龍脈1

「何故じゃ───────ッ!!何故、三山国王の岩戸を閉じたのじゃ!!あの中には、まだ、あやつが......」

「全ては、あの方が申し出されたこと......。御自ら、あの《凶星の者》を守護神の岩戸へと誘い出し、《力》を半減させたところでこの岩戸を閉じよ───────と」

「......」

「それは、我ら客家の者の意思でもございます」

「餓鬼が───────、己の身をていして、やつを封じる気だったのかよ」

「弦麻......」

「弦麻殿は、その身に変えてこの地を救ってくださった。我ら、客家封龍の者な、永劫───────弦麻殿の御名と、この岩戸を護り、伝えてゆきましょう。それが......我が一族に受け継がれる《宿星》でもあるのですから」

「......」

「あのクソガキめ、おれらには何も言わずに逝きおって。残された者の想いも少しは考えねェかッ!」

「......わしらだけではない。あの子にももう、何も残されてはいない......。父親の背中も、母親の温もりも......。この世界の継続と引き換えに、あの幼子は───────全てを失ってしもうた......」

「......」

「道心よ、お主はこれからどうするんじゃ?」

「そうだな───────。おれはもう少し、大陸に残ろうかと思う」

「そうか......。ならばわしは、一足先に日本へ帰るとするかの。この赤子を連れてな───────......。今から、あの男に顔をあわせるのがつらくてかなわん......この戦いの終わりは、あの時に匹敵する......」

「龍山......おめェには辛い役目を押し付けちまうが、その子のこと頼んだぜ」

「うむ。迦代さんの息子だ、《菩薩眼》の母と強い《氣》を持つ父の子だ。間違いなくこの子は......。じゃから、あの男に託すしかあるまい」

「そうだな......かつて《黄龍の器》だったあの男なら、きっと孫を立派に育てあげるだろうよ」

「出来ることなら、あの子には平穏な人生を送って欲しいんじゃがな......日本には《凶星の者》の配下が多すぎる......」

「そうかもしれねェな......。あの子の結ぶ縁が───────天地を巡る因果の輪が───────、決してその子を見逃してはくれねェだろうよ」

「......それでも、せめて、その時が訪れるまでは......古武道以外は、平凡な人としての平穏な暮らしを送らせてやってくれと頼みたい」

「......」

「宿命の星がけ、再び天に姿を現す、その時までは───────」

そして、龍山の話は終わった。

「そうして、日本へと戻ったわしは、奈良県にある《氣》を使う古武道の道場を営む本家、いわば父親の実家にその赤子を預けたのじゃ。それから、17年───────。お主は自らこの地へと戻ってきおった。お前さんの祖父から連絡を受けた時には驚いたわ。自らの意思で真神学園に転校するとは......。《宿星》という名の星に導かれ、自らの勇気で持って選びとった道じゃ。誇るといい、本当にお前さんは、弦麻ににておる。とてもな」

「龍山先生......」

緋勇は生まれて初めて、知らない父親のことをたくさん聞かせてもらったためか、涙ぐんでいる。

「龍山先生、俺がアイツに出会って、得体の知れない事件に巻き込まれて、真神学園にいくのは運命だったのか?」

「それは、少し違うのう。お前さんが緋勇龍麻たりえるのは、古武道を習い、祖父母に厳しくも愛情深く育てられ、奈良の田舎で自由に伸び伸びと育ったからじゃろう。人は一人では生きられん。そういう意味で、因果というものは縁として繋がったもの、緋勇龍麻という意思、環境、様々なものが複雑に絡みあい、ある程度の方向性をもちながら変わっていくものじゃ。それを人は運命というし、時に宿星という。人にはそれぞれ生まれもった星があるとな」

「宿星......」

「龍麻、お前さんは母親が《菩薩眼》である故に、父親が《氣》の強い男である故に、生まれながらに特異な《氣》をもっておる。それは時に人を惹きつけ、人ならざる者も惹きつけ、縁を結び、それは強い因果を産み、運命となり、宿星となるのじゃ。龍麻程の宿星は、人が生まれながらにして背負う定めにもつながる。死生命有り。富貴天に有り。古代中国において、人の進むべき道というのは、天命によって現世に生を受けると同時に定められておると信じられておった。それほどの強い宿星なのだ」

「運命、宿星、ねェ。けど、生まれた時から進む道が決まってるなんてよ、なんか......納得いかねぇよな?龍麻」

「そうでもないと思うよ?だって俺が緋勇龍麻である限り、きっと赤い髪の男を追いかけて東京に来てたし、奈良から出たことない俺が転校する学校なんて幼い頃に死んだ親の母校に決まってる。京一と仲良くなるのだって似たような流れだよ、きっと」

「へ、そうかよ。けっこう根性座ってんな、お前は」

「そりゃどーも」

「まァ、もし俺だったら何もかも逃げ出して、どっかへ逃げたくなっちまうかもな」

「ない」

「おい、ひーちゃん」

「それだけは絶対ない。一般人とはかけ離れた強さに焦がれてる感性してるきょーちゃんがそんなことするわけねーじゃん」

美里たちはつられて笑った。

「心配してくれたんだよな、ありがとう」

「まとめ役に凹まれたら困るんだよ、こないだみたいになッ!」

「おい、京一」

にやっと蓬莱寺は笑った。



龍山は少し笑ってから本題に戻った。

魔の星が出現して、龍脈が活性化し、その《力》を手に入れるために陰陽の争いが起こっている。それが赤い髪の男の正体だという。

龍山先生によれば、《鬼門》の方角から大いなる過ちと災いがこの地を震撼させるに至る。つまり、天下に異変が起きる予兆。かつて、弦麻が命を賭けて封じた客家の三山国王の岩戸は、東京からみて《鬼門》に位置する。大地の震撼とは、龍脈の活性化そのもの。敵が封印を解いて蘇った証である。今年は日本の東京に龍脈の《力》が集結するため、《力》を求めた敵が魔の星の出現と共に日本に現れるのは道理なのだという。

「お前さんは、《黄龍の器》と敵から呼ばれたことがあるそうじゃな。その意味するところは、こうじゃ。今こそ話そう。その特異な《氣》の意味するところを。そして、なぜ《菩薩眼》の女性が天下人に狙われ続けてきたのか」

古来より大陸に伝わる地相占術の風水において、《龍脈》とは巨大な《氣》のエネルギーの通路である。そのあまりに巨大な《氣》が及ぼす影響は、しばし歴史の中で人や時代を狂わせて来た。《龍脈》の《氣》による影響は森羅万象に及ぶ。ゆえに古来よりその膨大な《氣》のエネルギーを手にした者は、この世のすべてを手に入れることが出来るといわれた。その力を人は《黄龍》として崇めた。

「卑弥呼が古代日本における最初の《黄龍》を使う人間じゃった」

「九角んとこの!?」

「いかにも。《鬼道》とはすなわち《黄龍》を人工的に操作する術が全ての始まりじゃ。人工的に卑弥呼は一族の女に《鬼道》をかけ、自身が憑依することで国を守ってきた」

「そこまでしないと......生き残れなかったのか......」

「時代はくだり、150年前のこと。緋勇家の初代当主は生まれながらにして《黄龍の器》じゃった。古来より《黄龍》を降ろす器と操作する人間は別じゃった。《黄龍》を降ろしながら操作できる人間なぞ存在しえないとされてきた。それが突然生まれてきた。卑弥呼のみができたことが生まれながらの、しかも男が成し遂げた」

「なっ!?」

「《黄龍の器》ってそんな凄いの?!」

「のちに《菩薩眼》と強い《氣》の男のあいだに生まれた女は《菩薩眼》、男は《黄龍の器》になる可能性があるとわかった。後者は戦いのさなかに覚醒していくもので、平凡な日常を送るうえでは無自覚なままの場合も多い。他に複数の候補がいた場合、より強い宿星をもつ人間が覚醒するようじゃな。でなければ九角天戒が《黄龍の器》だったはずじゃ」

「!」

「そういえば、静姫は《菩薩眼》!」

「150年前、卑弥呼の《鬼道》により《黄龍》を手にしようとしたやつは扱いきれずに邪龍となり、お前さんたちの御先祖により倒された。じゃが《黄龍の器》の条件を帝国時代の戦いのさなかに研究したやつは、先に《黄龍の器》を手にしようと考えた。ほかの宿星と違い、全てを総べる《力》はわかれぬと考えたらしい。じゃが、そうではなかった。これより《黄龍の器》は先に《陰》が作られるようになる。全ては、九角天戒が《陰の書》しか渡らぬようにしたためだ。さいわい、今も。帝国時代の資料は戦後の混乱であまり残っておらぬが、失敗したところを倒すことができたようじゃ。そして、今。帝国時代から力を蓄え続けてきたやつは本格的に動き出そうとしておる。なにを考えておるのかはわからんが、龍麻、お前さんの《黄龍の陽の器》たる《力》は極端なまでに高まっておる」

「───────っ!!」

「まさか、これまでの戦いは......」

「その、まさかじゃ。やつはわざと事件を起こしておる。今年、この東京に眠る《龍脈》は18年のサイクルを経て最大のエネルギーを蓄えつつある。その《氣》の影響でこの東京は狂気の坩堝とかしており、《力》に目覚める者が増えてきた。すべての始まりは、お前さんが東京に来たからじゃ、龍麻。気をつけるんじゃ、やつは余程自信があるとみえる。一筋縄ではいかんぞ」

張り詰めた空気があたりをつつみこんだ。

「人はそれぞれ様々な星の下に様々な宿を背負い生まれてくる。それを知り、立ち向かい、乗り越えることこそが人が生まれ生きていくことの本当の意味じゃとわしは思うのじゃよ。龍麻、お前さんの両親は、お前さんの生きる未来のために闘い、そしてついにはどちらも帰らなんだ。大いなるふたつの《力》を受け継ぎ、自らの意思で邪悪と闘ってきたお前さんには、たくさんの仲間ができた。あとはやるべきことを知るだけじゃ」

龍山先生は私達に視線をなげた。自然とみんなの視線が私達にむく。

「まーちゃん!?なんで?しかも校長先生まで!」

「それはね、桜井さん。ここからは私が話さなくてはならないからなの。愛さんのことも、《如来眼》のことも、赤い髪の男との因果も......」

そして時須佐槙絵は話し始めるのだ。柳生という男と《龍閃組》、《鬼道衆》の戦いから始まる今に至るまでの戦いの歴史を。

そして。

「え、あ、待ってくれよ、校長先生。18年前にまーちゃんが帰ったって......10年前のはずじゃ?」

「それはね、緋勇君。私が呼んだの」

「えっ」

「そんな」

「《アマツミカボシ》の秘跡を集めて、降臨させる邪法を......ッ!?」

「校長先生が!?」

「今でも思い出せますよ。2度目がないことを祈っている、っていったのは、敵対勢力として召喚される可能性があるということです。まさかおばあちゃんが《アマツミカボシ》ではなく、私を呼ぼうとするなんて。しかも《アマツミカボシ》の怒りを買うとわかっている召喚方法で。そんなの、止めるに決まってるじゃないですか」

「まーちゃん......」

「私もこの歳になるとね、《如来眼》の加護から離れてしまったの。あの男との戦いで家族を失った私は、時須佐家唯一の女になってしまった。《菩薩眼》と違って《如来眼》は時須佐家以外に継承されたことがないから、全くの未知数でね。比良坂親子の悲劇を目の当たりにして、私は重責に耐えきれなくなってしまったのよ」

「私が前憑依していたのも翡翠の幼馴染だったので、《如来眼》の重要性はすぐにわかりました。だから私は協力したんです。《アマツミカボシ》は《如来眼》の源流ですから、私が現れたことで宿星の強さにより、《如来眼》は無事私に継承されたというわけです。この際だからお話しましょうか、《天御子》と《菩薩眼》の関係について。いいですよね?御門さん」

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