腐向け3


「九龍、ちょっとした提案なんだけどさ。誰からの依頼か知らないけど、ポケットに入れっぱなしにしちゃいけないと思うんだ、オレ」

「あ!ちょ、ちょっと待った〜ッ!?なに勝手に漁ってるんだよ翔チャンッ!」

やけに慌てている葉佩の声を聞いて、私は笑みを深くした。きっと《生徒会》のエロい書記から依頼されて作り出した媚薬だろう。興味津々でみていたそれっぽい瓶をみていた私は意味もなく確信していた。
私がその存在に気付いた瞬間に露骨に葉佩がうろたえ始めたからだ。

制止の言葉と共に伸ばされた葉佩の手を身軽な動作で避けて、ある程度の距離を取ってから見つめてみる。

「一体誰に使う気だったんですかね......」

「やっだなァ〜!翔チャンてばそんなふうに俺のこと思ってたのかよ、人聞きが悪いなァッ!!」

「前科がありすぎるんだよなァ......」

私の手の中にあるのは、紫色の小瓶に入った、怪しげな液体だった。粘着質だから塗るタイプなのかもしれない。ローション的な。小瓶越しにもわかるが、不自然に光沢があり、無臭なところが嫌に生々しい。

葉佩は探索しているあの≪遺跡≫におちている怪しげなアイテムを調合しては平気で仲間に渡していた。そうでもなければ仲間からステーキやらカニすきやら無理難題を押し付けられてもこなせなかったと供述しており。

で、今までにも怪しげな代物を作っては皆守に呆れられたり、怒られていたりしていた。そう考えるとどんなに妖しい薬や劇物を葉佩が持っていても、何もおかしくはない。ちなみにお前が言うなという一言はうけつけていない。

そこまで考えてから、葉佩へと視線を向けると、葉佩は視線を逸らしている。

「興味本位で聞くんだけどさ、今度は誰に渡そうとしてるんだ?」

にやにやしながら聞いてみる。

「翔チャンってさ、こういう時いてめ生き生きするよな。正直怖いと思うんだ」

「で?」

「……そ、それは」

「それは?」

オウム返しに先を促す私と目が合ったほんの一瞬を突いて葉佩は小瓶を無理やり奪い返してしまった。

「あッ」

その際に葉佩が力を入れすぎてしまったのか、それとも小瓶を奪い取る際に思わず手をついてしまったのか。私の身体がかなりの勢いで後ろに突き飛ばされた。

それを見た葉佩が「危ない」と思ったのか反射的に伸ばした手も虚しく私は尻もちをつく。

「あっ、やっべッ」

手から滑りおちた小瓶が割れる音が真横からした。

「……痛たたたた」

「ご、ごめんごめん、マジでごめんッ!わざとじゃないんだよ!」

小さく呻くような声で抗議する私に、慌てて反射的に謝りつつ身体を起こしてくれる。そして、私に怪我が無いか確かめようと顔を覗き込んだ瞬間、葉佩は思わず固まった。

「なんだよ、その沈黙......つーかにっがいなあこれ……。何入れたんだよ、媚薬に」

「わかってるなら取り扱いに注意して欲しかったなあッ!」

「いや、なんで後ずさりするんだよ、九龍」

ゆっくりと身体を起こした私は体をさすりながら痛みに顔を歪ませる。

「うっわ、最悪だ......。着替えてこないと。九龍、後片付けよろしく」

真横で割れたせいで服が台無しだ。なんだかぬるぬるするし、何処か甘く感じる香りを纏っている。無臭だったのにな。熱か人肌にふれるとフレーバーが香るタイプか?ずいぶんと性癖に偏った媚薬である。

思わず私は口元を拭った。液体によって濡れた唇を反射的に軽く舐めてしまったが、たぶん偶然口に入ってしまったとはいえかなりマズイものだろう。

「九龍?」

ぴたり、と合った視線にぴしりと葉佩がかたまる。いやだからなんでさっきからフリーズするんだよ。

「好奇心から聞くんだけどどんな感じ?」

「え?どうって......なんとなく熱いかもなァ......即効性ある時点でだいぶやばいだろ」

葉佩の背中に冷たい汗が伝う。嫌な予感がした。

「葉佩九龍君」

「は、はい」

「効果はいつまで?」

「じ、実はさ〜......それを調べるつもりだったんだよ。双樹サンに頼まれたはいいけど作りすぎて処分に困ってたからさ、今日遺跡に潜る際に化人にでも投げつけて遊んでみようかと思って持ってきてたんだよね。それを忘れて、翔チャンとこ来ちゃってたけど」

「あのさァ......時々九龍ってほんと馬鹿になるよな」

「なんだよそれ〜ッ!ひどくないかっ!?だいたい、興味本位で触ったりからかったりする翔チャンが悪いんだろッ!」

「いや、だってさ。まさかマジで効力があるとは思わないじゃないか」

「えっ、マジで?どんな感じ?」

「まさか実況させる気?せめて片付けろよ」

「あーうん、はい、わかったわかったッ!わかったからどんな効果あるか教えてくれよ!」

「はあ?」

葉佩はやたら手際よく片付けを開始する。ガラス片を回収し、雑巾で掃除し、念入りに掃除機をかけていく。

私はそれを監視しながらぼんやりと実況していた。心臓がドクドクと早く血を送り出す。妙に体が熱を帯びている。葉佩曰く、肌に変化があるらしい。肌に張り付いている髪や、先程舌で舐めていた唇にもなにかあるのだろうか。さすがに鏡はないからわからない。葉佩しか確認できないだろう。

普段、ふざけて抱きついてくる時とは状況が違うからか、さすがに今はダメだと葉佩の頭の一番冷静な部分が叫んだらしい。やけに大人しい葉佩である。

「……あ〜......なんか本格的にやばくなってきた……」

「えっ」

緩く頭を振りながら、熱を含んだか細い声を振り払おうとするが無駄だ。身体と心の異変を私は葉佩へ伝えるしかない。

「薄めた方がよくないかなァ......」

蜜のようにねっとりと鼓膜に絡みつくような甘い声音は私ですら知らない声である。

「筋弛緩剤まで入れただろ、九龍」

小さく震えている腕では自分を支えきれなくなった。かくん、と腕が曲がり私の身体は床の上へと崩れ落ちる。

「ん……っ」

やけにエロい声だこと。床へ崩れ落ちた後、私は小さく身じろぎし、何もしていないのにも関わらず上がってしまっている呼吸が苦しくてまたひとつ熱い息を吐いた。

その際に逸らされた首筋にも媚薬に濡れた髪が張り付き、きもちわるい。

瞼をきつく閉じて堪えるように眉根を寄せ、熱く甘い吐息を零す。明らかに薬の所為で異変が起きている。

「あ〜......その〜......大丈夫か?」

「大丈夫なわけないじゃん、九龍のせいだぞ」

「ごめんな〜!」

居た堪れなくなったのか、葉佩は私の傍らに移動し、そこに膝を付くと私の身体を抱き起こした。身体は多少熱を帯びているのか普段よりも体温も高く、ぐったりとしている。いつもなら絶対に葉佩に身を任せたりしないだろう私が、大人しく葉佩の胸に身体をもたれかけている。

どれだけ劇薬なのかそれだけで分かるというものだ。

「ベッドに寝る?」

「......そうする......」

それだけ言うと、私は葉佩の首に腕を回した。予想外の行動に驚いたのか葉佩が目を見開いて固まっている。

「マジで力が入らないんだ......」

「そっか......」

目を逸らしたまま、葉佩は私に肩を貸してくれた。

「おやすみ」

これで終わり、治まるまで寝よう、と目を閉じた時だった。


唇を舌で割り、歯列をなぞられて体が反応してしまう。鼻にかかった甘えたような声が漏れる。悪くは無い反応と勘違いしたのか、勢いづいて舌を絡め取られてしまう。私は目を開けて腕の中の身体がもがいた。

「な、にしてるんだよ、九龍」

「興味本位で聞くんだけどさ、今の翔チャンはほっといたら体と精神が最適化されて男になっちゃうわけだろ?女の子を忘れないようにさせたらどうなるのか気にならない?」

「......あたま、湧いてない?」

葉佩は私の指に自分の指を絡めるようにして手を繋ぎ、掌をベッドへと押し付けた。そうすると覆いかぶさるような体勢だった先程よりも、もっとお互いの身体が近くなる。

その近さをちゃんと確かめておきたいと思った葉佩が唇を離し、僅かに私と距離を取るとゆっくりと開かれた彼の視線が、葉佩を見上げてきた。

「は、ぁ……」

濡れた艶かしい視線をみて、葉佩がいう。もっと欲しいとねだっていると。私はこう返すしかないのだ。

「九龍がそう思っている所為なのかもしれないし、薬のせいかもしれないな。少なくても、オレは」

小さく笑いながら、葉佩はもう一度深く口付ける。封じられてしまった。

「……っ、ふ……」

わざと唾液を送り込むように口付けられ、私が飲みきれなかった唾液が頬を伝った。私の頬を伝った唾液を舌で舐め取りながら、肌を這う舌を徐々に下の方へと滑らせる。

「ま、じで......?かんべんしてよ、冗談キツいって......!」

「嫌?」

つ、と白い首筋を舐め、鎖骨の辺りに紅い刻印を付けながらそれだけ問われる。私はためいきをついた。やけに熱い吐息だった。

「んっ」

「ごめん……翔クン。俺、」

私の耳元でそう囁きながら繋いでいた掌を離し、着ている服を脱がそうとした葉佩だったが、さすがにこれ以上はまずい。後戻り出来なくなる。それだけはいけない。そう思った瞬間にそれまで熱に浮かされて潤み理性がとけかけていた私は反射的に彼の身体を力一杯突き飛ばす。

「……っ、つ……」

まさか今頃抵抗されるとも思っていなかったらしい葉佩はそのまま突き飛ばされた。

一方、突き飛ばした私は衣服の乱れと、赤く上気した頬と、乱れた息をそのままに、葉佩をきつく睨みつける。

「……っ!九龍、お前なァッ!オレが薬浴びたのをいい事に、何をしようとしたのかなあ……?」

「……あー……薬の効力が切れた……いい所だったのに」

「ふっざけんなよ、こんのクソガキッ!」

「日本にはいい言葉があるじゃん?据え膳食わぬは男の恥ッてね。あんな事したけど、別に俺はあの薬を翔チャンに使おうと思って持ってきた訳じゃないからな!」

「余計タチ悪いわッ!!」

「あれ?……もしかして翔チャン、しっかり全部憶えてたり……する?」

「でてけ」

「え〜ッ!?」

「かえれ、自分の部屋にかえれ、いますぐ!」

私はにやにやしている葉佩をおいだした。

いつもはこんなに他人に表情を変えたり、うろたえたりする姿をみせないというのに、葉佩の前でここまで心情を露にするのならば私は今余裕がないのだ。

パタン、と静かな音を立てて玄関のドアが閉まった事を知ると、私は詰めていた息を吐いた。葉佩が作成したらしい怪しげな『媚薬』は中々に強力なものだったらしく、未だ身体には隠しようもない劣情が燻っている。

もう少し、惚れ薬の効力が続いていたのならば取り返しのつかない事になっていたかもしれなかった。この痕をつけた葉佩は限りなく本気だっただろうし、薬に支配されていた私もまた、彼を求めてしまっただろうから。

「……一回りも年下の奴相手に、何をやっているんだか」

自分に対して呆れた呟きを漏らしたものの、身体に残る葉佩の掌や唇の感触がどうしても意識から離れず、何もする気が起こらない。それらを忘れようと思っても、今度は葉佩の声が耳の奥に響いて邪魔をしてくる。

ふざけている事が多い所為か普段は若干高めのトーンで話す彼の声が、先程耳元で囁かれた時はいつものそれよりも低く、艶を帯びていたような気がした。

それに対して嫌悪感よりも先に、「こんな声でも話せるのか」と思った自分はまだ薬の効力が切れていないのかもしれない。

……そこまで考えて、熱に犯された頭と身体のままでは、とんでもない方向へ答えが向かってしまうような気がした私は考える事を放棄し、媚薬を拭く為に熱っぽく気だるい身体を何とか動かして、浴室へ向かった。

明日になれば、この妙な気分も収まる。その、はずだから。
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