魔獣行4


雑司ヶ谷霊園、青山霊園、築地本願寺、谷中霊園、靖国神社。これらが約260年も続いた徳川幕府が終わりを告げ、明治政府が新たに鬼門封じを試みたさいに作ったとされる結界だ。明治政府は平将門公にまつわる7つの神社を分断するべく、靖国神社を中心とした結界を張った。

靖国神社は国のために戦死した人々を祀っている場所。谷中霊園は明治6年にできた神式公共霊園。雑司ヶ谷霊園も明治6年にできた神式公共霊園。築地本願寺は江戸最大の庶民の墓所。青山霊園は明治6年にできた神式公共霊園。

谷中霊園〜青山霊園にかけては靖国神社を中心に正確な長方形となっている。つまりは人霊による結界を張ったということだ。この明治政府の結界によって、将門公の北斗七星の結界ラインは切られてしまった。

さらに霊的にもとても強い結界力を持つ「鉄」の線路で囲んだ山手線は明治16年に開業、明治42年に本格的に運行を開始した。

古来から日本は天変地異が続くとそれを一人の人間の祟りと考え、その人間を祀ることで災いを鎮めるということをしてきた歴史もあり、色々な要素が重なって怨霊という話になっていった。

いずれにせよ長い間、江戸(東京)の町を守っているのだからこれからも畏敬と感謝の気持ちを忘れずにお参りすべきなのだ。

その結界を悪意ある者が水面下で破ろうと暗躍している。考えるだけでゾッとする話である。

放課後になり、翡翠と合流した私達はまず雑司ヶ谷霊園を目指すことにしたのである。


「さっきからどうした、京一」

「あのよ〜、アン子がいってたバケモンに食い殺されたのが男ばっかだっていうあれ、なんか気になるんだよな」

「怖いよね〜」

「ちょっとコンビニ寄っていいか?」

「どーしたんだろ、京一」

しばらくして京一はグラビア表紙の少年誌をだしてきた。

「これから墓場に行くってのになに考えてんのさ、京一」

「ふざけてなんかねーさ、ほらみろよ」

京一がさしだしてきた雑誌には、今をときめく舞園さやか。今でいう清純派アイドルの走りみたいな女子高生の特集記事が組まれているのだが、イベントが行われたと書いてあった。

「京一、ファンだっけ」

「プールの撮影に連れてかれたなそういえば」

「ここみろよ、ここ!イベントあった場所と被害者がいる時間帯がぜんぶ一致してんだよ!」

「えっ!?」

「うそ!?」

「うそじゃねェさ。なーんかひっかかると思ったらやっぱりそうだ!ここんとこ《鬼道衆》やら赤い髪の男やらで忙しくてイベント参加できねーから悔しかったから覚えてたんだよッ!」

「ということは、まさか......」

「被害者全員さやかちゃんのファンに間違いねェぜ」

「もしかして、熱狂的なファンに《力》に目覚めた者がいるのでは?アイドルって結構いるっていいますし」

私の言葉に京一がひきつった。

「やっぱりかよォッ!!んな野郎がファンなんてさやかちゃんがあぶねえじゃねーかッ!こうしちゃいられねェ、憑依師のやつをはやいとこぶっ倒さないとなッ!!」

蓬莱寺がいつになくやる気満々である。

「けど、京一がそんなにさやかちゃんのファンだったなんて、ボク、知らなかったなァ。言われてみればたしかにいい歌歌うもんね」

「ドラマのテーマ曲がよく流れているけど、たしかに元気になれるわ」

「そういえば、さやかちゃんの歌を聴いた植物状態の人が目を覚ましたり、病気が治ったり、何だかすごい効果があるって話題になりましたよね。ヒーリングなんとかですっけ」

「なんとかテラピーみたいな?」

「心理的だけでなく、身体的にも効果があるらしいです。気になって《如来眼》で見たことあるんですが、どうやら彼女も《力》に目覚めて......」

「にゃにおー!?」

「わあ!?」

「まーちゃんの阿呆!なんでそんな大事なこと今まで隠してたんだよッ!!」

「隠してないですよッ!さやかちゃんはアイドルじゃないですか!そもそも会える保証なんてないですって!」

「うっ、そりゃそうだけどよ〜。さやかちゃんと同じ《力》だって聞いたらテンションどんだけ上がると思ってんだッ!少なくても怖がる奴はいなかったはずだぜ!」

「た、たしかに......」

「まーちゃん、まーちゃん落ち着いて。ふーん、聞いてるとみんなさやかちゃん好きみたいだね。たしかにいい子なイメージ。ねェ、ひーちゃん。もしかして、龍麻クンも、こういうコが好みだったりして?」

「さやかちゃん?可愛いとは思うけどアイドルだしな、好みとはまた違うよ」

「俺の愛するさやかちゃんを侮辱するたァ、いい度胸だッ!!」

「そっかあ、やっぱり大人しめな子が好きなんだねッ!よかったね、葵!」

「え、ちょッ......小蒔....またそういうこと......。もう......」

美里は困ったように緋勇をみた。緋勇は笑ってかえす。美里はちょっと嬉しそうだった。青春だなあ。

そんな緋勇の肩を抱きながら蓬莱寺はお構い無しで舞園さやかの素晴らしさについて語っている。

京一が舞園さやかを好きな理由は、「奇跡の歌声」とまで言われる歌や、現実に居るのかと疑ってしまう程に愛らしく華奢な姿形もあったが、その言動や立ち居振る舞いが好ましいためらしい。わずか十六歳にして「平成の歌姫」と呼ばれ、アイドルとして地位を確立し、学生生活もままならない程仕事をこなしているのに、TVで見る彼女はいつも明るく、素直で楽しそうである。

芸能人であるからには、そういった姿も「演技」でしかないのかも知れないが、彼女の透明なほどに清らかな笑顔は、とても演技とは思えない程優しげで、しかもどこか芯が通っているように感じられる。見る者全てに安らぎを与えるのは、そんなところから来ているような気がするのだ。

「本当にそうなら、会って話をしてみたいわ。それに、そんな人が私たちの仲間になってくれたら、とっても心強いでしょうね」

美里の言葉にだろーと蓬莱寺はご満悦な様子だ。

「ファンが《力》の持ち主ならはやいとこ倒さないとやべーぜ、早く行こうぜ」

その時だ。何かが、何か見えては行けないなにかが見えた。慌てて振り向いたが、特に奇妙なものも、人間も見あたらない。自分でも、何が見えたのか解らなかった。目の端に残る映像を、必死で思い出す。紅い、残像。確かに、「何か」が居た。「それ」が私の視界を横切っていった。

「まーちゃん、どうした?」

蓬莱寺に声をかけられた私は言葉につまる。

「いま、今なにか......」

如月も私の異変に気づいたのか歩みをとめた。

「愛?」

「いちゃいけないものが......」

緋勇たちが気づいたのか次々に止まっていく。私は冷や汗がとまらない。こんな街中で何かが起きるとも思えなかったが、今まで感じた事のないような不気味な「影」である。
 
本能が警鐘を鳴らし始める。

「愛?大丈夫か?」

「槙乃ちゃん、ひどい顔だわ、どうしたの?」

「憑依師を見つけたのか?」

「違う......」

「え?」

「違う......なんでいるの......なんでここにいるの、この邪悪な《氣》は、まさかッ」

私は如月たちの制止を振り切り走り出すのだ。私としたことがなぜ今の今まで忘れていたのだろうか、柳生側には《天御子》の影がチラついているのである。

舞園さやかはたしかに華やかな容姿と柔らかい人柄、そして妙なる歌声で今をときめくトップアイドルの美少女だ。その歌声には人々を癒す特殊な「力」が宿っている。霧島諸羽と親しく、彼を強く信頼している。 宿星は「八尺(やさか)」である。問題は櫛名田比売(くしなだひめ)の転生体であることだ。

そして霧島諸羽は文京区の鳳銘(ほうめい)高校1年D組。 礼儀正しく真面目な少年で、西洋剣術の使い手。同じく剣を使う蓬莱寺京一を先輩と呼んで深く慕う(友好度によっては緋勇龍麻にも先輩と呼ぶ)。舞園さやかと親しく、彼女の私設ボディガードを勤める。元々「力」は持っていなかったが、「さやかを護る」という気持ちから力が目覚める運命にあり、宿星は「忠星」であり、また「須佐之男命(すさのおのみこと)」の転生体でもある。

そう、《天御子》またの名を天津神という超古代文明に牛耳られた大和朝廷の天照の実の弟。実際は国津神ゆえに実験体にされたり、残虐な扱いを受けたりした民の有力者のひとり。その転生体がいるとして、放っておくわけがないのである。

そんな私を嘲笑うかのように、悲鳴が裏路地から聞こえた。私がかけつけるとその場に座り込み、動けないさやかと叩きつけられたのか苦悶の表情をうかべる霧島の姿があった。

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