他を圧するような豪勢なお屋敷が私の前にでんと建っている。高い塀のある大きな屋敷である。
インターホンの音色までどことなく気品がある。蔦の絡まるレンガ造りの西洋建築は、よくいえば文化財的な価値を持った豪邸。悪くいえば朽ち果てつつある過去の遺物のようだ。
「ようこそ、いらっしゃいました」
千貫さんに案内される。西洋式の調度品がならべられ、住人の趣味を控えめながら誇示している。かつての当主の趣味の良さがうかがえた。
幾つとなく続いている部屋だの、遠くまでまっすぐに見える廊下だのを、天井の付いた町のように思えてくるほどに広い。豪華な部屋は、まるで宮殿みたいだ。
応接間に阿門がいた。《生徒会長》としてなのか、《墓守》としてなのか、阿門一族の当主としてなのかはわからない。私に用があるのは個人的な要件らしいから、阿門帝等としてが妥当だろうか。促されてソファに座る。ものすごくふかふかだ。こんな場面でもなければ思いっきりくつろぐところなんだけど、さすがにはしゃぐ気にはなれなかった。
「遅くなったけどさ、あの時はごめんね。心配してくれてるのに不誠実な態度とったりして。今思うと穿った見方してたと思う」
「......いや」
「あれ、どうしたんだよ」
あっさり流されると思ったのに、思いのほか反応がある。私とのやり取りがそれなりにダメージでも与えていたのだろうか?凹んでたとか?そんな馬鹿な。どちらかというと、え、今?という反応のように思う。阿門自身想定していなかったようで、この展開自体に困っているようだ。
「あれ、千貫さんから聞いてないの?謝りたいっていったのに」
「......それは、どういう意味だ。おい、厳十郎」
「江見翔様がカオルーンに来られて一度お会いしたいと私を通してアポイントメントをとってきたとお伝えしただけですが」
「あのー。オレがカオルーンの常連で、雛川先生との世間話でそういう話になったことまで話さないと誤解を産むと思いますそれ。喧嘩売りに来たわけじゃないんだから」
「......厳十郎」
「おや、そうですかな?」
阿門はためいきをついた。
「......まあ、いいだろう」
「なんかごめんね。個人的なモヤモヤ無くしてから話そうと思って謝ったんだよ、オレ。これから大事な話するわけだし」
「そういうことか......やれやれ。だがこれでお前とゆっくり話ができるというわけだ」
阿門は肩を竦めた。気を取り直して私達は本題に入る。
「龍脈について、お前はしっているか」
「もちろん」
「ならば話がはやいな」
阿門は語り始めた。
「本来龍脈が活性化するのは18年周期の1980年と1998年、次は2016年のはずだった。だが俺の父の代から例外が起こり始めた。1986年、前から6年しかたっていないにもかかわらず《遺跡》の封印がとけかけた。そして2004年、今こうしてまた6年しかたっていないにもかかわらず《遺跡》は非常に不安定になっている上に龍脈が活性化しつつある。この6年のズレの原因は不明だが、結果として《遺跡》は近年稀に見るほど封印が弱まっている」
阿門の話は私の想像をはるかに超えていた。《遺跡》の封印はもはや風前の灯火なのだと墓守として阿門は発言しているのだ。そこに終止符をうつようなタイミングであらわれたのが葉佩の名を持つ《宝探し屋》なのだ。阿門も運命のようなものを感じているようだった。
もうこの時点で阿門の目には《遺跡》の行く末が見えているのかもしれない。生半可な言葉では通じそうにない気迫のようなものがそこにはあった。ダメだ、中途半端な今の私の理論だと阿門を説得しきれない。私は現時点での交渉を先送りすることにした。
「《遺跡》の封印が弱まる時、かならずファントムを名乗る敵対勢力が現れる。龍脈の活性化を利用して封印をとき、この世に再臨しようとする闇が。
そしてそのたびに《遺跡》は贄を欲する」
「贄?」
「やつは新たな肉体を欲している。そのために目標の近親者などに擬態する」
「まさか、父さんだっていいたいのか?」
「そのまさかだ。18年前の今日、贄に選ばれたのは江見睡院だった」
「どうして......」
「かつて、《生徒会》に下部組織はなかった。18年前の今日が江見睡院と《生徒会》の初めての邂逅であり敵対宣言もかねた《夜会》が行われた。本来教師は立ち入りが禁止だが、父は個人的な客人として江見睡院を招待したのだ。教師として潜入していた江見睡院は、図書委員の生徒をはじめ何人か同行者がいた。《遺跡》の標的は図書委員の生徒だったが、《夜会》のあとの《生徒会》との戦いのさなか、贄を求めるやつらの暴走の餌食になりそうになり、江見睡院が庇って消息不明となったようだ。発狂状態の生徒が《生徒会》に保護された」
「贄に選ばれる条件はあるのか?具体的にはどんな?」
一瞬の沈黙だった。おそらく阿門は今までこのことを誰にも話したことがないのだろう。私の質問にどう答えたらいいものか本気で悩んでいる。
「......《黒い砂》の影響下にある、あるいはあった人間だ」
「えっ、じゃあまさか白岐さんや《生徒会執行委員》だったみんながみてる悪夢や体調不良はそのせいなのか?それは《黒い砂》の影響がなくても同じ?」
「そうだ。そして贄は前の人間の近親者や親しかった者から選ばれる傾向にある。1998年の贄はその女だった」
「えっ」
「教師としてこの学園に戻ってきていた」
「阿門はそれ知ってたのか?」
阿門は首を振る。
「そりゃそうか、まだ12歳だもんな。産まれる前の人の顔なんてわからないか」
「苗字や人相まで変えられていましたから、私も気づくことができませんでした。阿門一族にも《生徒会》にも、当時潜入していた《宝探し屋》にも接触することはありませんでしたから」
「元《生徒会》の人間なら担当する区画はかなり深いもんな。そこまでなら行けるのか」
「《贄》には私がなるから《夜会》に全員集めて1歩も出すなと」
「それは遺言?」
「天香サーバをハッキングされ、《生徒会》の招待状に偽造したメールが送られていました」
「ああ、なるほど。だから千貫さんが今回は直々にメールを」
「あの《遺跡》に封印されている闇はいつでも俺達墓守を憎悪している。龍脈が活性化するたびに《黒い砂》の影響にある人間を食いつくそうとするのだ。だから俺の父は《生徒会》も《黒い砂》で掌握し、背後から操る体制をとり決して表にはたとうとしなかった」
「でも君は傀儡も立てずに今こうして《生徒会長》してるじゃないか。正気なのか?」
「もとより覚悟は出来ている」
「......そっか。今のオレはまだそのことについて阿門と対等に話せる段階じゃないってことだね。その様子だとこのこと知ってるのは君だけだよな?どうして話したんだよ」
「お前は江見睡院の息子であり、《遺跡》の真実に限りなく近いところにいる。それに敬意を評してだ。そしてお前はおそらく今回の贄になる可能性が高い。......今夜の《夜会》に白岐幽花を呼んでくれただろう。お前がいうならばと八千穂明日香と参加するつもりのようだ。だから、借りを返す」
「なるほどね、わかった。白岐さんまで標的になりかねないなんて、今夜は特別危ない夜なんだね」
「そういうことだ、わかったか。今夜は《遺跡》にはいくな。いいな」
「いけば父さんに擬態した餌にかかったオレが次の新たな贄になるっていいたいわけだ。気持ちはうれしいんだけどさ、それはちょっとできないかな」
「なに?」
「九ちゃんが甲ちゃんと潜ってるんだよ、《遺跡》。そんなにやばいなら私が行った方がいいに決まってる。ありがとう、阿門」
阿門は驚いたような顔をする。やっぱり皆守の《遺跡》探索は想定外なのだとしたらすれ違いなどがあったのかもしれない。なるほど、皆守が追い詰めるわけだ。誰も悪くない。状況が悪すぎた。
「......だが俺の忠告は聞かないのだな」
「私は九ちゃん支援するためにいるからね」
「......厳十郎」
「はい」
「江見にあれを渡しておけ。あれは本来江見がもつべきものだろう」
「......?」
しばらくして千貫さんがやってきた。そこにはダンボールがあった。
「18年前、江見睡院の同行者だった者達がかき集めたものだ」
「......なんで君が持っているの」
「いつか返して欲しいと《生徒会》と図書委員長を兼ねていた女子生徒がおいていったものだ」
「......図書室にある父さんの寄付した古書をちゃんと管理してくれていた人だね」
「ああ」
「......父さんはその人を庇って......でもその人も夢で呼ばれて、父さんの幻覚に惑わされ......いや、父さんみたいに後輩たちをかばおうとして......」
私はダンボールを受け取る。
「いったん男子寮に戻るよ」
「......」
「ありがとう」
私はダンボールをかかえて男子寮をあとにした。