2004年9月10日昼休み
『アイテムを入手しました』
聞きなれたH.A.N.T.の電子音声につられて教室に入ってみると、なにやらコソコソしている葉佩がいた。せめて音声きりなよ、葉佩。学校の備品ぱくってるのは私もだからとやかくはいえないけど、白昼堂々はどうかと思う。
「Get treasure!」
聞いている者など自分以外に居ないというのに、流暢な発音でわざわざそう呟いた葉佩は満面の笑みで手に入れたお宝を四次元ポケットにしまった。あれは黒板消しかな?敵になげると粉状態になり、爆弾投げるとダメージがアップするのだ。序盤はじみに重宝するから困る。わかるわかる、大事なのアイテムだ。宝探し屋は現地調達が基本だもんな。
なるほど、だから普段なら一緒にいるはずの皆守がいないのか。学校の備品を葉佩が勝手に持ち出すと口煩く説教をしてくるので、たぶん昼休みになると同時に撒いたなコレ。いや、至極真っ当な指摘なんだけど。あとは連れてくると、ほぼ確実に皆守にこの事を喋ってしまうだろう、やっちーや七瀬の姿がないのもそのせいだ。
「何してるんだ、葉佩」
「ハッ!?そ、その声は......よ、よかった〜、翔クンだったか〜」
葉佩はあからさまにホッとした顔である。そして基本葉佩のやることは宝探し屋として必要なことなんだろうからという理由で基本放置気味な私は葉佩にこういわれるわけである。同業者のよしみだから見て見ぬふりをするのはあたりまえだ。よく考えてみてくれ、この九龍妖魔学園紀という世界は日常生活より遺跡探索に重きがおかれている世界なのだ。私が邪魔をしたせいで葉佩の探索に支障がでたら、私の《ロゼッタ協会》内での評価も下がるじゃないか、そんなこと断じて許されない。
ただ。
「オレだけに見つかったならよかったんだけどな、葉佩。次からは白昼堂々とゲットトレジャーするのはやめた方がいいよ」
「へ?」
私が視線をなげる先につられた葉佩の顔がひきつっていく。この状況で最も会いたくなかった人物が、教室の扉に背をもたれて立っている事に気付いたのだ。
「翔チャンの裏切り者〜!」
「ごめん、葉佩。オレも今気づいたんだよ」
「なら話かけないでいてくれたらッ!」
「話しかけないでいたら、なんだ葉佩?」
いつもならサボる授業に無理やり連れ出され、いつもなら昼寝する休み時間は葉佩が學園内で窃盗行為を繰り返すためにことごとく潰されている皆守の怒りは尋常なものではなかった。遺跡探索に連れて行かないと葉佩が帰還するまで入口で待っているのを「寂しかったんだな、ごめんよ!」と検討ハズレなことをいっては蹴られている葉佩である。監視目的はわかるが律儀に待ってなくてもいいのに変なところで面倒見の良さを発揮する皆守である。いいかげん皆守もパーソナルスペースという概念がない葉佩九龍という人間に慣れたらいいと思うのだが、そうもいかないらしかった。
しかし、気配を感じさせずに背後まで近寄ってみせたのは流石の一言に尽きる。もちろんそんな悠長な事を思っているのは私だけで、殺気を向けられている葉佩はそんな場合ではない。正に、絶対絶命だった。
目の前にはかなり機嫌が悪いのか、完全に目の座っている皆守がいる。私は完全に呆れ返って生暖かい哀れみの視線を向けている。手助け?するわけないだろ、下手打ったらこっちの運動能力把握されるかもしれないんだから。
いつもなら持ち前の運動神経で無理やり突破する事も可能だっただろうが、今の葉佩は備品でパンパンの四次元ポケットのせいで重量がかなりある。そこに優秀な運動神経・反射神経を持っている上に、それを否応なく活用しなきゃいけない状況におかれて、隠すのも面倒になってきた皆守がいるのだ。銃火器や刃物があれば葉佩に軍配が上がるが、振り回されて蓄積されてきた圧倒的な経験に基づいて先読みされたら葉佩に勝ち目はない。
最終決戦でもないのになにやってんだこいつら。
「……葉佩」
皆守から普段より格段に低い、地を這うような声音が発せられる。確実に葉佩の行動に怒っている皆守が怖いのか、思わず助けを求めるように私の方へ視線をやってくる。ご愁傷さま、と私は拝んだ。葉佩は涙目である。
普段から備品を勝手に盗るんじゃないと何度も怒られているにも関らず、懲りずに盗みを重ねていた葉佩を私は助けるつもりは毛頭ない。バレるような盗み方をする方が悪いのだ、馬鹿め。諦めて、明らかに今の葉佩の技量だと盗めない備品の窃盗疑惑まで被って粛清されてくれ。尊い犠牲だったよ。
「話を聞いてくれ、皆守。これにはわけが!」
「情けない声上げるな、気色悪い」
やり取りを傍から見る分には仲良いなお前ら、随分子供っぽいなおいという話だが、お互い本気なだけに突っ込みはない。葉佩は何とか「おしおき」から逃れようと必死で、皆守は「おしおき」したいのだ。
「葉佩」
「な、なんだよ〜、やだなあ皆守。せっかくのイケメンが台無しだぞ!」
まさか嗅ぎつけられるとは思っていなかったらしい葉佩は、自分の軽率さを恨むしかないわけだ。
「昨日、『二度と盗まない』と約束したのを忘れたのか?」
「あ〜……そういえばそんな約束したような、しなかったような?」
にへらと気の抜ける笑みを浮べてみても皆守には効果がない。それどころか、葉佩がその笑みを浮べた瞬間にぶちり、と何かが切れた音が聞こえたような気がした。
それと同時に、その視線だけで弱い化人なら倒せてしまうのではないかと思える程に強い殺気と怒りを視線に込め、睨んできている。完全に我を忘れるくらいに本気で切れてしまったようだ。
あーあ。
思わぬ所から降って湧いた「生命の危機」に、冷や汗を流しながらも視線を廻らせ、何とか脱出路を探す葉佩を前に、往生際が悪いなあと私は思うのだ。きじもなかねばうたれまいに。
結局断末魔とともにH.A.N.T.に「心肺機能停止。CPRを実施してください」と言われてしまう位まで痛めつけられてしまったのはいうまでもなかったのだった。
ある意味、遺跡に潜る時よりも強い緊迫感が辺りを支配していたのは私の気のせいではないだろう。
「そろそろ昼飯だ、マミーズいくぞ」
「えっ、オレも?」
「そこの屍運ぶの手伝ってくれ」
私は葉佩九龍だったものを運ぶために手を貸すことにしたのだった。
「あれ程するなと言ったのにお前は……っ!!」
「元々ドロボウみたいなもんなんだから今更……、っ!?」
ため息を吐きながら余計な一言を付け加えてしまった葉佩には見事な靴の跡が残っていた。
当たっていたのなら、さぞかし痛かったのだろうと容易に推測できる跡に少なからず戦慄を覚えていると、不自然な程に抑制のない、淡々とした皆守の声がマミーズに響く。
「話を聞けっていってんだよ、葉佩」
「……はあい」
余りの剣幕に自然と両手を肩の位置まで上げ、「降参」してしまいながらも葉佩はへらへらとしている。懲りないやつだなあ。
「……このっ、ちょこまかと!!」
「思いっきり殺す気で蹴られたらさすがに逃げるよ、俺だって!」
「この状況でへらへら笑って、そんな台詞が吐けるお前は一体何なんだよ」
「宝探し屋だからさ!」
「んな話をしてるんじゃねえよ」
「おーい、菜々子ちゃん困ってるよ」
「店内で喧嘩はおやめくださ〜い」
私が菜々子ちゃんと呼んだのは、ウエイトレスの女性だ。このファミリーチェーン店でゆいいつウエイトレスをしている人であり、やっちーと同じく規格外の一般人であり癒し枠。あかるく活発で元気な女性だ。オレンジいのウエイトレス服と頭のカチューシャが良く似合う。ちなみにこの人も何れ仲間になるのだ。まさかカッコイイ男の子にくどかれたら遺跡でデートする羽目になるなんて思わないにちがいない。20歳だからか私も菜々子でいいですよと言われてそう呼んでいた。マミーズのお菓子を買い占め、お持ち帰りメニュー常連の私は上客らしい。そのうち葉佩も同じになるだろう。
「そうそう、もうそろそろやめようぜ。俺もそろそろ疲れてきたし、これ絶対勝負つかないって」
「ちっ......」
「なあ……オレ、もう帰っていい?」
昼間にマミーズ、この状況はものすごく身に覚えがあるのだ。真後ろで《墓地》に行こうと噂してる馬鹿たちの話が聞こえた時点で私は逃げ出したい衝動にかられていた。また巻き込まれるパターンじゃないかこれ。
「ダメだ、だいたいお前が甘いから葉佩が図に乗るんだよ。葉佩がレトルトカレー盗んでるの知っていながら黙ってた罪は重いぞ、翔。よし、今日は奢れ」
「えええ......」
まさかの理不尽さに私は頭をかかえたのだった。
「いらっしゃいませ〜!マミーズへようこそ〜!本日はなにになさいますか〜?」
「オムレ......」
「カレー」
「五目ラー」
「カレー」
「......カレーで」
「3人分な」
「えっ、俺もッわ?!」
「なんだよ、なんか文句あるのか?」
「いやないです」
「ないでーす」
否応なく私は半年間何度も聞かされてきたカレー談義に耳を傾けることになるのだった。
ああくそ、なんてタイミングで噂話をするんだ真後ろの生徒たち!興奮気味に話してるもんだから皆守たち気づいちゃったじゃないか!
夜の墓地で墓守が棺を《墓地》に埋めているのを目撃したらしく、所持品だけじゃなく遺体も埋められているのではないかと生徒たちは騒いでいた。ほんとに遺体が埋められていたら新聞や雑誌記者に情報を売って大儲けできるのではないかと。馬鹿だなー、真後ろに《生徒会》の人間がまさにいるんですけど!
「そういえば、まだお前にはちゃんと話してなかったな、葉佩。《生徒会》には《役員》と《執行委員》がいるんだ」
「もしかして、取手みたいな?」
「あァ。一般生徒の中に紛れ込んでいて、普段は、誰がそうなのかわからない。だが、常に俺達をどこからか監視していて、いざとなれば処罰するという訳さ。まったく、ろくでもない學園だぜ、わかるだろ?俺が《生徒会》に目をつけられないようにしろっていった意味が。なのにお前ときたら......」
紛れ......込んで......?私の脳裏にはゴスロリ少女やガスマスクや五右衛門やオカマやデジタル部略してデ部部長が脳裏をよぎった。
「おい、翔。なんだその顔は」
「いや、その......」
てけりり
「なんというか」
てけりりてけりりてけりり
「聞きたくない声がさっきから聞こえ」
てけりりてけりりてけりりてけりり
私は思わず立ち上がった。近くには綺麗な包装がされたプレゼントがある。
「───────ッ!!」
たまらず私は近くの窓をあけてプレゼントを放り投げた。校舎にぶつかったプレゼントからは黒い液体がどろりととけだし、意思があるのを示すように鳴いている。やがて音もなく茂みに消えてしまったのだった。
「な、なになに、いきなりどうしたんだよ、翔クン」
「......なんだありゃ、あの気持ちのわりいのは」
「なんで新島の体に入ってたやつが置かれてるんだ」
「えええっ!?」
「な、なんですか、あのスライムみたいなやつ!気持ち悪いですね!」
私は当たりを見渡すが私のいきなりの行動に戸惑う客しかいない。息を吐いたそのとき。
「ふふふっ」
くすくす笑いながら去っていく少女が見えた。あわてて当たりを見渡すとプレゼント箱がいつの間にか噂話をしていた男子生徒たちのところにまた置かれていた。
「うわっ、またプレゼント箱!」
「なんだよこれ、気持ち悪い!」
菜々子がお盆を落とした。
「あひゃあああああッ!!は、はこはこはこはこはここの箱ッ、何かものすごく熱いんですけどっ!!けけけけけ煙とか出ちゃってこれこれこれっつまさか......ば、ばくばくばく」
「おい、落ち着けって」
菜々子の叫びに店内の客がいっせいに立ち上がった。
「馬鹿ッ!!いいからそこから離れて伏せろッ!!葉佩ッ、翔、───────!」
叫ぶ皆守。
「翔クンのが菜々子ちゃんに近いよな、あとよろしく!」
私は葉佩にいわれてうなずく。あわてている菜々子の腕をつかみ、爆風の連鎖から護るため、テーブルの影にひっぱりこんだ。
「えっ!?えええええっ!?きゃ───────ッ!」
「なッ───────!?」
「うっさいなあ、叫ぶ暇があったらお前も伏せろよ、皆守。危ないだろーが」
「おやおや、これはいけませんね。みなさん、伏せましたね?では」
バーテンダーをしていた老人が私が開けていた窓目掛けてプレゼント箱をぶん投げる。箱が中庭で爆発したが、さいわい窓にヒビが入る程度ですんだ。
「はああああ〜......びっくりしました〜!ああっ、あのあのあのッ、江見くんは大丈夫ですか!?」
「オレは大丈夫だよ、ありがとう。菜々子ちゃんは怪我ない?」
「そうですか〜。ああよかったです〜。あのあのッ、ありがとうございました!」
「よかったよ、怪我なくて。すごかったね、爆発」
「そうですねえ......。ハッ......ももももし江見くんがさっきのプレゼント箱投げなかったら、あの黒い気持ち悪いスライムまみれだったかも!?ほ、ほんとうにありがとうございました」
菜々子の言葉に私は青ざめるのだ。待ってくれ、リカちゃん。あのプレゼント箱どっから入手したんだよ!