再度の屈辱3 第1部鬼道編完結


一度倒した《鬼道衆》は弱点もなにもかもが同じであると《如来眼》による解析結果がでた時点で勝負は決していた。亡者はそれ以上に成長することはないのだ。その対処法さえわかってしまえば4月から10月まで戦い抜いてきた私達の敵ではない。緋勇のたしかな布陣と指揮により、一体一体屠っていく。九角天童に対する態度は人により様々だが、私が解析中に《鬼道衆》の方陣の発動を予見してフォローしてくれたおかげで緋勇が助かったため、だいぶみんな軟化したように思う。こちらにきてから九角家の複雑な事情を垣間見たことも効いている。

もしかしたら、もしかするんじゃないだろうか。間違いさえしなければ助けられるんじゃないだろうか。蓬莱寺がうずうずしていたから《旧神の印》を渡してきてくれと背中を押してあげたから、上手いこといけば150年振りに九角と蓬莱寺の方陣が復活するかもしれない。

私の知る九角天童とだいぶ性格が違うのは境遇が違うのもあるのだろうし、仲間になってくれるかもしれない。はやる気持ちを抑えながら、私は《如来眼》によるサポートを続けた。

「おのれ、《鬼道衆》を破ったか───────」

おそらく戦時中の恨みを今まさに晴らそうとしている老人は、今までにない程の量の《氣》を発して歪んだ顔をしている。怨恨、嫉妬、無念、焦燥、憎悪。あらゆるどす黒い感情を封じ込めたようなえぐい《氣》である。

柳生流の名手だったのかもしれないが、刀を抜かないあたり《手足の萎縮》の効果は絶大だったようだ。片腕しかないせいで《鬼道》も印を切るには不自由するようだから、《アマツミカボシ》のいっていた報復はたしかに成果をあげている。九角家の滅亡いっぽ手前だっただけに、どれだけ怒りをかったのかわかる。なのに今なお向かってくるのだからどれだけ屈辱を味わったのか私は理解できなかった。

呼応するように、目がくらむほど禍々しい《氣》があたりをつつみこむ。闇を喰らい尽くし、つかの間の静寂が訪れた。九角家当主は烈しい闘気を背負い、立っていた。

「さあ来いッ!!この地に漂いし、怨念たちよ。このわしの中に巣くうおぞましき欲望よ───ッ!!この地に集めし全てを喰らい尽くせ─────!!そして、変生せよッ!」

鬼のような形相が正真正銘の《鬼》へと変わっていく。身体が膨れ上がり、牙が生え、皮膚は破れ、剥き出しの筋肉が赤黒く盛り上がる。人であった痕跡が一つ残らず消えていく。そこまでして何を得ようというのか。何が得られるというのか。誰も何も言わなかった。蟲による思考誘導もあったのかもしれないが、やつはあくまでも夜にしか活動しない。いつでも復讐に身を滾らせていた時点でジキルとハイドではない。この男は初めからサイコパス、あるいは破滅主義者、そのものだったのだ。

人の身体を捨て、大きな妖気に包まれ《鬼》は、互いを増長させるように混じり合い、あたりを包み込む。大気を揺るがす咆吼が、胸に突き刺さる。周囲の瘴気と共にあたりを塵と化しながら、《鬼》は笑った。

等々力不動尊全体が突如発生した黒雲によって月が見えなくなってしまう。その暗闇に紛れて姿を隠し、暴風雨を起こして雷電を鳴らし、火の雨を降らせはじめたではないか。

私は天気を操作しようとしたのだが、通じない。どうやらこれ自体が《鬼》のようである。空から降ってきた3振りの剣が私達の攻撃をことごとく切り捨ててしまう。

私達の戦いは熾烈を極めた。日月の様に光る眼で私達を睨み、天地を響かせ、無数の剣や矛の如き氷を投げつけてきたが、私達がすべて払い落とした。そして、攻撃に転じている間に方陣によるダメージを狙う。美里たちがそのために被弾するたびに回復をサポートした。

蟲による浸食を受けている魂は、《旧神》の《加護》を獲た緋勇たちの攻撃が貫通するようになっていく。

やがて雲がはれ、地に落ちた九角家当主が数千もの鬼に分身すると桜井たちが《氣》のこもった矢を放ち、鬼の顔をすべて射る。《鬼》は往生際悪く抵抗するものの、最後は緋勇の放った《氣》に首を落とされた。首は天へと舞い上がって緋勇に食らいつこうとしたが、美里が放った光が全てをやき尽くした。

「やった......のか?」

「《氣》が完全に消滅したようです。お疲れ様でした、みなさん」

私の言葉にしばし沈黙がおりた。瘴気がみるみるうちに収まっていく。九角家当主の魂も、この地に漂う怨念と化して、永遠の時を苦しみ続けるのだろうか。そんなことを思う。

立ちこめていた瘴気が晴れ始め、月の光が差しこんだ。本来等々力不動尊にあるべき清浄な空気が重い《邪気》を祓って行く。ようやくまともな呼吸が出来るようになった気がすると緋勇はひとりごちた。とりあえずの危機は去った。

しばらくして、ようやく現実が受け入れられるようになったのか、歓声がわいた。私は桜井や美里とハイタッチしたり、マリィと抱き合って喜んだ。翡翠に笑いかけると、静かに頷いてくれた。

蓬莱寺が九角をつれて戻ってくる。どうやら蓬莱寺は九角が気に入ったようだ。九角はめっちゃいやがってるが。

「人の《力》、たしかに見せてもらったぜ。俺達《鬼道衆》の完敗だ。じいさんみてぇに首をはねるなり、なんなり好きにしな」

そういって刀を預けようとする九角に緋勇は無理やり突き返した。

「お前には赤い髪の男のことを聞きたいんだ。生き証人を殺すバカはここにはいないよ」

「はっ。正気かよ、てめーら。その仲間だった俺を生かすってのか?」

「《旧神の印》を扱えるということは、邪神の影響下にない証ですからね。信頼できます。きっと《五色の摩尼》を盗んだり、結界に近づけない《鬼道衆》のかわりに行動を起こすのがあなたの役割だったのではありませんか?」

「チッ......負けちまった俺がどうこういう権利はねェか。それがお前らがいう審判だってなら受け入れるしかないんだな」

観念したらしい九角はためいきをついた。

そして話し始めるのだ。

この家に引き取られるまでの経緯。九角家に赤い髪の男が接触してきたのは去年の夏頃であること。私の読み通り、《五色の摩尼》を盗むなど結界を突破できない祖父たちのかわりに裏方にてっしていたこと。《鬼道衆》の動向は忍びから聞かされていたことしかわからないこと。九角天童は次期当主であって当主ではないからできることなどたかがしれていたこと。

「次は俺が聞く番だな。お前らは一体なんのために......」

今度は緋勇たちが話し始めるのだ。

「......ほんとにお前らは変わってんなァ......どこまでお人好しなんだ。この街の人間のために本気で命かけられるとか頭イカれてるぜ」

「そっくりそのまま返すよ、九角天童」

「けッ」

「九角、お前はこれからどうするんだ?赤い髪の男にようがあるなら、俺達と───────」

「その手をとるつもりはねェ。この瞬間から、俺が九角家当主だ。前の当主が死んじまった以上、まとめあげねえと頭領として失格だからな。分家にすら挨拶してねェガキが後をつぐしかないんだ。やることは多いだろうよ。さいわい、警察の世話になる証拠はなにも残らなかったからな」

「そっか......お前はなにもしないんだな」

「もともとじいさんがやるっていうから始めた復讐劇だ。本人が退場しちまった以上、俺が出来ることはなにもねェよ。いきな、《五色の摩尼》をはやいとこ封印した方がいいぜ」

「わかった。またな」

「───────......変わった野郎だ。さっきまで殺し合い寸前だったってのに」

「御先祖様が仲良くなれたんだ。なれない理由はないだろ。同じ敵がいるんだ。また会うことがあったら、その時はよろしくな」

瘴気を流し去る風が私達の髪を踊らせた。

「龍麻、みんな、帰りましょう。私達の真神学園へ───。」

緋勇たちは歩き出す。今だけは、《鬼道衆》との闘いに終止符が打たれたことを、素直に喜ぶべきだ。そしてまた明日から、来るべき災厄に向けて備えるのだ。妖気が晴れてすっかり澄み切った空気を吸い込み、私は空を仰いだ。

「ああ、そうだ。九角君」

「あ?なんだ」

「落ち着いたらでいいので、《天御子》について知りたいので連絡くれませんか。九角家に圧力をかけてきたのが本当なら捨て置けません。私がこの世界にいるのは、赤い髪の男に《天御子》の影がチラついているからでもあるんですよ」

目を見開いた九角だったが、ニヤリと笑った。

「いいぜ。仄暗いもん持ってるやつの方がよっぽど信用できるからな。あんたには色々世話になったみたいだから、恩はきっちり返させてもらう」

「それは良かった」


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