《長髄彦》が倒れたことで墓守は呪縛から解放されて學園には平和が戻ったが、《遺跡》に眠る《秘宝》を求めて葉佩は今夜も未踏破地域を目指して潜入する。
《遺跡》は崩落したため、黒塚に教えてもらった森の中にある入口から侵入を試みる。縄ばしごの下には半壊している大広間があり、南東の方角にある唯一の扉以外行けなくなっていた。この扉は《長髄彦》との決戦直前でも開くことはなかったが、やはり《長髄彦》を倒したあとはその扉が開いていた。ここを発見したとき、葉佩はいいようのない後味の悪さを覚えた。《長髄彦》のいうように、《遺跡》の中に設置された謎の《訓練所》エリアが広がっていたからだ。様々な仕掛け、強力な化人たちが待ち受けており、訓練というよりは試練に近かった。
コンクリートらしき素材でつくられた外壁を見るかぎり、《遺跡》内でも後期に造られた場所であることは明らかだ。ただこれは皇七が施した認識阻害の魔術がかけられているため、実際の姿ではない。触ってみてもコンクリートにしか思えないが。
このエリアは《魂の井戸》に立ち寄ることが一切許されていないため、葉佩がもちこめるアイテムはなにひとつ無駄になるものはない。
最難関は闘技場に待ち受けるボス2体であり、どちらも普通に戦ったのでは勝ち目がなかった。一定時間をすぎると強制的に扉の前に戻されてしまうため、葉佩は苦戦を強いられていたのだった。
何度も挑戦するうちにわかったのだが、このエリアでは××訓練所と名付けられた各部屋を5ターン以内に通過しないと失敗扱いで入口に戻されてしまう。前の部屋に戻るのもダメ、《魂の井戸》で回復や補充ができない。一気に踏破しなくてはならない。失敗は地震のような揺れでわかる。訓練は決まって入口北西の扉をあけると開始される。
戦術訓練所に突入した葉佩は、まず水路と落とし穴を飛び越えて移動しながら鞭をぬいた。弱点属性の化人を一掃し、強力な爆薬を密集している化人たち目掛けて投げつける。その先にある蛇の形をしたスイッチを起動すれば、通路を塞いでいた壁が消滅し、北西の扉があいた。
訓練所連絡通路は化人を倒す制限はないようなので、アイテムなどを温存しながら先に進む。
次は射撃訓練所とは名ばかりの暗闇空間である。中央の仕切りで攻撃は遮られるため接近戦で撃破しなければならない。葉佩は全ての攻撃に電撃がふよされるアイテムを装備するなり、大型化人に斬りかかった。そして小型のくせにやたら頑丈な化人の群れの攻撃が届かないところまで逃げる。次は北側に密集している化人の背後に飛び込み、それぞれ撃破する。
そして格闘訓練所だ。細い通路いっぱいに歩いている大型化人を一体ずつ確実に仕留めていく。迷路になっているため要領よく倒していかないと5ターンで全滅させられないのがいやらしい配置である。
やがて登坂訓練所に葉佩はたどり着く。途中にある亀裂を壊せば次のスイッチを直ぐにおせるため、また装備を変えてからワイヤーガンで登っていく。待ち受けるのは罠だが、何度も来ているため驚きはすでにない。5ターン以内に倒して壁を破壊し、スイッチを押せば成功だ。
お次は匍匐訓練所。部屋の中は真っ暗で、ひたすら匍匐前進するしかない。このときトラップのタイルをふむと失敗になるとかいう嫌がらせがされているが、トラップは固定なのでもはや覚えゲーである。
そして。
「この分じゃ、また今夜も寝不足だな」
「俺が手を貸してやるのにも限りがある。それを忘れるな」
「うっさいなあ、黙ってみてろ!!」
葉佩は叫ぶ。昨日はこの跳躍訓練所に入った瞬間に罠が発動して壁面にある2箇所の穴から矢が飛んできたのだ。それをうっかりミスでかわしきれずに大ダメージを負った葉佩はそれでお開きとしたのだ。今回はうまいことかわしてジャンプで足場を渡り、スイッチを押すことが出来たのである。こんなふうに何回も行き来する原因はヒヤリハットの方が多かった。
爆破訓練所はその名のとおり、最初から化人が密集していた。爆薬で一網打尽にする絶好のチャンスでスタートすることが出来る。西側にいる化人の弱点部位に爆弾をぶつければ、より効率的に殲滅することが可能とわかってからは早かった。爆破耐性がある敵は生き残るが、逃さず切り殺せば問題ない。
あとはひたすら走るだけの走力訓練所である。一気に駆け抜けて南と北のスイッチを押せば次の扉が開く。
「やっと休憩通路だよ、もー!」
「その割には化人がいるけどな。気をつけろよ、九ちゃん」
「気をつけろ。一瞬の油断が命取りになる」
「わかってるって」
葉佩は確実に化人を倒し、ようやく通路を安全地帯にかえる。南東方向に爆弾を投げた葉佩は、そこを破壊して隠し通路に入った。貴重な回復アイテムである。
「2人とも食べる?」
「......いや、俺はいい」
「ミネラル水よこせ、九ちゃん」
「納豆カレーは?」
「いらん。それなら九ちゃんの寿司のがマシだ」
「なんだよー、仕方ないなァ」
信じられない、という顔をしている阿門に直に慣れると皆守は遠い目をしていった。
そして、闘技場控え室に辿り着く。大扉の前には蝶が飛んでいた。葉佩が話しかけると妖艶かつ豊満な胸をもつ女性が現れる。葉佩はいつものようにトレードでアイテムを入手したり、彼女の力で事実にアイテムをしまったりした。
「フフフ...... 全ては泡沫の蝶の夢……。だからどうか気をつけて......」
女性は蝶に戻ってしまった。
「さあて、いくか」
葉佩は扉を開いた。
「あれ、先客がいるみたいだな?」
その先には《イワレ》という大和朝廷を築いた神の名を与えられた化人を前に話しかけている青年がいた。
《この地とこの地に住まう者たちを守るための最善の道として、ニギハヤヒ様は娘をイワレビコに娶らせ和合を結び、この地の統治権をイワレビコに譲るという。我が一族はこれより始まる統治権力に迎合する道を歩むことになろう。しかしそなたらはここに留まるわけにはまいらぬ。そう、いったことを覚えておるか?》
化人は反応がない。それでも青年は語りかけている。
《天御子は必ずやそなたらのいのちを奪うだろう。そなたらは一族とともに東へと落ち延びよ。東の果てには天御子の手の及ばぬ土地がある。我らと同族の国津神・アラハバキ神がその地を守護しておられる。さすればそなたら一族は受け容れられよう。そう伝えたろう?》
やはり化人は反応がない。だが青年は懸命に話しかけている。
《私とともに造りあげた国を長髄彦と共に東の果ての地に住まう者とともに
造りあげるがよかろう。その地を日上国と称するがよい。必ずやアラハバキ神はそなたらに力を与えてくださるだろう、と》
青年は泣いていた。
《東の果ては寒くつらいことも多くあろう。永きにわたる苦難を強いられることもあろう。しかし、そなたらにはわたしと同じいのちが宿っておる。忘れるでないぞ。いのちは永遠なのだ。私はいつどこにあろうともそなたとそなたの子孫とともにある。悠久の時の流れのなかで、そなたの子孫がいつしかそなたの存在を忘れようとも、いのちはすべてを記憶しておる。大地から芽吹く新芽のように必ずいのちはそなたを思い出すであろう。そして真の和合が結ばれる時を迎えるであろう。そう約束したな。すこやかであれと》
息を吐き、青年はためいきをついた。涙をごしごしふいている。
「どうですか、《アビヒコ》様」
葉佩たちはギョッとした。青年の口からさっきと全く違う声が聞こえてくるではないか。
《完全に心が壊れておる......》
先程の声の方が威圧的で重厚な響きがある。アビヒコを呼んだ方が青年だろうか。どうやら青年は降ろした祖神と会話ができるようである。
《まずは心の立て直しが必要だ......悪を無にするのだ》
「無くす?」
《無にするには善で抱き参らせることが必要だ。亡くすることでないぞ》
「どっちもなくすですけど、字が違うんですか?」
《そうさな、このところが肝腎なところだ。良く心にしめるのだ。神と人と一つになって一つの王となるように、天と地が揃って人間となるように、善も悪も融合してひとつの新しき善となる》
「ああ、無駄の無の方ですか?」
《そうさな......だがもう少し違うたとえはできんのか......》
「いいじゃないですか、そんなこと。どうだって」
《やれやれ、我が子孫は冷淡よな......。そう急かすでないわ。自身の中の陰陽和合を為すことで、反転子の錬金術で闇を光に反転させ、対極の存在と真の和合を果たすことができる。さすれば闇はその役割を終えて、光へと帰ってゆく。神々とともにあった太古の記憶を取り戻す》
「わかりにくいです」
《辛辣よな......》
ちょっと悲しそうな声がする。
《して───────そなたらは何者ぞ?》
ぶわっと凶悪な《陰氣》があたりにたちこめる。葉佩たちは息を飲んだ。