かごの中の瞳4

今日も今日とて図書室のカウンターには、私が読むためのたくさんの古書が平積みされている。江見睡院寄贈の本ばかりだ。

「......あれ、これもだ」

持ち出し禁止のものがほとんどなのだが、たまに一般図書に紛れ込んでいるものがあり、貸し出しの記録が残っている。あまりにも読む生徒が少ないために黄ばんだ貸出カード。私は見慣れた名前を指でなぞった。

「阿門帝等......1年のときのね。ずいぶん勉強熱心だったんだ」

それは皮肉にも《遺跡》を作った諸悪の根源に対する記述がある本だった。なんとなく気になった私は、持ち出し禁止の本を読むために書かなければならない名簿録を探す。やっぱり末尾は今年度だったので、資料室にひっこんだ。何度も出入りしているからもうどこになにがあるかすぐわかる。

「あったあった、2002年度......。えーっと......あ、ここにもある......。入学してからすぐ通いつめてたんだ......」

《生徒会》を組織する人材を探す傍ら、《生徒会執行委員》を集めるためのシステム作りに奔走している様子が目に浮かぶようだ。

阿門が読んだであろう本たちはいずれも日本神話を解説したものばかりだ。

この《遺跡》を作った天御子は日本神話の天地開闢においてあらわれた別天津神(ことあまつかみ)という五柱の神々の一柱である。高天原に「独神(ひとりがみ)」(男女の性別が無い神)としてあらわれたが、そのまま身を隠したという。その名は天の真中を領する神を意味する。

『日本書紀』の本文には記述がなく、『古事記』『日本書紀』共にその事績は何も記されていない。

平安時代の書物には祀る神社の名は記載されておらず、信仰の形跡は確認できない。この神が一般の信仰の対象になったのは、近世において天の中央の神ということから北極星の神格化である妙見菩薩と習合されるようになってからと考えられている。

妙見菩薩とは、インドに発祥した菩薩信仰が、中国で道教の北極星・北斗七星信仰と習合し、仏教の天部の一つとして日本に伝来したものである。道教に由来する古代中国の思想では、北極星(北辰)は天帝(天皇大帝)と見なされた。これに仏教思想が流入して「菩薩」の名が付けられ、「妙見菩薩」と称するようになったと考えられる。「妙見」とは「優れた視力」の意で、善悪や真理をよく見通す者ということである。

妙見信仰が日本へ伝わったのは7世紀(飛鳥時代)のことで、高句麗・百済出身の渡来人によってもたらされたものと考えられる。当初は渡来人の多い関西以西の信仰であったが、渡来人が朝廷の政策により東国に移住させられた影響で東日本にも広まった。

妙見菩薩信仰には星宿信仰に道教、密教、陰陽道などの要素が混交しており、像容も一定していない。 他に甲冑を着けた武将形で玄武(亀と蛇の合体した想像上の動物で北方の守り神)に乗るもの、唐服を着て笏を持った陰陽道系の像など、さまざまな形がある。

「妙見菩薩......北極星......北辰......うわっ......いやな単語を見つけちゃった......」

カウンターにもどり、昨日白岐に勧められて読み漁ったばかりの古書を手にする。大和朝廷に滅ぼされた民族の散見する歴史をまとめたら貴重な書物だ。

「アマツミカボシだっけ......」

ぱらぱらめくってお目当てのページを見つける。何度も開いた形跡があるのはやはりアラハバキである。勝手にめくれないようにしながら読み進める。

「あったあった」

アマツミカボシは日本神話において星を神格化した神だが日本書紀の本伝ではなく異伝にほんの少ししか出ていないかなり謎の多い神である。

第一の記述では剣神にして雷神であるタケミカヅチと同じく剣神のフツヌシが全ての国津神を平定するもアマツミカボシは最後まで抵抗し、 従えることができず、機織りの神であるタケハヅチノミコトによって懐柔され、ようやく平定したと言われている。

第二の記述ではタケミカヅチとフツヌシが天にはアマツミカボシという悪神がいてこの神を倒してから平定に行きたいと発言したとされている。

つまり現時点で確定しているのは打ち倒すべき悪神である事、星を司る神である事のみである。

何故日本神話屈指の戦神であるタケミカヅチとフツヌシですら屈させる事ができなかった彼を機織りの神であるタケハヅチが懐柔できたかは諸説ある。

まずはタケハヅチが織物や機織りの神ということから女神として解釈され、ようするにハニートラップにアマツミカボシがひっかかったという説だ。

あるいは織物に星そのものを司るアマツミカボシを織り込んで封印できたからという説がある。

異説として元々タケハヅチはアマツミカボシサイドの神であり、天津神側にほだされて極秘で天津神側に寝返り、
寝返った事を知らないアマツミカボシサイドを内部から崩壊させたというものもある。

星を神格化した星神というのは世界各地で見られ、主祭神として扱われることが多い。だがアマツミカボシは打ち倒すべき悪神として伝わる。これは星神を祀る民族がおり、 大和朝廷になかなか屈しなかった為に悪神として扱われるようになってしまったのだろう。

漢字表記に"天津"甕星とつくことから天津神の一柱とされる神だが同胞であるはずのタケミカヅチやフツヌシと戦って返り討ちにし、 タケハヅチノミコトに屈服させられるという記述がある事から天津神でありながら国津神側に付いて反乱を起こした裏切り者ではないか?という説も語られているらしい。

また、神仏習合の発想では北極星を神格化した妙見菩薩の化身とされることもある。

「......嫌な予感しかしないのは気のせいじゃないわよね......」

これはどう解釈すればいいんだろうか。どの説を採用するかでアマツミカボシたる星を信仰していた民族が何者かかわってくるんだけど。

「......星を信仰するってなにを信仰してたのよ......北極星じゃないでしょうね?金星ならまだセーフなんだけど」

それはクトゥルフTRPGでお馴染みの
ハスターの代名詞だからだ。かの神は旧支配者(グレート・オールド・ワン)と呼ばれる強大な力を持った存在の一員とされる。四元素の「風(大気)」に結び付けられる。

ヨグ=ソトースの息子でシュブ=ニグラスの夫とされ、四大元素の「水」に結び付けられるクトゥルフとは半兄弟とされるが、ハスターとクトゥルフは対立している。

ハスターの姿がどのようなものであるかは、詳細は不明である。目に見えない力があり、触手に覆われた200フィート大の直立したトカゲである、ハリ湖に棲むタコに似た巨大生物と関連している、などの説がある。ハスターが人間に憑依した際には、犠牲者の体は膨らみ鱗のようなものに覆われ、手足から骨が無くなり流動体のように変形してしまった。これはハスターが去った後でも治る事はなかったらしい。


ハスターは「風」の神性の首領とされ、イタクァおよびロイガーとツァール、バイアクヘーと呼ばれる有翼生物がハスターに仕えている。また、ミ=ゴと呼ばれる雪男のような生物もハスターに仕えているとされる。

そう、あのミ=ゴだ。明らかに《遺跡》にいるスライムと対立しているミ=ゴだ。

「......そういやあたし、ミ=ゴに攻撃されなかったのよね......。あいつらが犬の化人に怯えてたのもあるんだけど、《如来眼》て大気がみれるような......あーやだやだ寒気してきた」

たまらず私は本を閉じた。

「妙見菩薩ってのがダメよね。よりによってなんでこれと習合してんの、アマツミカボシも天御子も」

ため息しか浮かばない。ぼんやりとだが輪郭が見えた気がする。

「白岐さんが私を怖がるはずだわ......むしろよく話しかけてくれたレベルなんだけど」

如来眼が妙見菩薩と縁が深いならこの体はハスター関連怪しいし。私の魂がアマツミカボシと関係あるならこれまたハスター関連怪しいし。アマツミカボシが天津神である以上、天御子側の内紛の気配がするから国津神の子孫の白岐さんからしたら、邪神と支配階級のハイブリッドである。なにこの......なに?

私の魂が元天御子側かつ天御子側から呪いを受けた民族由来なのだとしたら、どれだけ禍々しいのかという話である。

困ったことに1999年の龍脈活性化時期に東京魔人学園のみなさんは深きものどもとの乱戦、そして深きものたちがアザトース(クトゥルフのさらに親玉)を呼ぶつもりが失敗して盲目のもの(イスの偉大なる種族の天敵)をうっかり召還したことがあるのだ。

しかも2004年現在、これまた双龍関係で龍脈が活性化している。ダメだクトゥルフ側が好き勝手してた形跡しかない。そりゃハスター側も全力で偵察にくるわよね、このクトゥルフ側の勢力が天御子側と協力してつくりあげたと思われるこの《遺跡》を。アマツミカボシの末路を考えるに、天御子内での内部抗争はクトゥルフ側に軍配があがったようだし。しかもハスター側の内部分裂による自滅で。

まさか、五十鈴さんたち全部見越して私をこの体にいれて《遺跡》に派遣したのでは?なんとなく、そんな予感がちらついて離れないのだった。

そんなとき、チャイムがなった。

「やっば、もうこんな時間だッ......帰らなきゃ」

私はあわてて古書を司書室に戻して鍵をかけ、図書室の戸締りを確認してから鍵をかける。しっかりかかっていることを確認して、一気に階段をかけおりたのだった。

すっかり生徒や先生の姿はない。やばいやばいやばい、學園祭準備期間とはいえ7時にはチャイムが鳴るのだ。下駄箱で履き替えて真っ暗になった外に飛び出す。

肌寒くなり始めた11月上旬、今日は満月だと初めて私は気づいたのだった。

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