の変化として、一年の季節の変化がある。陰が極まって陽が萌す冬至、次第に陽が伸長していき極まった夏至、そこで陰が萌し、極まって冬至となる。このように自然の変化を陰陽の気の消長変化として捉え、それを人間の体内の陰陽の変化と対応させるのだ。陰を拒むな、お前の体は陰を恋しがっているだけだ。受け入れろ、そして力に変えるのだ。陰と陽はもともとひとつの《力》にすぎぬ。器は本来ひとつだというのに、お前の器には陽しかない。それは万物の理に反する》

そのとき、緋勇の中にあった《力》が覚醒の片鱗を見せた。選ばれし者のみに宿る秘奥義。四神を従えた黄龍が天駆ける。

「なんだ!?」

「ひーちゃん!!」

「秘拳───────黄龍ッ!」

「あのバカ、自分で練り上げた《氣》を自分の中の《陰氣》にぶつけやがった!」

「ひーちゃんッ!!」

崩れ落ちる緋勇に私たちはかけつける。

「無茶しやがって、なにしてんだよばか」

小突かれた緋勇はごめんと笑った。

「声が聞こえたかァ?クソガキ」

「道心先生......あれは......」

「初代からのありがたいお言葉だ、よーく覚えとけよ」

「しかし、無茶苦茶しおるなァ......てめーは間違いなくアイツの孫で弦麻の息子だ」

道心先生は笑ったのだった。

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