蜃気楼博士4

放課後のことだ。私は体調不良により休んだ授業分のプリントや課題を取りに職員室に寄った。そしたら雛川先生が心配して話しかけてきてくれた。話し込んでいたらチャイムが鳴ってしまい、その分帰りが遅くなった。携帯電話を見てみれば、たくさんメールが来ており、私が来る前に、本日の探索に同行するバディは決まってしまったとわかったのである。

やっちーによると部活前に玄関でたまたま瑞麗先生と遭遇し、帰ろうとしていた葉佩と皆守を捕まえて話し込んでいたら、噂をすればなんとやらで取手が来たらしい。錯乱状態だったがすぐに正気を取り戻し、心配したやっちーが相談に乗ろうとしたら拒絶されてしまった。瑞麗先生から話を聞いた葉佩は一連の流れから葉山さん襲撃事件の犯人が取手らしいが本人は無自覚であると言い出した。《黒い砂》と《遺跡》という単語に異様な反応をするところから、取手のおかしな態度は連日連夜潜っている遺跡に秘密があるのではと。そういうわけでやっちーが張り切って探索したいと主張したらしい。

そしたら皆守が切れた。自分で何とかできないやつはそれまでだ。単なる同情心で救おうとする偽善者は嫌いだとやっちーと葉佩を目の前で自殺した女教師と重ねて激怒した。あとから冷静になったようで、やっぱり行きたいから今夜はやっちーと行かせてくれとわざわざ私や月魅にまでメールを送ってきていた。今日もあっちこっちにメトロノームしている皆守には同情を禁じ得ないが君が望んだ立場なんだから頑張れというほかない。

葉佩からも昼間の体調不良を心配したのか、大事をとって今日は休んでくれとメールされてしまった私は了承するしかなかった。いつものようにすぐに寝て、3時に起きてみたら体調はよかったので普通にマラソンをして帰ってきた。シャワーを浴びて着替えていたら、夜明け前に葉佩が尋ねてきた。

安定の不審者スタイルである。私はあわてて部屋に入れた。

「おっはよー、翔クン!君なら起きてるころだと思ったぜ!その様子だとマラソンは終わったのか?」

「おはよう、葉佩。ああ、終わったよ」

「そっか〜、残念だな」

「そうだね、もう少し早かったら一緒に走れたのに......って疲れてるか」

「大丈夫大丈夫、魂の井戸にいけばなんとかなるなる」

それ、私が不在だったら不法侵入してゲットトレジャー出来たのに、って考えてるんじゃないだろうな?最近、皆守がストックしてるお気に入りのレトルトカレーをよく失くすと嘆いてたぞ。それとなく匂わせるとナンノコトカナーといわれた。なんだよその口笛。

「そんなに元気そうってことは、取手と《遺跡》の関係わかったんだ?」

「そうそう、そうなんだよ!今日の昼あたりにやっちーと語り倒すから楽しみにしててくれ。結論から言うと取手が仲間になった!」

「えっ」

「そうそうそれそれ〜ッ!その顔が見たかったんだよ〜!来てよかった!あ〜七瀬の反応が楽しみだな〜!マジでインディージョーンズもビックリなスペクタクル巨編だからさッ!」

私は空いた口が塞がらない。いくらなんでもはや過ぎないか?ゲームと違って遺跡の中はなかなかの広さだったと思うんだけど。たしかに1日2日の猶予があったとはいえ、1日で取手の担当エリア攻略するとかはや過ぎない?

「というか、今まで潜ってたのか?」

「そうだけど?いつものことだろ?」

「えっ」

「えっ」

「やっちーと皆守のバディとオレたちが交代する時って休憩くらいとってるよな?」

「え?取らないけど?」

「頼むからとってくれ、葉佩。君が倒れたらみんな悲しむよ。父さんだってそうだ。ロボットだってメンテナンスしないとすぐ壊れるじゃないか」

「翔ちゃん......立派に育って母さん嬉しい!」

「茶化すな」

「ふぁい」

私はすぐに破顔した。

「でもまあ気持ちはわかるよ。取手が仲間になったんだもんな、おめでとう」

「ありがとう!翔クン、翔クン、そんないいこな君に葉佩サンタから季節外れの贈り物だッ!さあ受け取りたまえッ!これは俺より君に相応しいものだからなッ!」

やけにテンション高く差し出されたのは5枚の古びた紙だった。それはエジプトの死者の書として有名なパピルスによく似た紙でできていた。一枚のサイズは24cmほど、長さは30cmほどで厚さは0.25mmらしい。

もともとは薄片を二層に接着して作るという構造上、表裏で繊維の向きが異なり、また折り曲げに弱いため冊子状にすることは難しいので、数枚から20枚程度のシートをアラビアゴムで長く繋ぎ合わせて巻物だったのだろう。それを裁断し、紙にしてあるのだ。葉佩曰く、ギミックや罠の先に隠してあり、まるで宝探し屋が来るのを待っていたかのような配置に置かれていたらしい。

腐敗防止の液体に浸されているためにちゃんと文章が残っていた。

「これは......」

「江見睡院先生のメモだ」

「これ......が......」

「だから来たんだよ、すぐ見せたくてさ」

私は震える指先で文字をなぞる。

体が震えるほど喜びがこみ上げてくるのがわかる。江見翔という存在は虚構にすぎないが、このメモの到達する先に遺跡の真実に葉佩九龍が到達することを意味する。まさしく私にとっての救世主だ。それに上手く行けば江見睡院という偉大なる宝探し屋の復活があるのだ。私が私の世界に帰還するための絶対条件である《天御子》という宿敵の打倒の第1歩がここにあるのだ。まさに悲願である。安堵とうれしさに震えている。
こみ上げて来る嬉しさと恋しさとで、口が利けなくなってしまった。

《中に浮かぶ化人を目撃。重力さえもコントロールする技術が古代日本に存在していたとは。細い通路を抜けると蛇が向き合った巨大な扉が目の前に立ち塞がった。蛇は紀行神話においても霊力をもつ獣だとされている。このメモには動物たちが持ち去るのを防ぐために特殊な香料が塗ってある。化人に効果があるかはわからないが、他の方法を探っている暇はない。動物に効果があると同時にこの香料は特定の虫を呼び寄せる。私の後に続く者には、きっとそれが目印になるだろう》

真下には写真が貼り付けてあり、葉佩によるとその虫を頼りに5枚もの紙を見つけたという。

「これが......父さんの......」

私は思わず紙を握る手に力がはいった。

「ありがとう......ありがとう、葉佩。父さんがこの遺跡を調査していた証拠がやっとみつかったよ。父さんが、江見睡院がいたっていう確かなる証拠が」

「喜んでくれると思って、持ってきたかいがあるってもんよ!」

「うん......うん。ありがとう。写真にとってもいいかな?母さんに見せたいんだ」

「どーぞどーぞ撮っちゃってくれ!翔クンのお母さんも喜んでくれるといいな!」

私は携帯電話で撮影してからすぐに葉佩に差出した。

「......やっぱり返すよ。これ、宝探し屋である葉佩あての手紙だしさ。これを手がかりに父さんの辿った道をオレに見せて欲しい」

「わかった!」

あのさあ......葉佩がいいやつすぎて罪悪感が半端ないんだけど、一応江見睡院メモは《ロゼッタ協会》に提出すべきアイテムだからな?江見翔的にはありがたいけどさ。

私は笑ってしまった。

葉佩九龍はいつだって尾ひれをつけて、まるで億万長者にでもなったかのように誇張する。話を料理するのだ。いつも、ちょっとひっかかれたくらいでも、おおげさに倒れてのたうち回り、ほら、こんなところに傷が!と傷口を指さしておいおいと泣き始める。オーバーリアクションながら本気なのか冗談なのかわからないうちは振り回されてしまうが、脊髄で反射的に会話しているだけだと割り切った方が楽だったりするのだ。これが全部擬態だったら私以上のたぬきだなと思うこともあるが、それはそれでカッコよすぎるのでありだと思う。

実際の感情以上に大げさな表情を作る葉佩なら、きっとクリスマスは永遠の別れのように大げさに涙をぬぐう一世一代の芝居を打つことになるだろう。それはきっとたくさんの人間を救うことに繋がるのだ。この勢いで頑張ってほしい。

そのためにもメールマガジンの配信やアイテム供給がんばろうと私は思ったのだった。

「あ、そうそう。取手が言ってたんだけどさ、ありがとうっだってさ」

「うん?」

「昼休みに保健室で取手に聞いたんだろ?君はなにをみたって。君は人を殺すような人じゃないって信じているって。新島が死んだの取手のせいじゃないってよくわかったな」

「ああ、そのことか。まあね。葉山さんの枯れ木の手を見たとき、《執行委員》の粛清じゃないかと思ったんだよ。そしたら保健室のベッドで《そんな目で見るな》《僕じゃない》《近づくな》って魘されてるの聞いちゃってさ。もしかしたらと思って聞いたら、新島の腹から黒い液体が出てきて取り込まれそうになったっていうだろ?取手の力が精気の吸収ならその黒い液体自体が精気で、新島の中がそれで満たされていたとしたら一瞬で干からびることもあるんじゃないかと思ったんだよ。新島が人間じゃないなにかで、たまたま取手が正当防衛で力を発揮したら相性が悪すぎたとかさ」

七瀬と《古代超文明》について図書室で調べているうちに、なぜか所蔵されている写本やらなんやらについて読んだんだと告げると葉佩は手を掴んだ。そしてぶんぶん手をふりはじめる。

「よくわかったなあ、すげ〜!俺全然わかんなくてさ、途中からふわっとした流れしかよくわかってなかったんだよ!助かったぜ、翔クン!その調子で七瀬と遺跡探索これからもよろしくな!」

あっ、こいつ探索系の技能に全くポイント振らない気だと私は悟ったのだった。《ロゼッタ協会》から送られてきた葉佩九龍のデータベースみたときから嫌な予感はしてたんだよ。これまさか碑文ガン無視しながら進むタイプの宝探し屋じゃないだろうなって。これは知性が足りないと詰むエリアに来たら地獄を見るなと今から私は戦々恐々するはめになるのである。
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