俺の血は他人の血2

「翔クン、翔クン、呼んでるよッ」

振り向くと手を振るやっちーと挙動不審気味な下級生の女の子と目が合った。どうやらやっちーがクラスメイト全員が振り返るような大きな声で呼んだものだから、びっくりして固まってしまったようだ。みるからに想定外という顔をしている。やがて私が近づいてくるものだから、あわあわどうしようどうしよう、と可哀想なくらいパニックになる。そしてみるみるうちに可哀想なくらい縮こまっていく。こういうとき、大抵やっちーは子犬のように無邪気に首を突っ込む。

「ほらほら早く早くッ!待たせちゃダメだよ〜、ほら〜!ごめんね〜、直ぐに来るからねッ!」

隙あらば好奇心でいっぱいになった表情で質問する気満々だが、驚いてやっちーに圧倒されている下級生をみて、ぐぐぐっと我慢しているのがまるわかりである。何があったのかなと顔に書いてある。今、やっちーは葉佩に恋をしているから、もしかしたらで頭がいっぱいなのだろう。どんな小さな動作にもなにかを発見しようとして眺めている気配がしていた。

「あのッ......あのッ......江見先輩ッ!」

意を決して話しかけてきた後輩の声に聞き覚えがあった。

「あ、もしかして、《夜会》の時の?」

「はいッ!あの時は本当にありがとうございましたッ!」

やっぱりあの時友達に頼まれたと質問してきた後輩の女の子だった。シャンデリアに磔にされたのを受け止めたはいいが、千貫さんに運ばれてからそれきりだったので心配していたのだ。

仮面がないだけでこれだけ雰囲気が変わるのかと不思議になるくらい、あの時の彼女とはなにかが違っていた。仮面効果というやつだろうか。今目の前にいるのは、やっちーのような可愛さをもつ女の子だ。健全な精神は健全な体に宿るを体現しているような、健康的な色気がある。

「元気そうでよかったよ。シャンデリアから落ちてから目を覚まさなかったから心配してたんだ」

「ほんとにご迷惑おかけしました。目を覚まして、病院にいったり、カウンセリングにいったり。色々してたらこんなに遅くなっちゃって......」

「カウンセリング?どこか悪いのか?大丈夫?」

「ああいえ、はい、大丈夫ですッ!ほんとに大したことないんですッ!ちょっと頭がぼーっとしちゃって覚えてなかったりするだけなんで!」

「......それっていつから?」

「え?えーっとたしか學園祭が終わった13日よりあとだから......」

「《夜会》より前?」

「前です、たぶん」

「そっか......最近増えてるみたいだね。気をつけて」

「は、はい......ありがとうございます」

「それと、友達によろしく伝えてね」

私の一言にキョトンとした様子で彼女は固まる。

「あ、あれ......もしかして、私、江見先輩となにかお話してましたか?」

「え?うん、《夜会》に参加できなかった友達に頼まれたから教えてくれって色々聞かれたよ?」

彼女は固まったまま冷や汗がダラダラ流れていく。

「..................ごめんなさい、覚えてないです......」

辛うじて聞こえるほどのか細い声だった。

「......《夜会》に行こうとした時からぼーっとしてたみたいで......緊張しすぎてなにも覚えてないです......テンションに浮かれすぎて、はっちゃけちゃったみたいですね......私、そんな友達いないのに......」

「そっか......。あんなことがあったから、記憶が混乱してるのかもしれないね。無理して思い出さなくてもいいよ、大したことじゃないしね」

「ほんとにッ、ほんとにッ、ご迷惑おかけしましたッ!」

「いいよ、いいよ。はやく調子が戻るといいね、お大事に」

「はい、ありがとうござます。失礼しました」

こっちが恐縮するくらいぺこぺこしていた彼女は、私が気にしてないと笑うと心底安心した様子で笑って去っていった。

「ありゃ......いっちゃったね、翔クン」

ちょっと残念そうにやっちーはいう。

「でも、わざわざ謝りに来てくれるなんていい子だねッ」

「そうだね、元気そうでなによりだよ。ぼーっとしちゃうとか、覚えてないとか、夢遊病みたいな症状の子が最近増えてるみたいだから、ちょっと心配だけど」

「えへへ、気になる?1のBの子みたいだよ?」

「いつの間に聞いたの、やっちー」

「え?ついさっきだよ?」

「あいかわらず他の子の恋路には一生懸命なのに、自分のことになると奥手になっちゃうんだね」

「え、あ、や、やだ何言ってるのよ、翔クンッ!からかわないでよ、も〜ッ!」

「からかおうとするからだよ、やっちー。《夜会》の写メ、待ち受けにしてるの九ちゃんにバラすよ?」

「やめてッ!ほんとゴメンなさい、勘弁して〜ッ!」

「どうしよっかな〜」

あはは、と笑いながらやっちーを弄りまわしてやる。ほんとにやっちーはこの手の話題になると油断も隙もない。牽制してやらないと次の日からまた噂話が増えてしまう。恋する乙女は無敵かもしれないが、《遺跡》の最深部に眠る闇に魅入られてしまっていたと思われるさっきの女子生徒を色恋沙汰に巻き込むのは可哀想だ。

正直、今の私は別の意味でどきどきしているのである。あの女子生徒は明らかにファントムに意識を乗っ取られることになる月魅を始めとした生徒たちの症状と酷似している。今までブローチのおかげで認識阻害効果でもあったのか、學園祭から一切接触がなかったファントムとあんな近くで喋っていたのだ、私は。仮面をつけていたから眼鏡は外していたのに、あの女子生徒の中にある氣の違和感に全く気づくことが出来なかったのだ。もしもを考えると冷や汗しか浮かばない。

あの時私はなんて答えただろうか、葉佩と月魅と噂になっているなんて両極端な話題を出されて苦笑いしたことしか思い出せない。どっちも大事な友達?いや、葉佩は恩人だとかなんとか話したような気がする。ああそうだ、死ぬなんて考えたくもないって言ったような気がする。

「あれ、翔クン?どしたの、大丈夫?」

「うーん、どうしようかな、やっちー」

「え?」

「オレ、やらかしたかもしれない」

「え?」

キョトンとするやっちーは心配そうに見つめてくる。

「もしかして、一目惚れ?」

「うーん、違うんだよなー、そうじゃないんだよなー......でもありがとう。元気でたよ」

「どういたしまして?」

やっちーは不思議そうに首を傾げたのだった。

「ねえねえ、翔クン。なにかあったの?相談乗るよ?マミーズいこっか?」

「相談というかさ、オレ今無性におしゃべりしたい気分なんだよね。でもやっちー、部活だろ?今から」

「うーうん、今日はね、顧問の先生が出張でいないから自主練なの」

「でも部長なんだから出なきゃ示しつかないんじゃ?」

「うーん、それはそうなんだけど〜......じゃあ終わるの七時だから待っててくれる?」

「了解。7時にマミーズな」

「うんッ」

「オレ、今日散歩したい気分なんだ。あちこち回って時間潰すよ。早く終わったらメールよろしく」

「散歩?」

「うん、散歩」

私は眼鏡をはずしてケースにしまう。

「わ、久しぶりに見た〜、翔クンの眼鏡なしバージョン」

「無性に今のオレならどんな景色が見えるか気になってきちゃってさ」

「そっかァ、今の翔クンて、眼鏡なしだと綺麗な黄色になるんだっけ?違う景色が見えるなんて不思議だね。どんな感じなの?幽霊とか見えるの?」

「う〜ん、見えるかもしれないけど、この辺にはいないみたいだな」

「そっか、よかった!」

「あはは。それじゃ、オレ、1回屋上いってから帰るよ。またあとで」

「うん、またねッ!」

私は屋上に向かった。






屋上に出るとすでに日は落ちて、薄暗くなり始めている。秋が終わり、夜に向かう空気が肌を突き刺す。身を切るような冷たさだ。天候の急変が告げているらしい霧の中に冬のにおいが混じる。冬がひたすら躊躇しつつも地上に沈もうとするのを私は眺めていた。

肌の筋肉が寒さに抵抗して一時に緊縮する。反射的にコートにポケットを入れる。吐く息が白い。學園内にいた先程まで快かった風が冷たい冬の棘に変わる。十二月に入ると気候は急に冬めいてきたことを嫌でも実感させられる。

男子寮を出て校舎に向かう途中、セーターを取りに戻ろうかと何度も足をとめたぐらいだ。結局そうしなかったのは、面倒くさかったせいもあるが、歩いているうちに身体が暖まってきたからに過ぎない。

好天に恵まれた暖かな午後だったが、日が落ちると気温は急速に下がり、冷たい風も吹き始めていた。数日続いた穏やかな小春日和は立ち去り、厳しい本物の冬が再び腰を据えようとしている。

かろうじて輪郭がわかる学生寮裏の森は秋が凋落し、冬の景色が進行していた。

「......ここまで景色が違って見えるんだ......」

私の世界には今や風や空気の流れとは全く無関係の光の流れがみえていた。西洋ではレイライン、東洋では龍脈と呼ばれる地中を流れる氣の大きな流れの中にこの學園はあるのがわかる。いや、逆だ。この學園自体が龍脈の中に作られたのである、あの《遺跡》のあとに。

龍脈は山から流れる気を指すのに対し
レイラインは直線的な流れを指したりするが、基本的には、同じ大地の気の流れを表したものだ。龍脈(レイライン)から気がでる場所を龍穴、もしくは、パワースポットと呼んでいる。

龍脈自体、地殻の変動や時間の周期、水脈の加減・移動などにより、常に変動している。それでも変動しない不動の場所が例外的に地球に2ヶ所ある。それは北極と南極だ。これは人体で言うと尾骨付近と頭頂部に相当するからだ。いうまでもなく、NとSの関係でもあり、極の極まった地点だ。

それ以外にあるとすれば、人工的につくられた霊地にほかならない。それがこの學園の《遺跡》である。龍穴の真下にあるのだとこれ程わかりやすい光景もないのではないだろうか。《墓地》の敷地からふつふつと湧き上がる光は、温泉の湧いているところ、もしくは沸騰寸前の鍋を思わせる。

この気道から得られる効果を古くから得ようと思った人が多かった事実を物語っている。

「......やっぱ、一番の霊地は《遺跡》になるんだよね......」

氣の流れをみても、やはり人工的に龍脈が利用され、効率的に氣が集められているのは《遺跡》となる。この學園の立地や施設の配置ひとつとっても全て計算されていることになる。エムツー機関がS級の危険地帯だと認定する理由がここにあるのだろう。

「......今夜の探索で試してみようかなあ......一番簡単なのは、周りの氣と同調することなんだよね」

周りの氣と同調するというのは、周りの氣を体内に取り入れるイメージをしながら、深呼吸すると同調しやすくなる。私は入門編ということでJADEさんからそう教わっている。そうする事により、体内の振動と周りの振動の波長が合ってくるのでその場所特有の氣を体内に取り込みやすくなる。そうすればより《如来眼》の力が活性化する。龍穴に《遺跡》があるのだから、《如来眼》を使えば使うほど覚醒することになるのだ。精度をあげるにはそれしかない。

私が悩んでいるのは、江見睡院の救出方法である。《ロゼッタ協会》からの情報まちとはいえ魔導書の写本ならいくつも図書室にあるわけで、試した方がいい気もするのだ。それなら霊地たる《遺跡》でやった方がいい。ただ、闇雲に無駄打ちはできない。慎重にする必要がある。写本を用意した本人が失敗しているのだ。6年越しに江見睡院を助けるために単身乗り込んできたはずの女性がだ。

《夜会》を経験した今となっては一人だったから失敗したんだろうなと私は思うのだ。

「やっぱ《遺跡》で氣が一番溜まってそうなところ探すのが一番かなァ」

実は予測はついているのだ。ただ、そこに到達するには色々と制約があるし、行けるかもわからない。今夜も探索に誘われているし、頑張ろう。気合いを入れ直し、私は伸びをした。

「何を見ている?」

そしてそのまま固まった。おそるおそる振り向いてみると阿門がそこにいた。浮かんでいるのは呆れ顔だ。

「《墓地》を見て何を考えていた?」

「どこまで聞いてた?」

「お前が眼鏡もせずに屋上に上がって行くところを見た」

「あァ、じゃあ聞いてないね、よかったよ」

「......あの女もここからよく《墓地》を見ていた」

「母さんも?」

「..................やはりそうなのか?」

私は首を振るしかない。

「わからない。わからないよ。オレが母さんと呼んでる人は生きてるし、あの時の父さんは意識を乗っ取られている状況だからどこまで本当なのかわからない。でも父さんがオレのこと知ってた理由を考えたらそうじゃないと説明がつかない」

「......そうか」

「そうだよ」

「何を考えていた?」

「やけに食い下がるね」

「.................今のお前は、母親と同じ目をしている。狂気に充ちた目だ」

「否定はしないよ」

「江見」

「阿門、気づいてただろ。母さんが図書室に膨大な数の魔導書の写本持ち込んでたの。私が気づくまで待っててくれたんだろうけどさ、もう、大丈夫。あれ、どうにかした方がいいよ。《レリックドーン》あたりに利用されたら主に私が死ぬ。喪部銛矢からしたら、私はどう見えるかわかったもんじゃない」

「......利用するかと思ったが、いいのか」

「そのままじゃダメだ、母さんの二の舞になる。解決法が見つかるまでは手が出せない」

「......使いはするんだな」

「私のために使わせてもらうだけだよ。でも今はまだその時じゃない。まずは瑞麗先生あたりに私が使ったとして無事でいられるかどうか判断を仰がなきゃならない」

私はいきをはいた。そして笑う。

「もう警告しないんだね、阿門」

「言うだけ無駄だとわかったからな」

「母さんによく似てるって?」

「茶化すな。見極めねばならないと思っただけだ。お前が《遺跡》でなにをしようとしているのか」

「なるほど」

「これをやる」

「え、なに?」

私が渡されたのは心臓の護符だった。

「お前にだけは借りを作りたくないのでな」

思わず笑ってしまう。

「ありがとう、大事に使わせてもらうよ」




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