魔獣行2

私は們天丸に聞いた話を如月骨董屋を尋ねるついでに話して聞かせた。貸してもらった法螺貝を鑑定してもらうためだ。私の《如来眼》による解析では未知の《力》が秘められたアーティファクトであることしかわからなかったのだ。

私が風呂敷から出した法螺貝を見るなり固まった翡翠が再起動したのは、たっぷり時間が経ってからだった。

「............們天丸が本当にこれを?」

私は頷いた。

「私も驚きました。昨日はちょうど翡翠が仲間になった頃の話をしたあと、ついでに花園神社のおみくじや《鬼》に変生した人達について話したんです。そしたら、《将門公の結界》について教えてくれました。これから特に気をつけろって。その話のあと、貸してくれたんです。やっぱり大天狗からみても十を生かして九に死すはかなりやばい文言みたいで」

「これは......かなり価値がある代物だな。もしかしたら、ほんとに們天丸の愛用している法螺貝かもしれない」

「うっわあ......やっぱり本物なんですね......只事じゃないじゃないですかァ......。們天丸さんが直々に貸してくれるって、神通力でなにが見えたんでしょうね......。どんだけやばい危機が迫ってるの!?勘弁してよ!しかもそれが9回もあるとか命が何個あっても足りないんですけどッ!!」

たまらず叫ぶ私に翡翠は苦笑いした。

「笑い事じゃないですよ、翡翠」

「いや......すまない。君ならそうだよな、そうなるなと思って」

「はい?なにか他に意味が?」

「毎回、見返りもなくアイテムをくれるだろう?少しは下心を意識してあげた方がいいんじゃないか?」

「下心」

「犬神先生にも忠告されたとボヤいたじゃないか、さっき」

「いや、だって......ええ......?なんかピンとこないんですよ。たしかに天狗攫いは衆道の隠喩だっていうし、們天丸さんは吉原に入り浸ってたらしいので好みは広いんだと思いますけど。們天丸さんが私に......?うーん?」

「いつの間にか天野はんから愛はんに変わってるじゃないか」

「そんな事言われても、龍君や京君はすでに渾名ですよ?私だけ特別ではありませんし」

「どうだろうな、君以外に名前で呼んでいないようだが。普通、天狗が法螺貝を託すなんて聞いたことがない。法螺貝の音色には、衆生の迷夢を覚し、諸悪を祓う力があるといわれている。音を様々に組み合わせて、獅子吼に擬して仏の説法とし、悪魔降伏の威力を発揮するとされ、更には山中を駈ける修験者同士の意思疎通を図る法具として用いられているんだ。君の言う通り、心配なんだろう。とても」

「そういうものなんでしょうか......?們天丸さんのことだから、そんな回りくどいことしないで直球でナンパしそうですけど」

「なんでそんなに冷静なんだ、愛。僕が彼ならいたたまれないな」

「いやだって、ねえ?」

「ねえって言われても困るよ。なんだって他人事なんだ?」

「們天丸さんだったら、龍君の御先祖様はあの黒い数珠を九角天戒さんの友情をとって渡したようだから、リベンジしそうだなと思ってですね」

「150年前の?」

「150年前の。現にすごい勢いで龍君と仲良くなってますし、們天丸さん」

「いや......それは仲間の末裔と会えたから助けしたいんだと思うよ。龍麻は僕達のまとめ役だから自然と会話が多くなるんだろう。崇徳院直々の依頼だというし。でも崇徳院の依頼とはいえ、君から話を聞くことにこだわっているじゃないか」

「うーん......?やけに食い下がりますね、翡翠」

「そうかい?僕からしたら毎晩們天丸と中庭で密会してるのに、なにもない君の方が不思議だよ」

「ええ......そんなにですか......?うーん......。というか密会って」

「人目を忍んで中庭で会ってるんだから密会だろ」

「密会っていいたいだけでしょう、翡翠。だいたいなにかあったら、法螺貝見せに来ないですよ私」

「この商売柄、彼氏のプレゼント売りに来る女性は意外と多いよ」

「言い方にさっきから悪意がありますよ。違いますからね、翡翠。なにいってるんですか。言ってる傍から笑ってるし。からかわないでくださいよ、もう。だいたい、他にも美人な女性は多いのになぜ私を口説いていると思うんだか。們天丸さんは女好きだから私に良くしてくれるのもその一環にすぎないですよ、きっと」

「やけに饒舌だね、愛」

「なッ!?ひ、翡翠が変なこというからよッ!」

翡翠はさっきから肩が震えている。いつもこの手の話題になると私がからかうから意表返しのつもりなのだろうか。

いやだって、いつまでたっても学校で出会うはずのパソコン関係のビジネスパートナー兼相方(意味深)を紹介してくれない翡翠が悪いのだ。はやく2人二人三脚になって事業拡大するのをこの目で見たくて楽しみにしているのに。

忘れもしない。

九龍妖魔学園紀において亀急便のホームページを管理する女性の存在を知った瞬間に、私は推しから翡翠を外したのだ。報われる見込みのないその感情の火を、必死で踏み消そうとしたのが懐かしい。

いつか現れる女性がいるのだ。誤ったかたちで結ばれかけている自分たちの関係を、一旦解いて、正しいかたちに結わえ直す時は必ずくる。手に入れてすらいないうちに失うのだ。告白してふられたとか彼女ができたとか幻滅するわけではない。ただライフワーク化している永遠に続きそうな日常に期限があることを私は自覚している。私は帰るのだ。この戦いが終わったら。真神学園を卒業したら。そういう約束だから。だから私は明確に言葉に、あるいは態度にされなければ反応する気は微塵もないのだ。

人の気も知らないで、といいたくなるが未来予知になるので言うわけにはいかない。

「すまない、愛が面白いからつい」

「翡翠」

「ごめん」

私は肩を竦めた。

「それで、們天丸が話した《将門公の結界》というのは?」

私は掻い摘んで説明した。

「靖国神社を中心とした雑司が谷霊園、谷中霊園、築地本願寺、青山霊園を結んだ結界崩し、か。わかった。《五色の摩尼》や《将門公の結界》だけでなく、そちらも回ってみよう」

「翡翠だけじゃ無理ですよ、場所が多すぎます。明日龍君たちに話すので放課後まで待ってください」

「わかった。ここに来てくれるのを待っているよ」

「アン子ちゃんから天野記者に連絡を入れてもらいますので、少し遅くなるかもしれません」

「巻き込むのか?初めから」

「はい。そしたら私達に話を聞きに来てくれると思います。私達から情報提供しないと天野記者、いつも危険な目にあってしまいますから」

「君の親友みたいにか」

「そうなんですよ。それがアン子ちゃんたちのいいところなんですが。さっき言った結界崩しの場所でなにか異変が起きていないか、調べてもらおうと思いまして」

「なるほど。柳生たちがなにか仕掛けてくるとしたら、一人で行かせるのは危険だしな」

「そういうことです」

私はうなずいた。

おそらく次の敵は低俗霊からヤマタノオロチに至るまで、あらゆる霊を人間に憑依させることができる《憑依師》という《力》を持つ人間だ。

敵は幽霊を憑依させられ、理性がふきとび本能のまま暴れまくるたくさんの一般人。あるいは次々に操られていく仲間たち。

すでに劉が仲間になっていることを考えると心強いが、花園神社のおみくじや們天丸の法螺貝を考えると嫌な予感しかしないのだ。

「翡翠も1人では絶対に行かないでくださいね」

「わかってるさ」


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