葉佩たちが最終決戦に臨んでいたころ、八千穂たちは白岐の部屋にいた。《封印の巫女》の術によって葉佩たちの動向を《6番目の少女》たち、もしくは本体の勾玉から見つめていた。そして、《長髄彦》に勝負を挑まれる葉佩をみて、限界が来てしまったのか《封印の巫女》はその場に崩れ落ちてしまった。《墓守》の一族と《封印の巫女》の一族が代々守り続けてきた《遺跡》のおぞましい真実。そしてこの場所以外にも《遺跡》があり、おそらく《墓守》と《封印を司る一族》がいるという新たな事実を突きつけられたのだ。1700年にも渡って伝わってきた一族の伝承がいかに《天御子》によって歪曲して伝えられてきたのか、まざまざと見せつけられた形である。
「だ、大丈夫ッ、巫女さん!?」
「無理もありませんよ、こんなに残酷な真実を突きつけられたのですから......大丈夫ですか?立てますか?」
「そうだよね......巫女さんは当事者なんだもんね......」
悲痛な面持ちの少女たちに《封印の巫女》はうなずいた。
「ええ......ごめんなさい......私は見なくてはならないのに。大丈夫よ......」
そして───────。
「これは......。ああッ......」
《封印の巫女》の鎖がはじけ飛んだ。
「大丈夫ッ!?」
「鎖が......怪我はありませんか?」
「私は......夢を見ていた......。悪い夢を......。還りたい......あの頃へ......。あの懐かしき日々へ......。還りたい......」
「......巫女さん......」
「そっか......」
「八千穂さん?」
「それだけ、《長髄彦》さんが大好きだったんだね......」
「......」
《封印の巫女》はなにも答えない。
「......」
「───────ッ!」
「《封印の巫女》さん、体が......」
光の粒子となり少しずつ崩れ始めた体に八千穂は驚いたように声を上げた。《封印の巫女》は手を祈るように重ねたままだ。
「《長髄彦》様が目覚めてしまったのだわ......長き眠りにより、再び動き出してしまった......ついに復活した......でも私はその姿を見ることは叶わないし、きっと葉佩さんが......止めてくれる......」
「そうだよ!きっと九チャンが止めてくれるよ!」
「葉佩さんだけが......この學園に残された最後の希望だから......だから、私は......あの子たちに託さなければならない......《長髄彦》様が救いたいという願いを叶えるために───────」
《封印の巫女》の体がどんどん消えていく。体は再生することなく崩れ落ちていく。
「《長髄彦》様、古の忌まわしい呪縛からようやく解放してさしあげることができますね......もう誰もあなたを苦めはしない......」
「......巫女さん......」
「江見さんがあなたの失っていたものを見つけてくれた......。葉佩さんがあなたの願いも背負ってくれた......」
《封印の巫女》は泣いていた。
「あの時から思念として動けていたのに、私は認識することができなかったなんて......。あのときわかっていたら、《長髄彦》様ではなく、あの人たちを先に助けていたのに......反乱が失敗したのは......わたしが、私が......」
「大丈夫だよ、巫女さん。きっと《長髄彦》さんもわかってたんじゃないかな」
「八千穂さん......」
「ファントムだって、このネックレスが白岐さんに渡ってから一度も白岐さんを襲いにこなかったじゃない。ね?大切なものなんでしょう?」
「それは......」
「大丈夫だよ。だって《長髄彦》さんて《封印の巫女》さんが本気で助けてあげたかった人なんでしょう?」
「..................ありがとう。あなたは優しい人なのね。このこと友達になってくれてありがとう。これからも仲良くしてあげてね」
「うん!」
《封印の巫女》は微笑んだ。そして、そのまま消えてしまったのだった。2人は意識を失ったままの白岐を抱きとめるとそのままベッドに寝かせた。
「《封印の巫女》さん、消えちゃったね......」
「そうですね......」
「それだけ《長髄彦》さんのことが好きだったんだね......」
「だからこそ、《6番目の少女》たちを九龍さんを託したんでしょう」
「だから消えちゃったってこと?」
「まだ救わなければならない人が2人いるわけですから」
「そっか......すごいなあ。あたし、そこまでできないよ......」
「古人曰く《愛し得るということは、すべてをなし得るということである》。愛には色々ありますが、彼女にとってはそれが愛の形だったのでしょう」
もはや葉佩たちがこれからどうなるのか直に見届ける術はない。できるのは祈ることくらいだ。八千穂はカーテンをあけた。
「ホワイトクリスマスだね〜」
外は一面銀世界である。絶え間なく雪が降りしきっている。窓を開けてみる。森の向こうにあるはずの墓地すら真っ白になっている気がした。
「あれ?」
「どうしたんですか、八千穂さん?」
「誰か森に......」
「《生徒会》のみなさんでしょうか?阿門さんになにか言われているのでは?」
「ううん、違うみたい......あれは......」
「皇七さん?」
「いっひっひ......《九龍の秘宝》は奪われてしまったが、こちらは存在そのものが《秘宝》じゃな」
用務員の化けの皮を剥いだ境は《訓練所》におりたち、壁をみあげる。
「まさに狂気じゃな......これから1300年分の予言がここにあるとは......これを綴った先で死ぬとはよくわからん世界じゃわい」
境はH.A.N.T.で解析していく。そのひとつひとつが予知があたっているか調べていく上で、昔あったことの痕跡かどうかわかるのだ。ひたすら写しとっていく。
「扉がそろそろ開くはずじゃが......」
《長髄彦》の封印が解放まじかなのはわかっているのだ。なにせ《生徒会》関係者たちが墓を掘り返し始めているからだ。
「む?」
気配がした。境は振り返る。なにもいない。だが見られている気がしてならない。
「───────なんじゃこれはッ!?」
壁に、床に、そして天井に光が走る。瞬く間に書き換えられていく。
「あの《遺跡》と同じではないか、これでは......」
境はH.A.N.T.の解析をかけてみるが、なんらかの認識阻害の成分を検知したのか解析不能になってしまう。
「むむむ......誰じゃ......誰が......」
がっくりと境は肩を落とした。
その出入り口付近にて、影が落ちる。
「誰を探してるんだ?」
どこからともなく煙が吹き出している。それは時間が生まれる以前の超太古、異常な角度をもつ空間に住む不浄な存在だ。絶えず飢え、そして非常に執念深い。
四つ足で、獲物の「におい」を知覚すると、その獲物を捕らえるまで、時間や次元を超えて永久に追い続ける。獲物を追う様子から「猟犬」と呼ばれるが、犬とは全く異なる存在である。
入り口付近の目印たる石は鋭く尖がっている。彼らが我々の住むこの世界に出現するには、120度以下の鋭い角が必要なのだ。青黒い煙のようなものが噴出し、それが凝って実体を構成する。その実体化の直前、酷い刺激を伴った悪臭が発生するので襲来を察知することができるが、その時点で既に手遅れとなっている。
「残念だけど、まだ誰も見てないからセーフだよ。お帰り」
太く曲がりくねって鋭く伸びた注射針のような舌、原形質に似ているが酵素を持たない、青みがかった脳漿のようなものを全身からしたたらせる何かが唸りをあげている。
「聞き分けのない子は嫌いだよ。ジレルスの結界石に閉じ込めてあげようか?それともエノイクラの万物溶解液で殺してあげようか」
その声にそれは唸り声をあげたあと去って行った。