魔獣行6

タイミング悪く雨が降り出し、途中のコンビニで買った傘をさしながら私達は先を急いだ。

目的地の最寄り駅はJR山手線の日暮里駅。まずは日暮里駅の南口を出て、僅か100メートルほどの場所に向かう。

そこは江戸時代、日蓮の弟子・日源によって1274年に開山された感応寺の墓所で、1833年に天王寺と改称された。この天王寺が有名になったのが、目黒不動、湯島天神と共に“江戸の三富”として富くじ(現在の宝くじ)が販売されたことだ。

この客を当て込んで茶屋が参道入り口に立ち並び、現在でもその名残から墓地関係者は中央園路にある花屋のことを「お茶屋」と呼んでいる。

こうしたこともあって江戸時代大いに繁栄した天王寺だったが、明治維新の後、政府は神仏分離政策を進め、神式による葬儀も増えた。

しかし、墓地の多くは寺院の所有であったため埋葬場所の確保が難しく、公共の墓地を整備する必要にせまられていた。1874年に明治政府は、天王寺の寺域の一部を没収し、東京府管轄の公共墓地として谷中墓地を開設した。

それこそが私達の目指す谷中霊園(やなかれいえん)。東京都台東区谷中七丁目にある都立霊園である。旧称の谷中墓地(やなかぼち)と呼ばれることも多い。谷中の寺町の中にあって、寛永寺や天王寺の墓地が入り組んで一団の墓域を形成している。

霊園の北側はJRの線路に接する高台となり、園内は明るく静かで、著名な画家や文学者、俳優なども眠っている。開設は明治7年で、面積は約10ヘクタール。 東京ドーム2つ分以上に相当し、およそ7,000基の墓がある。徳川家15代将軍慶喜や鳩山一郎・横山大観・渋沢栄一などが眠ることでも知られている。


様々な歴史や文化を垣間見れる谷中霊園は閑静な佇まいのなかでも、どことなく下町の親しみやすさのある霊園だ。あくまで霊園だから節度を持つのは当然だが、散策をするのも楽しいと思う人もいるようで、ちらほら人を見かけた。


「なんで谷中霊園だって思ったんだ、月(ゆえ)?」

「ええ質問やね、アニキ。明治政府が作った《将門公の結界》を弱体化させつつ新たに鬼門を封じる《結界》な、ここがちょうど中央の靖国神社からみて鬼門にあたるねん」

「鬼門......」

「なるほど、だからですか」

「どーやろ、槙乃はん。あたっとるやろか?」

「ええ、憑依師がなにか仕掛けているのか、《氣》の流れが明らかにおかしいです。こういう《結界》は《龍脈》の流れを利用するものですが、循環するはずの流れが明らかに澱んでいますね」

「ビンゴやな」

谷中霊園は寛永寺の敷地と隣接していることがますます私に緊張感をもたらしていた。実は寛永寺はいわゆる最終決戦の地にあたる場所なのである。今はまだ力を蓄えている時期だからだろうか、意を決して《如来眼》で解析を試みたが、敷地を横切っても憑依師による変異を超えるものは感知することが出来なかった。

私達は谷中霊園敷地内を進んでいく。

《氣》が淀み始めた。私でなくてもみんなわかるようになってきたようで、不安そうにきょろきょろしている。


「お前たち人間は、ボクの仲間をたくさん殺した。自分たちの都合だけで、ボクの仲間を、何万匹もッ!!」

「うふふふふ......美味しそうなお兄さんたちだこと......。どこから食べようかしら?頭から?手から?足から?ああ迷っちゃうわ......」

「君たち、俺たちの王を知らないか?殺戮と狂気を教えてくれた、我が王をッ!」

人間にしか見えない子供が私達を指差し糾弾したかと思えば、焦点があわないスーツ姿の女性が血みどろの口を拭いながら笑い出す。あるいは目が異様にギラギラした男性が自分は鳥だと主張するように両手をばたつかせている。

この広大な谷中霊園敷地内は、どうやら動物に憑かれた人間たちの巣窟になっているらしい。狂ったように笑いながら走ってくる子供たち。私達は妙な不安とざわめきに囚われている。

美里がなにかいると怯え始め、緋勇が明らかに警戒し始める。醍醐は取り繕いもせず、おどおどしながら怯えている。蓬莱寺は油断無く辺りを見回していると、人の気配が微塵もしない男たちも近づいてきた。

「君たち…......死にたいとおもったことあるかい?俺はあるよォ…。いつもいつもいつもだ」

焦点の定まらない目と、口の端から零れ続ける涎が、発狂していることを示していた。心にかかえたなにかしらの不満と、復讐を呟く男は、少年たちと口々に呪詛を吐き出しはじめる。

「やっぱり、食べちゃえばいいのかなァ。あのムカつく上司も、生意気な部下も、ノリが悪いパートもッ!」

「まさかこれが、みんな憑依された人たちなのッ!?」

桜井もさすがに10人を超えたあたりから僅かに怯えの色が走る。

「間違いないですね、憑依師の呪詛の巣窟だ」

私がそういった矢先、們天丸から預かっている法螺貝ががたがたと暴れはじめる。私は風呂敷を解いた。

「うおッ、なんやごっついもんもっとるやん、槙乃はん。どないしたん?」

「以前お話した們天丸さんからお預かりしたんです。きっと役にたつからって」

吹いたらいいんだろうか、と思うより先に法螺貝の音が勝手になり始めた。

「ぎえあああッ!」

「やめろッ!その音をやめろォッ!」

「やめなさいッ!お経を唱えるのをやめてくださいッ!頭が、頭が割れるゥッ!!!」

たくさんの人間たちがもがき苦しみ始めた。

「よし、今だ!今の隙にこの人達を呪縛から解き放つんだッ!手加減しながら闘ってくれ、みんな。絶対に近づくな」

緋勇が《旧神の印》に《氣》を込めて、《加護》を得る。そしてなるべく距離を保ちながら《氣》を放った。その一連の流れをみた仲間たちはうなずいて一斉に攻撃に入る。

們天丸からもらったお守りのおかげか、近づいてこようとする動物憑きが私のところに集中することはなく、一定の距離をもって唸っている。緋勇たちにも近づけないようだ。もちろん、耐性があるさやかたちにもだ。



「ウヒヒヒヒヒッ!!」

男の嘲笑が谷中霊園に響きわたる。

「こうなったらやるしかねェッ!!霧島ァ!!ビビるんじゃねェぞッ!!」

「は…......はいッ!!」

「霧島、京一と《氣》を一緒に放ってみてくれ。お前たちならできる」

「わ、わかりました!」

「行くぜッ───!!」

2人が放った《氣》が巨大な光を爆発させて目前のサラリーマンたちをまとめて薙ぎ払った。

「こ、これは......」

「《方陣》ッつーんだ、覚えとけよッ。しっかしやるじゃねェか、霧島。さすがはさやかちゃんの騎士気取るだけはあるねェ」

「あ、ありがとうございます、蓬莱......いや、京一センパイッ!」

「お、おう......?まァいいか。よし、迂闊に飛び込まずに距離保って攻撃してくぞ。諸羽、いいなッ?」

「わかりましたッ!」

私はなり続ける法螺貝をかかえたまま、《如来眼》で解析をしながらあたりを見渡す。まだ憑依師はいないようだ。それを伝えると、緋勇がうなずくなり、正面に立ち塞がる少年たちを攻撃した。翡翠も遠慮無く、動物つきたちをふき飛ばす。

そして、この闘いは別の意味で苦戦を強いられることとなった。

「ギャッ!!」

男が簡単に吹き飛び、壁に激突した。

「グルルルルルゥッ!」

すぐに起き上がり、また立ち向かってくるが、その足はおかしな方向にねじ曲がったままだ。

「───ッ。」

明らかに折れている腕で、戸惑うことなく反撃してくる。相手は、何かに憑依されてはいるが、元はただの一般人だ。特別鍛えてでもいない限り、《氣》を持った緋勇たちの攻撃に耐えられない。なのに、どれほど傷付いても退かず、攻撃をやめないので始末に負えない。

「わ、解ってたけどッ......やりにきいなァ、おいッ!峰打ちしてんだからさっさと倒されろよ、めんどくせぇなァッ!」

「本能のまま攻撃してるくせに生存本能は死んでるのかッ!?」

「まったくだ!」

蓬莱寺と緋勇は背中を合わせて愚痴る。蓬莱寺は刀を軽く持ち直し、敵に当たる寸前で峰打ちとする体勢は整え、きりかかる。緋勇も《氣》を放ったが、加減しているためダメージは微々たるものだ。

「ど、どうすればいいですか......京一先輩ッ!」

「どうしろって......」

勝手の分からない霧島が、子供に囲まれ、じりじりと後退している。

「来るな、来るなァッ!」

桜井たちも威嚇射撃を繰り返すが、敵は意にも介さない。醍醐は敵の首に手刀を入れ、気絶させたところだった。

「───霧島くんッ!!みなさん!私も戦います!」

「えっ!?さやかちゃん!?」

「大丈夫、なんとかしてみせます」

さやかは両手を胸に添えて息を吐き出すと、スッとその手を前に差し出し、歌い始めた。

さやかの透明なソプラノが谷中霊園全体に響き渡り、一瞬味方も、敵さえも動きが止まる。思わず見惚れていると、彼女の身体から神聖な光が溢れ出した。

動物憑きたちが苦しみ始める。次々と気絶し始めた。どうやら解呪に成功したようである。

「ありがとう、さやか」

「はい」

「法螺貝は鳴り止まないな」

「ですねえ」

ようやく前哨戦を終えた私達は先を急いだのだった。

 

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