旧校舎地下

翌日の放課後、緋勇たちが新聞部を訪ねてきた。話したいことがあるらしい。隣の教室から無断で椅子を借用したものの、もともとそれほど広い部室ではないため、さすがに7人となると圧迫感がある。遠野は記事にするかはおいといて、私が個人的に調べてきた連続猟奇的殺人事件に繋がる事件がたてつづけに起きたため記録する気満々である。私もみんなの同意をえて録音することにした。

《狂気が満ちる。狂気と混沌の帳がおりる。何人たりとも逃れる事はできない。お前は相応しいか。闇の世界を生きる者に。《力》を持つに足りうるか。見せてみるがいい。愚かなる人の《力》を。見せてみるがいい。お前のいう人の《力》がどれほどのものか》

これが莎草が傀儡の《力》に目覚めるきっかけになった赤い長髪の男の言葉である。それを反芻するうちに、緋勇はあることに気がついたという。

莎草は赤い髪の男に《力》を無理やり与えられた、あるいは無理やり目覚めさせられたのではないか。ほかの3人の男子高校生が男に殺されて、莎草が殺されなかったのは、《力》に目覚めたかどうかではないか。つまり、赤い髪の男は《力》をあたえては猟奇的な殺人事件を起こし、連鎖的に《力》に目覚めた高校生たちに事件を起こさせているのではないか。そう考えたというのだ。《力》に目覚めないとどのみち死ぬ運命だったのだと。

莎草は《力》に目覚めたが、怖くなり事件について一切口外しなかった。しかし、傀儡という人の運命を操る糸を操作できる《力》は莎草のただでさえひん曲がっていた性分をさらにねじ曲げてしまった。やがて傷害事件を起こして転校となり、たくさんの人を傷つけた挙句の果てに自分の《力》を制御できなくなり化け物になった。

そう考えれば今の状況証拠と矛盾なく説明することができる。

「赤い髪の男に《力》を目覚めさせられたんだとしても、化け物になったのは莎草自身の問題だと思うんだ」

「つまり......《氣》をつかえていた小蒔たちはともかく、あの声を聞いてから《力》を使えるようになった私は......下手をしたら男子高校生みたいになっていたのかもしれないのね......」

美里の顔色は悪い。

「赤い髪の男に目覚めさせられたわけじゃないから大丈夫じゃない?美里ちゃん」

「でも......《目覚めよ》という声が誰だったのか、わからないままよね?」

「それは......」

「そういや、緋勇が聞いたっていう声の主も見つからなかったよな〜、あのあと」

「大丈夫だよッ!莎草はひとりでずっと抱え込んでたけど、葵にはボクたちがいるじゃないか!悩みを共有できる仲間がッ!」

「そうだな。《力》に溺れたせいで化け物になるのだとしたら、冷静に話し合える俺達は恵まれているだろう」

「緋勇がいなかったら、わけのわかんねーまんま《力》に目覚めてたわけか......ゾッとするぜ」

「そうね......緋勇君が莎草君について話してくれなかったら、私は今みたいに落ち着いていられなかったと思う。ありがとう」

緋勇は首を振った。

「感謝してるのは俺の方だ。なんの確証もないまま奈良から飛び出してこの学園に転校してきた俺からしたら、本当に不安でたまらなかったんだ。受け入れてくれたみんなが《力》に目覚めたのは、みんなにとっては不本意かもしれないけど、俺からしたらうれしい」

「へへッ、なんだ。みんか不安だったんじゃねーかッ!話してよかったな!」

「そうだな」

緋勇は私たちを見渡した。誰も否定的な表情はのぞいていない。

「今わかってるのは、赤い髪の男が高校生たちを《力》に目覚めさせて、なにか企んでいることだけだ。みんなが《力》に目覚めてくれたことは俺は悪くないタイミングだと思ってる」

「そうだなッ、緋勇は一人じゃないんだ」

「そいつを追い詰めることかんがえたら、よかったのかもしれないな。少なくても俺達は戦えるわけだから」

「なるほど......たしかにそうだね。新宿にそんなヤバいやつがいるなら、《力》があれば家族や友達を守れるし」

「守れる《力》......私は戦えるような《力》ではないけれど、巻き込まれた人を助けられるもの。そういわれると目覚めてよかったかもしれない」

「なんで俺達が《力》に目覚めたのかわからない以上、それぞれが納得できるような理由を見つけるしかない。今はそれでいいとおもう」

緋勇の言葉にみんな頷いた。

「ものは相談なんだけど、今日も旧校舎にいってみないか?地下に陸軍の施設があるっていうなら、あのコウモリや黒い塊はそこにある何かのせいでああなった可能性がある。それに謎の声の正体もわかるかもしれない」

「そうだな、あの魔法陣みてーなやつ、他にもできるか試してみてーし」

「緋勇のいうことも一理あるな」

「ボクも賛成!今更危ないからって言われても仲間はずれはなしだからね?」

「私も連れて行って。この《力》をどうして授かったのか私も知りたいの」

「よーし、そういうことなら旧校舎の鍵、コピーしちゃう?美里ちゃん、また借りてきてよ」

「ええ......いけないことだけど、必要なことだもの。わかったわ」

「人目がなくなってからにしようね。部活終わりとか」

「そうだな」

「これで決まりだな」

みんなの話し合いが終わり、私は録音をやめた。

「ところで槙乃」

「はい?」

急に呼ばれた私は緋勇をみた。

「聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「はい?なんでしょうか?」

「実は気になって昨日帰る時に旧校舎をわざと遠回りして出てきたんだ。あらゆる壁にあったはずの何かが全部破壊されていた。そんなことが出来るのは、犬神先生か槙乃しかいないだろ。あの時助けてくれたのは、槙乃なんじゃないのか?」

「緋勇くん......」

私は目を丸くするしかない。たしかに旧校舎に入る直前に亜空間に転送されるトラップを感知した私は、別の所から入ってその亜空間を発生させていた邪神のトラップを破壊して回ったのだ。旧校舎を探し回っても緋勇たちが見つけられず、邪神を祓うしかないと思って弱点と思われる状況を作り出すために校庭の灯りをつけまくり、消えない不自然な黒い塊を見つけて祓ったのだ。

あの時は必死だった。無我夢中だった。犬神先生にスイッチを入れているところを見つけるまではなにを考えていたのか正直覚えていなかったりする。

「それに、俺声を聞いたんだ」

「こえですか」

「《戦いを通じて貴公の輝きに惹かれました。 願わくは…その輝きと共に在りたい。 これからは貴公に降りかかる厄災への 逆光となることを誓いましょう》」

「それは......」

面と向かっていわれるとなかなか恥ずかしいものがある。みんなの視線が集中するから尚更だ。
 
「あの声は君だろ、槙乃。あの時感じた《氣》は君のものだった」

「ほんとなの?槙乃」

「あはは......ばれてしまいましたか。実は私も《力》に目覚めたようなんです。私の場合は、《氣》を見ることができるので、皆さんがどこにいるのかはわかりました。でも皆さんの姿がどこにもなくて......。この本、行方不明になった女子生徒のものらしいんですが、血を吸う影という化け物が載っているんです。もしかしたら、と思って怪しいところを壊して回りました。幻覚や催眠術をかけるのが得意とあったので、結界が壊れたのではないでしょうか」

「なるほど......世界全体がひび割れたように感じたんだ。やっぱり槙乃が閉じ込められた俺たちを助けてくれたんだな、ありがとう」

「なんだよ、なんだよ、みずくせえなッ!なんで言わないんだよ、時諏佐ッ!」

「そうだよ、槙乃!なんで今まで黙ってたのさ!」

「後で話そうと思っていたんです。そしたら赤い髪の男の話になったので......私がずっと追いかけてきた事件だからつい聞き入ってしまいました」

「あー、そっか、なるほど。そうよね、オカルト大好きな槙乃だったら真っ先に喋ってくれるもんね、いつもだったら」

「だからってなあ......」

「あんな短時間で旧校舎中のトラップを?大変だっただろう。大丈夫なのか?」

「あ、はい。あの時は無我夢中だったので正直なところよく覚えていないのですが。大丈夫なようです」

「槙乃ちゃんもだったのね......!不安だったでしょうに、1人にしてごめんね」

「ありがとうございます、葵ちゃん。でもみんな助かったんですからいいじゃないですか。私はそちらの方が安心ですよ」

「そうか......そういうことなら、みんな《力》を把握するためにも一度旧校舎にいってみた方がいいのかもしれないな」

そういうわけで私たちは旧校舎の地下に初めて潜入することになったのだった。

そこで私たちはいけどもいけども最深部に辿り着かない恐怖を目の当たりにすることになる。《龍脈》の影響を受けておかしくなった動物や引き寄せられてきた悪霊たちを屠るうちに、みんな《力》の使い方がさまになってきた。敵の強さが増してきて、連戦と移動の疲労が蓄積してきたころ、私たちは一度外に出ることにしたのだった。

「あら、ずいぶんと早いじゃない。もっとかかるんじゃないかと思ったのに。どうしたの?忘れ物?」

まだ夕暮れの旧校舎と入口で待っていた遠野の言葉により、旧校舎地下はどうやら精神と時の狭間的なやばい場所だと気づいた私たちは顔を見合わせたのだった。


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