目の前でひたすら野菜を切っていた私はエプロンのポケットからバイブレーションを感じた。手を止めて携帯をひらく。メールのようだ。
「............」
メールをみた私は反射的に携帯をとじた。
「どったの、翔チャン。顔色わるいみたいだけど」
エプロン姿で横から葉佩が覗きこんでくる。
「なんだ?」
皆守も気になるのか聞いてくる。私はポケットに携帯をしまった。
「ごめん、2人とも。瑞麗先生から呼び出し。こないだの再検査の結果が出たみたいでさ」
「目の検査だっけ?」
「あァ......もっと詳しく見るってやつか?」
「うん、そう」
「そっかあ......なんにもないといいね」
「だといいんだけどね。話聞くだけみたいだからすぐ戻るよ」
「わかった〜」
「うん、いってくる」
「よし、翔チャンが大変みたいだから付き添いしてやるよ」
「おいこら待て」
「いだだだだ」
「つべこべ言わないで手を動かせ、九龍。まだまだ野菜の下処理が残ってるんだからな。料理は準備が5割だ」
「わ〜んっ!甲太郎のいけず〜!」
抜け出してきた葉佩が皆守に掴まって連行されていくさなか、私は教室を抜け出した。今日は探偵喫茶のメニューの試食会だからみんな張りきっているのだ。私も残りたかったのだがメールを考えると待たせるわけにはいかない。あわてて階段をかけおりた。
「よう、江見」
慌てて扉をあけた先で私を待っていたのは保健室にいたのは墓守の仕事のせいで年中睡眠不足の夕薙である。ベッドに寝たままなのでさっきまで寝ていたのは事実のようだ。
「お楽しみの試食会をまえに呼び出して悪いな。みんなの目を盗んで会うにはこうするしかなかった」
「食べ物の恨みは恐ろしいよ、夕薙」
「ははッ、肝に銘じておくよ」
私は丸椅子をひいてすわった。
「で、なんの用?こんなメールよこして。その内容によってはオレにも考えがあるよ」
そこにあるのは萌生先生と私が《墓地》に潜入するところ、そして私が単独で《墓地》から出てきた直後の画像だった。荒いのは携帯でとったからだろう。ガラケーだから薄暗いのだが、月明かりがそこにいるのは誰か位は教えてくれる。身構える私に夕薙は口を開いた。
「君が呪われているのは本当なのか?」
「えっ」
キョトンとしている私に夕薙は苦笑いした。
「皆守が白岐を問い詰めているところを聞いてしまってな、気になっていたんだが......いうまでもなかったな」
私は思わず眼鏡に触れた。
「また変な色してた?」
「ああ。いきなりメガネは掛けてくるし、漢方は飲み始めるしで心配していたんだが......。その目を見て確信した。そんな奇妙な色の目になるんだな......」
私は夕薙の意図を測りかねて眉を寄せるしかない。てっきり《宝探し屋》だってバレたからこの《墓地》の真相を突き止めるのに付き合えとか。白岐と話すようになったからそれについて探りをいれられたり、苦言を呈されるとでも思ってたのに。
「まってまってまってタンマ、夕薙、え、このメールはなんだよ。関係なくないか?」
「関係あるさ。君は誤魔化すのが上手だからな、無駄だとわからないと意味が無い」
「直球で聞いといて?」
「直球で聞いた方が君みたいなやつには効果があるからな。悪いとは思ったんだがこの手を使わせてもらったよ」
「..................」
「あたってるか?」
「あたってるから腹立つ......」
夕薙は笑った。
「そうだよ、オレは呪われてる。だから父さんを探しに......」
「あのな、江見。画像の意味、わかってていってるのか?」
「あはは......騙されてはくれない?」
「それだけはできないな。俺がわざわざカードをきったんだ」
「そっか......心配だから話をきくためだけに......意味がわからない......」
「一応、友達だと思いたかったんでな、悪い。試すような真似をして。ただなあ。忠告するんだが、いくら着替えても硝煙の匂いは簡単には消えないぞ。毎朝硝煙の匂いさせながらすれ違えばいつかは気づくもんだ。特に匂いを知ってる人間はな」
「そうか......やっぱそうか......油断してた......」
夕薙はしてやったりな顔をする。私は白旗を上げた。まさか心配だから話をきくためだけにこんなに大事な画像をもってることを私にメールするとは思わなかった。
「君は葉佩の同僚なんだろう?そして萌生先生もだ。なぜ葉佩に黙ってるんだ?」
「そういう任務なのもあるし、オレが呪われてるからってのもある」
「なに?」
「皆守たちの話はどこまで聞いたんだ?」
「たしか、江見は呪われていて、そのせいで宇宙人に襲われて、どうこうだったかな。あの皆守が真剣な眼差しで話してたから妙に記憶に残ってな」
「甲ちゃん......なにやってんだよ......」
私はためいきをついた。
「で、どうなんだ?」
「結論からいうなら2人が話してたことは全て事実だ。ここからは君が嫌いなオカルトが満載の話になるけどいい?」
「矛盾なく話せるものならやってみてくれ。そのあとで俺が判断する。これからも君と友人でいられるかどうか」
私は肩を竦めた。
「この体の持ち主は九龍の同僚だから萌生先生と探索もいくし、九龍のサポートもする。本来の魂は宇宙人に拉致されたまま帰ってこないからな。私は彼の現状を維持する義務があるんだ。それまで私は他人の体のままだ。これが呪いじゃなかったらなんなんだ?」
「......まってくれないか?いきなり飛ばしすぎじゃ?」
「聞いたのは君だろ、夕薙。ちなみに瑞麗先生に聞いてくれたら、肉体と精神の関係と赤の他人の肉体と私の魂が融合したせいでもはや乖離不能になってることまで説明してくれるはずだ。科学的にも証明出来る」
「さっきからオレじゃなくて私なんだな」
「私はあくまで私だからね。この体の持ち主と不運にも同じ時期に長野県の未だに原因不明の大震災が起こった皆神山の防空壕でやつらに襲われた30代のOLが私だ」
「......まさか、君は......女性だと?」
「だとしたら?私はこの學園に《遺跡》をつくったやつらに目をつけられたんだ。あやうくこの《遺跡》に蠢く化物が私の未来だった。そこを奴らと対立する勢力に助けてもらったはいいけど、人類に理解はあっても配慮はない連中でね。男と女の違いがわからない。だから男の精神は気に入ったから拉致して、私の精神は避難所として男の体にいれられた。一般人より戦えるしバックアップできるからはるかに安全だと私は《宝探し屋》の体に押し込められた。私の体はそいつらが管理してくれてる。そして言われたんだ。帰してもいいが、《遺跡》をつくった奴らを倒さないと一生怯えて暮らすことになるぞ。いつ見つかって拉致されるかわかったもんじゃない」
私は夕薙を見ていうのだ。
「そこに来たのがこの《遺跡》の調査依頼だったんだ。私をこんな体に避難させたやつらがつくった《遺跡》のね」
「......ふむ」
傷がある顎を夕薙はさする。
「なにか気になることがあったら、瑞麗先生に聞いていいよ。私はずっとこの体の運用方法について相談してたからね」
「............」
夕薙は考え込んでいる。
「今までずっと一人で風呂に入ってたのはそのせいか?」
「まあね」
「着替えをわざわざトイレでしたのも?」
「そうだよ。というかよく見てるね」
「転校してからずっとそうだからな、目立ってたぞ。自覚はないみたいだが」
「あはは......」
「てっきり銃創かなにかがあって、人には見せられないのかと思ってたよ」
「まあ、傷はあるけどね」
「......そうか、強制的に精神を交換......拒否すればあの化け物に......」
夕薙には同情が浮かんでいた。
「助けてくれたやつがまともじゃないってのは難儀だな」
「信じてくれるんだ」
「まァな......瑞麗先生の名前を出されたら、俺はカウンセリングしてくれる先生まで否定することになるからな」
「それは良かったよ」